第22話 借り物のグラビアPV 散る!!


薄暗い部屋に点在する無数のモニターの光をアスシランは眺める。


その飄々とした雰囲気とはうって変わり、眉間にしわを寄せいつもよりも数段険しい顔で何やら悩んでいるようだった。


先ほどまでのへらへらしながら画面越しに映っている参加者の女を見ていた人と同一人物であると誰が想像できようか。現に隣に座り、同じように監督役を任されているアッサはその変わりようにただただ驚くばかりであった。






「……そうきたかぁ」




アスシランが呟いた。




「なにかあったの?」




アッサは自分の監視画面から目を離し、座っているキャスター式の椅子を近づける。


果たして、そこに映っていたのは数刻前と変わらぬ女性だけが映された画面であった。しかし、先ほどとはまた状況が違った。


服だけがところどころ破けている。否、よく観察してみると戦闘で開けられる穴の開き方ではなかった。不規則な切り口は溶解されたかのように残糸を残さず楕円の形をし、そこから見事なまでにきれいに肌をさらしている。




その穴の場所が腕やひざ当たりならばいささかワイルドなファッションとなるだろうが、しかし、画面に映っている絵は違った。


どれも胸元だったり太ももの付け根であったりと、とりわけきわどいものばかりであった。


背景はリゾート地を彷彿とさせるエメラルドグリーンに染まった水の絨毯に、陸地との境界線を引くかのように地平線の彼方まで続く浜辺。そこで女性たちは水鉄砲を撃ちあっている。水が服にかかるたびに、そこに真珠のように艶やかな肌が露わになっている。






「ねえ、なんなのその映像。絶対この試験で起こっているものじゃないよね」




口角を上げアッサは言う。




「カルーノに借りた昔のアイドルのPVだよ。斬新な表現方法で話題沸騰してたらしくて、『アスシラン氏なら絶対この良さがわかる!』って力説してくるもんだから。半信半疑だったけど、実際見てみるとすごいよ、これ。見る?」




「み・な・い!」




アッサの渾身の拳がモニターを貫いた。


その形相は鬼よりも恐ろしく、殺気をまとっていた。


いよいよもって我慢の限界に達したのだろう。


指を鳴らし不吉な蜃気楼がその拳を取り巻いているように見えた。




「僕は屈しないよ! 暴力には屈しないとも!!」




次の瞬間にはアスシランは拳を腹に喰らっており、アッサの視界から姿を消した。


アッサは横たわる男を見てアスシランの分析力に一瞬でも敬意の念を抱いた自分を呪った。




「はぁ、まったく付き合ってらんない」




脱力し、独り言のように言いながら席に戻る。


ダメージを負ったアスシランも椅子に何とか手をかけ、小鹿のように震える足を支え立ち上がる。


ちょうどその時アッサの画面ではノイアがギンガを押しのけた場面が映し出されていた。


アッサが予想外の光景に驚き口元に手を当てる。




「え、いつの間にかすごいことになってる!」




「……分岐した」




ようやく椅子に深く腰掛けたアスシランは背もたれに体重を預け、闇におおわれる天井を見上げた。その眼はどこまでも遠くを見つめ、そして悲しげな色を浮かべていた。


それが果たしてアイドルのPVがアッサの拳で視聴困難になったものなのか、はたまた別のものに対してなのかは誰も知る由がなかった。













アイネはひどく跳ね上がった髪の毛を手くしでとかし、どうにか元通りにしようと四苦八苦していた。


周囲の建物には無数の銃痕がいたる所に刻まれていた。窓ガラスは砕け散り、石垣は虫食い状にえぐり取られ戦闘の惨劇を物語っていた。


それでもなお、かすり傷一つ負わなかったのは奇跡といえよう。


シオンはひとまず胸をなでおろした。




「それで、今のは何だったんだ?」




おそらくはセリアンスロープの力であることは疑いの余地がなかったが、それが何かまではシオンには判断がつかなかった。


やがて納得のいく髪型に戻ったことに満足したアイネは、事もなげに答える。




「電気よ、電気。私のセリアンスロープのモデル生物はデンキウナギ。お医者さんが教えてくれたわ」




お医者さんというのは病院でシオンたちに地図をくれたあの医師のことだろう。


話を聞くに、神滴ティアーを接種した者は形印コントラーを発現していようがしていまいが、もれなくモデル生物の特定診察を受けているとのことだった。




「え……、でも、俺受けてないんだけど」




実のところシオンは未だに自分のセリアンスロープとしてのモデル生物を把握していなかった。




セリアンスロープは生き物の特徴や生態を引き出し増幅・減少することで、ある種の特異性を持つ。


≪不可侵の観念≫により備わるその特異性、すなわち異能となってでてくる力を意のままに操るとなると、その生き物の特性を脳内にイメージとして鮮明に刻むことでより真価を発揮する。






そのために、特定診査は必須であったのだが、成り行きのままにあれよあれよと試験会場に足を運んでしまったシオン。


そもそもそんな検査があったことすら初耳である。




「私に言われても……」




二人が完全に集中力を切らしたその瞬間だった。


はるか遠方から耳にまとわりつくような高音が聞こえてきたかと思うと、ものの数秒でつんざくような爆音になった。


シオンが気付いた時にはもう遅かった。




刹那の間に目の映ったのは四つの大型の対戦車用ロケット弾の弾頭だった。


このときようやくシオンは合致がいった。




ガトリング銃では建物を傷つけることはできても崩壊することまではできない。


つまり敵は一人ではない。


バトルロワイヤル方式とはいえ、ここまで完璧に一瞬の油断したすきを狙われるとなると先ほどの大男とグルだったのだろう。もはや手の打ちようがなかった。




シオンが形印コントラーを浮かび上がらせ、アイネを庇おうとしたときにはすでに周囲に着弾し、烈火のごとく火球と漆黒に染まった粉塵が弾けあがり天に舞った。




「ひゅ~、キッズたち。油断大敵だぜ~」




そう言った男は、門の前でシオンやアイネを『キッズ』と呼んでいた小太りの青年だった。多少太っているとはいえ、その四肢からは脂肪の内にある隆々とした筋肉が垣間見え、ギンガと同様かなり鍛え上げているようだった。シオンたちから五軒ほど離れた屋根の上に立ち満足げな表情を浮かべていた。






青年、もといファーデルという名を持つこの男の右肩には黒に塗装された多連装焼夷ロケットランチャーが担がれていた。命中率は低いものの、元来これは標準を絞っての直接的な攻撃に特化している兵器ではない。むしろその逆である。


バンカー開口部70cm弱、四発動時のロケットを射出することが可能なこの兵器は、そこから放たれる威力は絶大で、自然発火性を持つ弾頭が空気中に曝露されるとその周辺では瞬間的に1200℃の温度で燃え上がる。




立射・膝射・伏射どの体勢からも発射は可能な設計であり、双極帝国戦時には全体の三パーセントがこの兵器による間接的な殺傷能力で死傷者が出たといわれるほどであった。






「んー?」




ファーデルは眉間にしわを寄せ目を細める。その先には濛々もうもうと立ち上る黒煙の中で動く人影らしきものが見えた。






「……仕留めそこなったか」




再び多連装焼夷ロケットランチャーに弾を装填しようとしたが、今ので最後の弾丸であったことを思い出す。軽く舌打ちをしながら使い物にならなくなった兵器を破棄し、屋根から飛び降りる。


腰のベルトに挟んでいた別の獲物―――ハンドガンを取り出した。




彼が握ったハンドガンは人造人間レプリオンが使用するレーザー銃の類ではなく、鉛の実弾が入っているものだ。


そもそも人造人間レプリオンの持つレーザー銃は体内の核から生み出されるエネルギーを銃というエネルギー変換装置で高圧縮し放出することで武器として運用できている。エターナルサーベルについても同様である。そのためエネルギー媒体の武器、これらは“人造人間レプリオンにしか扱えない武器”なのだ。




ファーデルは慣れた手つきで撃鉄を引き起こしコッキングを完了させる。


ゆっくりと足音を立てないように両手で構えながら近づき様子をうかがう。しかし、いつまでたっても気配は感じられなく、やがて周囲の砂埃が薄くなっていった。






「……誰もいない」






予想に反してそこには跡形もなくただ着弾によるクレーターのみが広がっていた。


しかし、ファーデルは遠目ではあったが確かに人影が動いていたことを確信していた。


ふと足元を見ると、布切れが風で煽られ地面で踊っている。






拾い上げると、それはシオンの衣服の一部分であった。


仮想空間では退場者はすべての痕跡が残らないことになっている。


髪の毛だろうが血痕だろうが、そしてもちろん衣服も例外ではない。




すなわち身に着けていた布切れがあるということは、シオンの生存を意味している。




ただし、最大標的範囲750mを誇る携行ロケットランチャーの高温爆風を喰らったのだ。


完全には回避はできていないだろう。




手傷を負っているのだとしたらそう遠くまで逃げることはできないだろう。


ファーデルはにやりとほくそ笑んだ。












シオンの手足は震え、過呼吸気味に不規則に息をしていた。心臓が早鐘をうち普段の落ち着いた雰囲気のシオンとは想像もつかないほどに狼狽していた。




「アイネが死んだ……。俺のせいだ、俺のせいだ! また、俺は……!!」




シオンは半壊した薄暗い部屋で自分を抱えるようにしてうずくまっていた。


爆撃があった地点から20mと離れていない場所だった。




シオンの異常に気付いたのかポケットに入っているイヤホンから、スピーカー機能を使ったファントムの声が聞こえてきた。




『シオン、落ち着いてください。彼女は生きてます』




しかし、聞く耳を持ってないのかシオンは声を荒げて一蹴した。




「死んだんだよ! 俺は見たんだ! アイネが俺を突き飛ばして……! 母さんとおんなじことを!! なんでだよ……、なんで……!!」




あの瞬間、四発のロケット弾にアイネはシオンよりも早く気付いていた。その時からアイネの成すことは決まっていた。




シオンを助ける。




この一点のみだった。そしてアイネはシオンを突き飛ばし身を挺して庇ったのだった。


難を逃れたシオンだったが、左腕・左足が焼きただれる負傷をしていた。


しかし、そんなことよりもシオンは目の前の出来事が信じられなかった。




守るつもりでいたのに逆に守られた。


守ろうと決めていた人が目の前でその手から零れ落ちるその瞬間は、幼少のドセロイン帝国の集中射撃により母を失った時以来だった。




母の時のようなことは絶対に起こさせない。命をつなぎとめてくれた恩人であり生き残った二人の家族、アイネとノイアだけは自分のすべてを懸けてでも守るつもりであった。




どの他人よりも、そして自分よりも重い命。


その一人が自分の油断で惨劇が起きたという事実は、シオンの精神を一気に崩壊させるのには十分すぎた。




わずかに頭の奥底に残っていた冷静な部分で、ここに留まっていても次の攻撃が来るかもしれない、移動し身を隠すなら白煙が目くらましになっている今、という判断を下し急いでその場を離れた。




しかし、やがてその唯一残った自我も押しつぶされてしまった。


手足を引きずりながらたどり着いたのは半壊した家だった。




そこでシオンは全身を小刻みに震わせている。


口からは自責の念たる文言が壊れたオーディオのように垂れ流される。








『シオン!!!』




やがて見かねたファントムが喝を入れるように名前を呼んだ。


シオンはビクっと震わせた。




『シオン、もう一度言いますが彼女は死んでいません。爆撃によって確かに彼女は即死に至るほどのダメージを負いましたが、ここは仮想空間です。最初に説明した通り、戦闘不能になったとワタクシPhantom-ereaMに判断された場合、仮想体から離脱し随時退場してもらうことになっています』




「……」




シオンは今この場所が仮想空間であったことを完全に失念していた。


普段のシオンならば絶対にそのような凡ミスは犯さないであろう。しかし、人間というものは存外、精神に多大な負荷をかけられるとどんなに優秀な人物であろうと判断力は鈍り凡人以下の放心状態になってしまうものである。


シオンとて目の前でアイネが消えたという一番の負荷をかけられては例外にはならない。




仮想空間、その言葉をかみしめるように言うシオンの顔に、わずかだが生気が宿った。




「じゃ、じゃあアイネは……無事なん、だな」




『無事ですよ。待機室の映像を映します。責任は監督役の方がとってくれるでしょう。……ですがシオン、ワタクシを耳にちゃんとつけてください。いつまでもスピーカーモードにしてると敵に見つかっちゃいますよ』




シオンはポケットからしまっていた小型イヤホンを取り出し耳につけた。


一瞬の静寂のあと、テレビの砂嵐のような雑音が聞こえたかと思うと目の前に映像が映し出された。どうやら小型イヤホンから空中に投影されているようだった。




映し出された映像の中にはドームに入場した時に見た顔がちらほらとうかがえた。


彼らがいる待機室にはスクリーンに映し出された仮想空間の試験の様子がライブ映像として映し出されていた。それに注目している者もいれば、談笑にふけるものもいた。


シオンは目を走らせる。心臓の音が太鼓のように大きな音で脈打つのがわかった。




果たして、彼女はそこにいた。彼女はモニターを真剣なまなざしで見つめていた。




アイネは無事だった。




シオンは強張っていた体の力が一気に抜けていくのが分かった。


脱力し、座ったまま壁にもたれかかる




「よかった……本当によかった」




目頭が熱くなるのを感じ、空を仰ぐ。




『安心していただけてよかったです』




そう言ってファントムは映像を消した。




『さあ、シオン。残り時間はあと300秒です。あなたを助けた彼女の意志を無駄にしないように最後の最後まで頑張りましょう』

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