第6話 ドセロイン帝国の襲撃 [中編]

昼下がり、空模様が怪しく黒い雲が立ち込める。



いつ雨が降ってもおかしくない空の下、田舎道をバーキロン含むドセロイン帝国の人造人間レプリオン兵がアダルット地区に向け行軍していた。

出兵数は全体でおよそ百人の規模であった。


兵士たちは多人数乗り込める軍用ハイジェットで移動していた。

車体が地面に接することがなくどのような道でも移動することができるため、

ハイジェットは軍ではもちろん世間にもなくてはならない乗り物であった。


人造人間レプリオン兵が乗っているハイジェットが軍用足らしめている理由はその表層にあった。

一般のものと異なり景観が変わるごとに背景と連動し色彩が変化し続け、景色に溶け込む。


この技術はドセロイン帝国によって開発されたものだった。




五台の軍用ハイジェットは雑草が作る砂利道を通過する。


一つの機内では座席にざっと20ほどの人造人間レプリオン兵が座っていた。

軍だからといって彼らが何か特別な鎧などを身にまとっているわけではなかった。


普段から着ている紺色の軍服を着用している。

肩に大型銃を掛け、腰のベルトにはハンドガンの他、手のひらに収まる程度の黒い棒状のものが差し込まれていた。


バーキロンは敵の拠地を叩くのにこの人数で大丈夫かと、最初不安になったが、

どうにも今から行く目的地はレジスタンスの本拠地ではないらしかった。


あくまで拠点の一つ。


そのため、戦闘員も数十人程度しかいないとおいおい報告が上がってきた。




バーキロンは車窓から外の景色を眺めていた。

顔に当たる風は心地よく、彼の太陽のような明るい髪をなびかせていた。

すると不意に、乗っている機体のスピードが徐々に落ちて行くのが感じられた。



彼は不思議に思った。

目的地に着くにはまだ早すぎる時間だ。

窓から乗り出して前方を見る。

はるか前方の丘の上に建物らしき影が見えた。



バーキロンは眼球のピントを調節し改めて目を向ける。

年季の入った外観にところどころ小さな穴が開いているのが見受けられた。

外には遊具やボールなどが数多く転がっており、複数人が住んでいることがうかがえた。



機体はやがて完全に動くのをやめエンジンが全機体停止し、地面に降り立った。

外から全員機体から降りるように指示があり、搭乗していた者は指揮官のもとに集まる。

バーキロンも皆に続いた。


全員が集まったことを確認すると、指揮官―――もといバーキロンの上司であるカース隊長が声を張り上げる。


「目的地の五キロ圏内に入った。

ここからは不審な建物、人物、乗り物を見かけたら即殺せ!! サセッタ関係者である可能性が非常に高い! 


HKVが蔓延しただでさえ異常な時代であるのにもかかわらず、レジスタンスという馬鹿げたものまで作って世界を不安定にさせている! 


今後の我が国の安寧のためにも奴らは一匹たりとも生かしてはおかん。それが女・子供であろうとな!」



踵を返し、正面の丘に建つ建物をみる。



それはデータベース上に登録されてない建造物だった。

双極帝国戦争で敗れたオーシャン帝国のすべての情報はマセライ帝国に握られていた。

もちろんマセライ属国であるドセイロン帝国もその情報を閲覧する権限を持っている。

その情報を元に照らし合わせて注意人物や危険区域などを判別したり割り出しを行っている。


バーキロンの上司であるカースもその限りではなかった。

目的地に向かう途中に目を付けた、その年季の入った建物は、オーシャン帝国内のデータベース上に存在しない建物であることはすぐにわかった。


故に己の出世と加虐しか頭の中を占めないこの男にとっての格好のターゲットとなったのだった。


「我が帝国に対する不安要素は少しでも排除せねばならない。

目の前の建物内にいる人間は皆殺しにしたのち、焼き払うのだ! 

二部隊に分かれ表と裏、両方に待機。俺の合図とともに攻め込め!」


何のためらいもなく百人余りの小軍隊に指示をだした。

統率の取れた動きで指示された場所に向かう。

表札には手書きで『ラリマー孤児院』と書かれていた。




バーキロンはそれを見て子供時代の殺戮光景がフラッシュバックする。

急いで引き返し、カースの元へと駆け寄る。



「カース隊長、ここは孤児院です。周りにある遊具やボールなどから考えて、

おそらくですが中には子供たちが数多くいるでしょう。攻め込むのは一旦中止にして、せめて話を聞いてみましょう」


「ならんなぁ~。バーキロン、俺は戦闘待機の指示を出したはずだが」


「すみません。ですがあまりに手荒すぎるかと……。もし中の人たちがサセッタの人間でなかったらどうするおつもりですか」


「五キロ圏内での戦闘は総督の許可が出ている。何度も言わせるな、この鳥頭め」


「しかし―――」


「くどいなぁ。もうお前クビ」


これ以上喋りたくないのか、カースはバッサリと切り捨てた。

バーキロンは言葉が出なかった。

こんなわけのわからない道理が通っていいのか、こんな非人道的なことがあっていいのか。

軍組織の体質は、バーキロンの幼少のころ以来、全くと言っていいほど変わっていなかった。



「やれぃ!!」

カース隊長の命令が響き全部隊が突入した。


悲鳴が聞こえた。

同時に、人造人間兵が肩にかけてあったレーザー銃の射出音。

皿の割れる音。

子供の泣き叫ぶ声。

窓の割れる音。


あらゆる破壊音が建物内から発せられる。


バーキロンはその光景を呆然と眺めていた。



―――なんだこれは。同じ人間のすることなのか。



惨めだった。

どんなことをしてでも軍を変え、人を救うために入隊したはずが、今こうして何もできずに立ち尽くしている。

唇をかみしめる。

バーキロンは拳を握りしめ孤児院に向かって走り出す。



その後ろ姿をカースは意地汚く笑いながら見つめていた。




バーキロンが孤児院の中に入ると辺り一面血の海だった。

物は散乱し、ガラスの破片が飛び散っていた。


細い通路の向こう側で爆発音が響いた。

その衝撃で、屋根の一部が吹き飛んだのがわかった。


バーキロンは急いでその場に向かい、近くの兵士の腕をつかみ止めに入る。


「お前ら何してんのかわかってるのか!? この子たちはレジスタンスなんかじゃない! 無駄な殺しだってことに気付かないのか!!」


「俺だってこんな事したくねーよ! だけど人造人間レプリオンでい続けるには徴兵されて命令に従うしかないんだ! 多少の犠牲は生きるためにはしかたねーんだよ!」


兵士はバーキロンがつかんだ腕を強引に振りほどいた。

その反動でバーキロンの胸についていた帝国軍のバッジが落ちた。


その兵士はバーキロンを一瞥し、そのまま続けて生き残りを探し始めた。




バーキロンは周りを見渡す。

前を向いても、後ろを向いても、右を向いても、左を向いても、子供や職員らしき人が血の海に浮かんでいる。



その光景を前にして、彼はただただ立ち尽くすだけだった。






突入からわずか五分後、内部を殲滅したとの報告があがった。

カース隊長の指示の元、全員がその場から撤退した。

バーキロンも周りにならうように隊長の元に集まったが、その眼は虚ろで足取りも重かった。


その姿を見たカースは


「お~お~、バーキロンではないかぁ! まだいたのか。お前はもう軍の人間じゃないんだから軍服を置いてとっとと帰るんだなぁ」


そう言って高笑いをした。

バーキロンは俯いたまま何も言わなかった。



そこに鈍い音が響いた。

バーキロンの足元に石が転がってきた。

顔を上げるとカースが額を抑えていた。

どうやら何者かが石を投げたらしい。



バーキロンがあたりを見渡すと、その犯人はすぐにわかった。

数メートル離れた砂利道に子供がいた。

身なりからして先ほどの孤児院の子供の生き残りのようだった。たまたま孤児院内にいなかったのか、はたまた死線をかいくぐって抜け出したのか。


その眼には涙を浮かべ、怒りと、恐怖と、悲しみ、と―――、様々な感情が浮かび上がっていた。



カースは目をギョロつかせ子供を凝視する。





「ガキが……。覚悟はできているな」

そう言って腰のハンドガンに手を伸ばし子供に近寄る。

子供は腰を抜かし、地面にへたり込んでしまった。


しかし。

しばらくの間のあと、目の端にバーキロンをとらえたカースは顎をさすりは下品な笑みを浮かべた。


カースは視線を子供からバーキロンに移し言った。



「お前が殺せ、バーキロン。殺した暁にはさっきのクビの話はなかったことにしてやろう」



にんまり笑う脂ぎった顔が目に入ってきた。


バーキロンは頭が真っ白になった。


―――何を言ってるんだ、こいつは。


上司の言動全てが理解できなかった。

汗がじわりじわりと噴き出てくるのがわかった。



「お前が殺さないなら、俺があのガキを殺そう」



そういって、腰のベルトから銃を引き抜き子供に突きつける。

バーキロンは助けを求めるかのように後ろに控える他の人造人間レプリオン兵をみる。

しかし、彼らは下を向き我関せずといった態度をとった。


HKVでは死なない体だが、エネルギー高出力のレーザー銃で核を撃たれれば死んでしまう。

記憶のバックアップを取っていれば再び人造人間にインプットしてリライフすることは可能だが、一般個人では賄切れないほどの金額がかかる。


そのため、あえてこの状況でバーキロンを救うために行動する者はだれ一人としていなかった。



バーキロンは地面を見つめ、さっきまで失っていた無力さや、ぶつけどころのない悔しさ、そして怒りがふきだした。


唇をかみしめ、目が極限まで見開かれる。




―――腐ってやがる。目の前のこいつもそうだが、それを黙認し付き従うお前たちも!


鬼のような形相で兵士たちをにらみつける。

バーキロンは上司に殺される覚悟で歯向かおうとしたとき、父親の言葉がふと頭をよぎった。



『多少の犠牲はしかたがない』



バーキロンは先ほど腕をつかんで止めようとした兵士と目が合った。

兵士は慌てて目をそらした。


―――そうだ、今ここで俺が軍を抜けたら誰がこの組織を、そして国を変える?こんな不抜けたやつらにできるはずがない!


そもそもこいつらは国の労働力になることと引き換えに人造人間レプリオンになったやつらが大半なんだ。大局なんて見ちゃいない。



子供のほうを見ると、失禁し、地面で泣き崩れていた。


バーキロンは目をつむる。



―――罪のない人間を殺さない軍や国を作る。そのために俺がやるべきことはただ一つだ。



バーキロンは上司をにらみつける。

そして、子供とカースに力強く近づいていく。


「な、なんだその眼は!」


予想外の迫力に上司は気圧される。


「いえ、ただこれが僕の答えです」


そう言うや否や、恐ろしいほどの速さでバーキロンの手が空を切った。

その手には光り輝く剣が握られていた。


ベルトに挟まれていた黒い棒。


それは電子を超振動で発現させ、高出力を維持する機械であった。

人造人間レプリオンから流れる電気信号で出力のオンオフが可能になり、

また、従来の剣と異なり刃こぼれなしに永遠に使える代物であり、切れ味も段違いであった。


その見た目、性能からその剣はエターナルサーベルと名付けられていた。



血しぶきが舞った。

カースの両目が見開く。


その目線の先には、足元に転がった子供の首があった。



バーキロンはこれまでにないほどの力でサーベルを握りしめる。


―――今ここで何もしないまま少年が殺されるのをみて、自分が軍を去り、組織を変える機会を永遠に失うか。

または、少年を自分の手で殺してでも生き残り、軍や国を変えることで未来の何千、何万人もの命を救うか。



苦渋の決断であった。




―――どちらも成すことができるほど現実は甘くはない。

大いなる大局の前には多少の犠牲は必要だ。



それがバーキロンの出した答えであった。



カースは唇を震わせ、体を震わせうつむいたかと思うと、やがて我慢できなくなったのかこれまでにないほど大声で笑い出した。


「ハハハハハハッ!! なんだ、やればできるではないかぁ~、バーキロン! 

よし、いいぞぉ~。お前のことは気に食わなかったが今回のことで見直した! 

偽善者ではなかったのだな。全くお前ってやつは……」


そこまで言って、続きの言葉はバーキロンの耳元でささやく。


「俺以上の極悪人よなぁ」


ねっとりとした声でそう言った。

上司はバーキロンの肩を二回たたき、「ドロセイン帝国軍にようこそ!」と言い、高笑いをした。



カース隊長は全体に機体に乗り込むよう合図を出し声を張り上げた。



「よーーし、お前ら! 同じように不審な建物とか人がいたら殺して構わん! めんどくさかったら焼き払え!」




軍が先に進んだ後も、バーキロンはその場を離れなかった。

ハンドガンを取り出し雑草が生い茂る側路にレーザーを射出し、溝を作り、その中に子供の死体をそっと入れた。

血まみれになった名も知らぬ少年の服を破り、バーキロンは自身の左腕に巻き付ける。


それは誓いだった。

罪もない少年を殺した。未来を奪った。

その犠牲を絶対に忘れてはならない。

何が何でも国を変えて見せる。



血で真っ赤に染まった布にそう誓う。



ぽつり、ぽつりと黒い雲から雨が降ってきた。

バーキロンの頬を伝う透明な雫は、雨なのかそれとも違うものなのか。



彼は少年に土をかぶせ、近くの花を一輪抜き取りその上に置いた。

バーキロンは振り返ることなく、本来の目的地、アダルット地区に向けて歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る