じごくはこちら、おかえりはあちら、先に進みたいのなら落ちろです。
沫月 祭
第1話いきさきは?
季節は春、だろうか。冬と春の境目が曖昧に溶け合うような春の気温と冬の冷たさを孕む風を受けながら、立ちすくむ。
ここは何処、だろうか。勤め先からの帰り道、妙に疲れて足が随分と重い。のんびりと、早く家に帰って休みたい気持ちと、これ以上歩きたくない気持ちがせめぎあい、より足を重くさせている。ぼんやりと、帰ったら何をしよう、本を読むか、いや、まず先にご飯を食べてお風呂に入って。こんな時間なら、もうそれで寝なければ明日起きられないかもしれない。なんてことを考えている。すると、妙に明るい光が、目に飛び込んできた。
ぼんやりと歩いていたせいなのか、ふっとあたりを見渡すと見覚えのない丁字路に立っている。
「…なんだ、ここ」
あたりをぐるりと見渡し、そして一番目に止まったそれをじぃと見つめた。
丁字路の分け目に、看板がたてられている。いや、たてられているというより、自立している。道を歩いていたり車で移動していると目に入る、アルバイトと思しき人が看板を持ってパイプ椅子に座っている光景を目にしたことがあるだろうか。あの看板が、一人で立っていた。そしてさらに言えば、その看板が存在を主張するように、白く明るい光を放っている。縁取りされたかのような明かりが、看板から出ており、あたりを照らしているのだ。
「…ええ…?」
あたりには誰もいない。その明かりのおかげか真っ暗ではなく、あたりは薄ぼんやりと明るい。
一体ここはどこだ、とスマホを取り出す。時刻は22時を回っている。地図アプリを見るが、何故か全く読み込まず、おかしいなと通信状態をみると“通信状態を示すアイコンそのものが消失”していた。
その異様な状況に、だんだん困惑よりも恐怖が打ち勝ってくる。来たことのない道に、妙にひかる見たことのない看板、おかしなスマートフォン。焦る気持ちをとにかく落ち着かせるように息を大きく吸い込んだ。落ち着け、俺。これは夢か、故障か、どれかだ。
まずはここがどこか知る必要がある。はやく、家に帰りたい。今ならいくら足が重かろうと家まで全速力で走れそうだ。
ゆっくりと、おかしなものがないか、観察しながら看板に近づく。角からゾンビが来たりしないか?後から幽霊が肩を叩かないか?本の読みすぎなのは分かっているが、怖いものは怖いのだ。
看板の前に立つと、そこには大きく「おかえりはこちら→」その下に「←じごくはこちら」とゴシック体で白地に黒文字で書かれている。非常にシンプルな看板である。
お帰りはこちら、地獄はこちら?なんだその二択は。引っ掛けようとしているとしか思えない。このような状況で良さ気なおかえりはこちら、を選んでいいことになる気がしない、とはいえ地獄を選ぶ勇気もないのである。
いや、まず2択でなくてもいいのではないか?と後ろを振り返ると、そこには何故か道がなかった。
「え」
先程までは見渡せたそこが、家を囲む塀に変わっており、いまやここはただの一本道。左に進むか右に進むか、しかなさそうであった。なんなんだここは、やはり、夢か?お約束通り頬をつねるが痛いだけだ。そもそも夢だからといって何故痛みがないと思うのか、痛みを感じたら目覚めると思うのか。
「…どうしよう、これ」
日々頼りにしているスマホは役に立たない。ただの記録媒体に成り下がってしまった。帰るか、地獄か?いや、ここで帰るを選んだら死ぬような気がする。うーんと唸ったあと、看板にもう少しヒントがないかと看板に触れた。すると看板はくるりと回る。
「正解はこちら↓」
その文字に、疑問の声を発するまもなく、体は落下していた。
じごくはこちら、おかえりはあちら、先に進みたいのなら落ちろです。 沫月 祭 @matsuki_0
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