ヒーロー見参!

宇部 松清

第1週目!

 俺の名前は龍ヶ崎セイジ。

 まぁいわゆる正義の味方ってやつだ。


 ただ、正義の味方といっても、悲しいことに俺は孤高のヒーロー。現実的に考えて、守れるのはごく狭い地域のみである。ある意味ご当地ヒーローと言っても過言ではない。


 いや、空とか飛ぼうと思えば飛べるけどさ、さすがにマッハでは移動出来ないから。地球の裏側でSOSを叫ばれても到着までに半日はかかる。

 一応、ドラゴン型ジェット機ていうのもあるにはあるけど、一度全速力で飛行してジャンボジェットとあわや衝突、って大惨事を引き起こしかけたので最近は使っていない。


 さて、そんなわけで俺は、様々な地域を転々としながら、その土地その土地の悪を成敗し、少しずつ平和の領土を広げている。


 そうして流れ流れてやって来たのがこの地、A県は井川さくら町である。


 こんな辺鄙な片田舎――じゃなかったのどかな田舎町にも悪の手が伸びているということに戦慄する。と同時にこの日本、いや、地球にはびこる全ての悪を一日も早く殲滅せねばと心に誓う俺なのであった。



 ――む?

 

 俺の第六感ヒーローレーダーが早速この井川さくら町を蝕む悪を感知したようだ!

 待ってろ、いま行くぞ!!


「――ゲハハハハ! こちらのバレンチノの長財布が! いまならこの福を呼ぶ黄色のネッカチーフを付けて! 何と! 50,000円! 50,000円だよ! ゲェーハハハハハ!」

「待てぇいっ!」


 威勢よく「待てぇいっ!」と言ったものの、ぶっちゃけ第一印象ファーストインプレッションから嫌な予感はしていた。けれど彼らがこの町に拠点を置いているのだとしたら仕方がない。戦うしかないのだ。選り好みや見て見ぬふりなどヒーローのすることではない。 


「ゲハハ!? ……な、何やつ?!」


 空き地に集まっているシニア達に明らかな偽ブランド品を売り付けようとしていた怪人っぽいやつが、耳まで裂けた口から長い舌をベロンベロンと揺らす。威嚇のつもりだろうか。とりあえず、唾液が糸を引いて汚ならしい。


「お前達の悪事、見過ごすわけにはいかん! 変身!」


 掛け声と連動し、ブレスレットが光る。俺の身体はまばゆい光に包まれ、一瞬にしてパワードスーツが装着された。


「この地域に平和をもたらすため、住民の笑顔を守るため、日夜戦い続ける孤高の戦士! ドラゴンレッド!」


 幾度となく繰り返してきた口上に決めのポーズ。完璧だ。照れや羞恥で噛みまくっていた頃が懐かしい。こういうのはもう思いっきりやるのに限る。中途半端が一番恥ずかしいのだ。


「ドラゴンレッドだとぉ~? 貴様など、この俺様、秘密結社ゴクアークの最高幹部サギッシー様が直々に手を下すまでもないわ! かかれ、チンピラー!」

「チャース!!!」


 あぁ、やはりか。やはりだ。嫌な予感が的中した。これはもう間違いない。


 チンピラーと呼ばれた戦闘員達は「チャース!!」という奇声を発しながら大して切れそうにもない「それ文化祭の小道具?」みたいなナイフ的なものを振り回している。当たってもぶっちゃけ痛くないし、多勢に無勢かと思いきやそうでもない。


 俺はチンピラー達を適当に交わしながら、


「なぁに? 青年町起こし協力隊の新しい催し物?」


 などとのんきな質問をぶつけてくる興味津々系シニアには「違いますよー」と優しい笑みを向け、


「ワシも昔は喧嘩で少々鳴らした口だ」


 とか腕を捲り出す年寄りの冷や水系シニアには「死に急ぐな」と思い止まらせたりしつつ彼らを空き地の外へと誘導した。


 いまいち危機感に欠けるシニア達は空き地の外でやいやいと盛り上がり始めた。あいつら普段は「最近の若者は」とか言うくせに。言っとくが、こういう野次馬根性はお前らの方が酷いからな。


 とりあえず、積極的に向かってくるチンピラーを2人ほど力任せに殴ったところで、両手を広げた状態でただただ左右に揺れながら部下の働きぶりを見物している舌ベロン怪人……じゃなかった『最高幹部のサギッシー』とやらの元へずんずんと向かっていった。


「むむ、なかなかやるな、ドラゴンレッドよ。しかしこの俺様は……」

「ちょ、まず良いから」

「――は?」

「良いから、一旦」

「は? 一旦って、何? え?」

「あのさ、ちょっと初対面でこんなん言うのもアレなんだけどさ」

「え? え?」

「何ていうかさ、手ェ抜きすぎじゃない?」

「は?」


 サギッシーは耳まで裂けた口をポカンと開けて、もちろん舌もだらりと垂らしたまま気の抜けた声を発した。


「て、手抜き……?」

「そう。いや、わかるよ? いまはどこも不景気だしさ、なかなか金かけられないっていうか、違うとこに回したいっていうの? そういうのもわかる。でもさ、戦闘員が無地の全身タイツと目出し帽ってどうなの? いま平成だよ? 何なら近々平成も終わるし」

「いや、それは……」

「確かにね? 全身タイツと目出し帽だって良いじゃないって反論したい君の気持ちもわかる。タイツだって無地は無地だけど黒だしね? 闇に紛れて悪いことしようってなれば、そりゃそういう色にはなるでしょ。だったらさ、何で目出し帽を赤にしちゃった? どうしてそこに差し色入れちゃったかなぁ? ここで一気にコンセプトがぼやけたよね。成る程、闇に紛れるつもりはない、と。じゃあ逆に何で黒着てんの? ってなるじゃない」

「い、いやそれは……総務が決めてるっていうか……、支給されるから……」

「でしょ? わかる。組織ってそういうものだから。仕方ないから。君に、君達に非がないのはわかってる。だけどさ、1人でもそれに異を唱えた人いた? 幹部が直々に来てるってことはさ、ぶっちゃけそんな大きな組織じゃないわけでしょ? ごめんね、失礼だけど」

「ま、まぁ確かにウチは比較的新しめの組織で幹部も……俺様を含めて2人しか……あ、でもこないだ1人準幹部に昇格したっけ」

「でしょ。てことはさ、1人の意見が結構大事にされたりするもんなんだって。よっぽど現場を知らないワンマン首領でもなけりゃさぁ。どうなの、君のトコの首領? エリート? 叩き上げ?」

「しゅ、首領は叩き上げで」

「だったらなおさら現場の声聞くって。言ってみなよ、現場を離れすぎて気付いてないだけだから、絶対」

「う、ううむ……」

「これからまぁ長い付き合いになるわけだからさ、もっとちゃんとやりたいんだよね。頼むよ? マジで」

「わ、わかった……」

「そんじゃとりあえず今日は退くわ。もう粗悪品売り付けんじゃねぇぞ」

「お、おう……」


 

 俺の名前は龍ヶ崎セイジ。

 どうやらここは秘密結社ゴクアークなる悪の組織が人々を恐怖のどん底に陥れているらしい。


 しかし、俺が来たからにはあいつらの好きにはさせない。必ずこの井川さくら町に平和を取り戻してみせる!

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