第三十七話:シーフの少女
硬いベッドの上で、もぞもぞと目の前で動く気配を感じ、目を覚ました。
ミラは髪をぼさぼさにして、何やら寝言を呟きながら、寝返りを打っている。
まだ薄暗いが大体朝の6時前ぐらいだろう。
昨日の夜はミラにネチネチと愚痴めいたことを言われながら就寝した。
ミラは酒の弱いほうではあるが、だいぶ時間も経ってアルコールも抜けているはずなのに、酔ったような感じで話掛けてきた。
俺の理解が追い付かないうちに色々と聞いてくるので、面倒になって、シュカを間に呼んで先に寝てやった。
おやすみな、もう寝る。
シュカも初めはあたふたしていたが、こいつも新人教育の一環だぞと一言添えれば、さもそれが当たり前であるかのように勝手に認識しだした。
ちょろい。
ミラはいじけて喚いたかと思うと、そのまま眠りについた。
ミラの方を見て、改めてこいつは不思議な奴だと思った。
しかし、なんだってこんな状況になっているのだろうか。
三人で固まって川の字で寝ていた姿を想像して、恥じらいというよりは奇妙な感じがしてくる。
あまりにも一人でいる時間が長かったせいだろうか。
共同生活なんて久しぶりで、これまで家族としか一緒に暮らしたことがなかったことを記憶している俺は、すぐ近くに触れ合える距離にある温もりに、若干の抵抗を感じてしまっていた。
目の奥が疲労のためなのか疼き、それに付随して頭痛がする。
時折来る痛み。
俺は親の顔を覚えていない。
そもそもノラ街に来る前は何をしていたのか、そこからの記憶が怪しい。
どうやってこの街にたどり着いたのか、物心ついた時からこの街にいたのか、今となっては分からない。
誰か知っている奴がいそうだが、例えばクレイとか。
いや、シルクに聞いた方がいいだろうか。
そんなことを考えながら、腰を上げる。
朝のルーティンの時間だ。
ミラとシュカは気持ちよさそうに寝ている。
俺は部屋を後にして、いつものように洗面所に向かった。
ルーティンを終え、火照った身体のまま部屋に戻るとミラの姿が無かった。シーツは綺麗に整頓されている。
「あ、ラトさん、おはようございます!」
背後から聞き覚えのある声がする。
振り向くと、箒を手に持ったシュカが、昨夜の寝相の悪い姿とは違って妙にシャキッとした感じで挨拶してくる。
俺なんかは朝が強い方ではないので、結構不機嫌なことが多いのだが。
しかし、この娘、シーフのくせに中々のしっかり者なのか。
こうなんというか、もっと主張が弱いものだと思っていたのだが。
改めて、主観と偏見だけで他人を判断してはいけないなと心した。
「わたし掃除好きで、いつも、朝起きたらこうやって掃除してるんです」
なるほど。
その言葉通りに、中々に手際が良いらしい。
部屋の中はミラだけがいたよりも綺麗になっている。
どこで取ってきたのか窓辺に一輪の花を飾っている。
花瓶は酒瓶で代用しているようだ。趣がある。
シュカの新たな一面を発見したというのは、知り合った中でまだ日が浅いのであれだが、中々に侮れないやつかもしれない。
シュカと二言三言交わしていると、腹が減ってきたことに気づいたので、そろそろ出かけるかと支度を始める。
「ミラはどこに行った?」
シュカに尋ねると、ちょっと街に出てくる、って言ってましたと答える。
もうそろそろ帰ってくるかと…。シュカは首を傾げなら、見てきます?というので静止させ、街にいるならと、とりあえず支度を始めさせる。
噂をしているとひょっこり戻ってくる、なんてことはなく、シュカも手際良く準備を始める。
お、嬢ちゃん精が出るなあと宿屋の主人が出発前にシュカに話掛けてきて、掃除の礼にこれ持っていきなと、例の如くカルミの実を渡してきた。
シュカは、良いんですか!ありがとうございますと上機嫌でご主人から受け取っている。
良いんだよ、可愛い子にはサービスしないとな、と宿屋の主人は言いつつ、俺に目配せをしてくるので、なんだこのいい歳したオヤジは…と、少し引きつった表情に気づいたのか気づかないのか、シュカが能天気に俺の顔を見て、具合悪いんですか?と気を遣ってきた。
まあ、どうでもいいと思い、主人に挨拶して宿屋を後にする。
「食べます?」
街行く道すがら、シュカが宿屋の主人にもらったカルミを差し出す。
「ありがとう」
このカルミの実は栄養価がたっぷりで、食い物に困ったときは少しでも食べとけばエネルギーになる。
俺はありがたくシュカからいただく。
ニコッと微笑んで、シュカもも美味しそうに食べている。
残った実は革のポーチに保存しておくことにした。保存食としては優秀なのだ。
そうこうしているうちに目的地に着いた。
ミラがどこに行ったのか探そうかと思うが、まずは腹を満たすことが先だ。
腹が減っては戦はできないと言うし。
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