第三十四話:ミラの過去
モンスターの襲撃によって、ノラ街の半数は瓦礫化した。
もともと煤と灰が被っているようなボロボロの街だが、それが更に悪化したような光景だ。
ただ、そんな環境に慣れきっている俺ら冒険者と街の連中は、そんなことお構いなしに、互いに協力し、いつも通りのような雰囲気で生活していた。
死傷者が出たとは言え、いつも死と隣合わせの生活をしていれば、本来はこんな災難も受け入れる覚悟がある。
だが、普通の人間はそうでもないかもしれない。
王都で快適な生活を送る富裕層にとってしてみれば、戦いなど無縁で、権力とか地位とか名誉なんかに興味がある。
最底辺に住む人間のことなど、考えるだけ時間の無駄なのだ。
ましてや、モンスターなど王国の騎士や冒険者に任せておけばよく、壁の内側にいる人間は外のことなんか全く眼中にないのだった。
だが、今回稀だったのは、王自らこのノラ街に赴いたこと。
ノラ街に住む人間で王と謁見した経験のある奴など、数える程しかいないはずだ。
ギルドになんらかの組織から依頼があったとは言え、明らかにあの差出人自体が黒幕である可能性もある。
冒険者たちに同じメッセージを送る粋な計らいをした人物(モンスター?)の正体も分かっていない。
だからこそ、王自ら戦場に飛び込んできたのではないだろうか。
まあ、そんなことはなく、おそらく本人にしてみれば余興の類なんだろうと思うが。
「…ラトどうしたの?」
カウンター席の隣に座る少女(年齢不詳)が心配そうに声をかけてくる。
あの後、クレイの店によってボアの残骸から金になるものを売ったあと、いつもの居酒屋にミラと一緒に来ていた。
街の破壊から免れたこの店には、顔馴染み以外の奴も来ていてだいぶ混んでいた。
マスターにシケラ(*麦酒)を頼み、グッと一気に喉元に流し込んだ後は、伏して考えごとをしていた。
疲れがようやく出てきたらしい。
正しくは少しホッとして疲労と痛みを感じるようになってきたと言った方がいいか。
ミラの存在も一瞬忘れていた。
「ん、ちょっと考え事をだな…」
「まだ傷が痛む…?」
「そうだな…(今回は中々に疲れた)。いつもは適当にモンスターのテリトリーに狩りに出て、ボアを倒してくるだけだったが、今回は街中での戦闘だった。流石に、敵の数も多かったし、何より冒険者以外の奴も沢山死んだ。いや、殺された。それをどうこうしようとは思えないが、一応ギルドを通して出た依頼だ。脅威は排除したとは言え、犠牲が出た。それを俺は大して守ろうともしなかった」
「…でも、ラトは必死だった…?」
ミラは視線をシケラの入ったグラスに移し、自分にも言い聞かせるようにそう訊ねる。
「そう。確かに俺は必死だった。でも当たり前だ。俺は自分の命が可愛くて、死にたくないから、ただそうしただけだ。自己防衛のためだ。だが、死ぬ覚悟のある奴なら別にそれでいい。冒険者は死と隣合わせだ。それが稼業であって、それで生きて、金を得ている。でも、覚悟の無いやつが、急にモンスターの襲撃を受けて、何の準備もなしに死んでいく、そんな無念をどう考えたらいいのか。生きとし生けるものはいずれはこの世を去るのかもしれない。俺たちの目の前から去っていくのかもしれない」
俺は珍しくムキになっていた。
俺らしくもない。
いつもなら、なるようにしかならないとか言って、それで話を切り上げるはずなのに、今日はそれをしなかった。
「でも、でもよ、それってなんか残酷な話だよな…。誰ひとりとしてただ意味もなしに生きている訳じゃない。それが一瞬で無くなってしまうってのは、どんな感覚なんだろうな」
性に合わず、弱々しい声をあげる。
自分でも何を言っているのか分からなかった。
酒が入っているせいかもしれない。
ミラは笑いも、蔑みも、慰めもせず、徐に口を開いた。
「難しいことよくわかんないけど、…確かに私たちが生きてることって、特に意味なんか無いんだと思う。私は物心ついた時から、このノラ街で生活してた。幼い頃の記憶とか思い出なんかない。孤児だった私を引き取ってくれた人が働けるようになるまで世話してくれたことはなんとなく覚えてるけど、私は何も持ってないんです。親の顔も知らず、住む場所も、お金もなく、希望も無かった」
ミラの個人的な話を聞くのは初めてだった。
同情も共感もしなかったが、そこに意味が無いことはないと俺は独り思っていた。
「その後、縁あってギルドの仕事をするようになって、こうして冒険者として働いてるけど、こんなの毎日が生きるか死ぬかじゃないですか…。でも、そんな環境でも、私は初めて自分の生きている感覚を実感できた。生きるってこんなことなのかなあって。だから、意味のないことなんて無いと思うし、えーと、だから…その…」
語気が変わった。俺は顔を上げた。
「これからも一緒に戦ってくださいっ!」
そのとき、今日初めてミラが笑った。
俺は顔を伏せる。
フッ。笑みがこぼれた。
不謹慎だと言われるかもしれない。
しかし、今日のシケラは甘苦い味がした。
「マスター、シケラ追加で!」
顔を赤らめ、慌てふためくミラをよそに、俺はシケラを一気に飲み干した。
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