独り
異世界攻略班
第一章 ノラ街のラト
第一話:錆び付いた剣
腰に下げた古びた革製の鞘から、錆付いた鉄の剣を抜く。
年季の入った錆が、鞘との摩擦で、剣を抜く瞬間、一瞬だけだが邪魔をする。
敵を目の前にして、毎度同じ挙動を繰り返してしまうと、準備不足と貧相な装備しか揃えられない貧しい生活に腹立たしさを感じてしまう。
錆の臭いが鼻腔をくすぐる。
金属バットよりもずっしり腕にかかる剣の重量に、最初のうちは戸惑っていたが、ギルドでの特訓や模擬戦闘の成果が出てきたのか、徐々に扱いなれてきてはいる。
とは言え、剣を振るう腕はまだまだぎこちない。
腰が引けてるが、目線を落とし、相手をしっかり見据え下段に剣を構える。
敵はボア一体。
一端の剣士には大した敵でも無いが、私にとっては別な話だ。
数日ぶりのまともな食事と貧しい現状を脱する生活費のために、なんとしても倒したい。
ボアはどこにでも生息する低級モンスターで、その肉と骨は安価に取引されている。
市場価値自体は大したことはないのだが、種類が豊富で時折未知のボアが発見されることもあり、フリークの間では若干の研究対象にもなっている。
取締対象にはなるが、非正規ルートを開拓出来れば、ボアでも価値は見込める。
その線、私には伝があった。
ボアがこちらの様子を窺いつつ、ジリジリと距離を詰めてくる。
中々に用心深いやつかもしれない。
大抵のボアであれば、遭遇した直後にすかさず突進し、一気に仕掛けてくるものだが、こいつはそうしない。
厄介そうだ。
銀色の獣毛に包まれ、褐色に光る眼がこちらの様子を逐一観察する。
あちらが仕掛けてこないならば、こちらからいくまで。
勢い良く飛び出し、敵の側面に回り込む。
走りながら一太刀浴びせるが、効果があるようには見えない。
ボアは傷を負いつつも、ここぞとばかりに突進してくる。
体勢を崩した状態では避けられない。
しまった…⁉くっ。
今度はこちらが、脇腹に敵の攻撃を受ける。
身体が流れていたおかげで深手は回避したものの、動きを止められた。
受け身を取りつつ、後方に飛ばされる。
まだまだ敵の動きは鈍くない。タフなやつだ。
右足で地面を数回蹴り威嚇してくる。
やっとやる気になったらしい。
前菜はここで終わりか。そろそろメインディッシュの時間だね。
ふんっ。
ボアに正面から向かっていく。
敵は興奮し、正常な判断を失っているようだ。
ボアの突進をギリギリで回避しながら、敵の背後から後ろ足を切り刻む。
グオオオオッ!
効いている。ボアも痛みで身体を支えきれていない。
チャンスだ。今度は外さない。
心臓を一刺し。
次に、頸部から頭部にかけて、何度も何度も剣を突き刺す。
グアアアァァ…。
徐々にか細くなるボアの鳴き声。
最後には剣を抜き刺しする音と周囲に飛び散る血だけが残る。
やったんだ…。
はあ、はあ…。
ガチャ。
両手で握っていた剣を離す。
中々に手強いやつだった。
他の剣士にとって、この程度のボアは取るに足らないものだが、それでも構わない。
今、この瞬間、しっかりと息をし、空を見上げている。
自分という存在が、まだこの世界で生を得ているという証だ。
ボアに突進された脇腹にも痛みはあるし、手にもじわじわとボアの身体を突き刺した感触がまざまざと残っている。
ボアの悲鳴、怒り、憎しみも感じた。
俺はまだここで生きている。
どれぐらい時間が経ったか、戦いの疲労でボアの亡骸に身をもたせながら寝ていたようだ。
死への冒涜というわけでもなく、戦いへの賛美ではなく、ただ純粋に疲れた。
木陰に隠しておいた作業用のリュックから、ナイフを取り出す。
亡骸の前で膝をつき、合掌とともに黙祷を捧げる。
「聞け、カミと呼ばれる存在よ。私はこの度、尊き一個の生を、我が生のために殺めた。自然の摂理として、私は、自らがこの世界に生を受けた以上、死を宣告されるまで足掻き続けたいと思っている。
聞け、神と呼ばれる存在よ。私の傲慢な決意を解す存在であるならば、一個の我が儘を受け止めよ。そして、尊き生を安息の地へと導きたまえ」
グサッ。グサッ。グヂュ。
ボアの肉片を切り刻み、リュックへと詰めていく。
残った亡骸は埋葬する。
儀礼的な所作ではないのだが、自分なりの死に対するけじめみたいなものだ。
身勝手なことには変わり無いのだが。
生きていくことは、死ぬことよりも、辛く厳しい。
生きることで、様々な感情を味わい、趣深い日々を過ごす一方で、生は残酷なものなのだ。
肉片を詰めたリュックを背負い、血のついた剣を鞘に戻し、帰路につく。
帰ったら、武器の整備が必要だ。
その前に、こいつを換金するのが先か。
風が吹く。
鉄の臭いと生き物の死臭とが混ざり合って俺の鼻を汚染していく。
…ひどい臭いだ。
慣れたとは言いたくない。
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