芸術について…チャペックより

ヨゼフ・チャペックのエッセイ集を読んだ。なかなか面白いもので、イラストも挿入してあって読みやすかった。

ヨゼフはチェコの国民的作家、カレル・チャペックの実兄としても知られる。1916年にチャペック兄弟としてデビューし、1921年にカレルと共にプラハの「Lidové Noviny 紙」に入社して風刺漫画を担当したが、ナチズムとアドルフ・ヒトラーに対する批判により、ドイツがチェコスロバキアに侵攻した1939年に逮捕・収監され、1945年4月、ベルゲン・ベルゼン強制収容所で亡くなった。

また、「ロボット」という用語の考案者としても知られている。

そんなヨゼフのエッセイの中で個人的に面白かったのが、「人は芸術から何を得るか」という項だ。

芸術について考えるとき、私はいつも三島由紀夫の「若きサムライのための精神講話」のある箇所を思い出す。



「我々は実に曖昧模糊たる生の時代に住んでいる。我々は自動車事故以外には滅多に死ぬことがなく、薬は完備し、かつての病弱な青年を脅かした肺結核と、健康な青年を脅かした兵役とからは、完全に免れている。そして、死の危険のないところで、いかにして自分の生を証明するかという行為は、一方では狂おしいようなセックスの探求となり、一方ではただ暴力のための政治行為になっていくのもやむ得ない。そしてここでは芸術さへほとんど意味を持たないほどの焦燥感が生まれてくる。なぜなら、芸術とはやはり炉辺で楽しむものだからである。美しい絵も、静かな音楽も、よく書かれた小説も炉辺の孤独なひとときがなくては、決してその味を知ることができない」



私たちの置かれている社会と、芸術の関係について考えるとき、いつもこの文章を思い出してしまう。

「あなたにとって、芸術とはなんですか?」と聞かれれば、私は「自分の生きるという行為を豊かにしてくれるもの」と答える。芸術は、決して美しくあらねばならないものだと私は思わない。芸術の中には、醜悪なものだって当然ある。逆説的だがその醜悪なものの中にだって、「何らかの」美しさがある。それらを美しいの受け取ること……より広くは「何がしか感じること」を芸術を通してすることは、私の中にある何かと芸術が「触れ合う」からだと思う。

だから、芸術とは決して美しいものでも高尚なものでもない。それは人間と、人間の生と死に極めて近いところにある存在だと私は思う。三島は「炉辺で楽しむもの」だとしたが、芸術とはたとえ雑踏の中にいたとしても、私を孤独にさせる、たったひとりにさせるようなものでもあると思う。

だから惹かれるのだ。



さてチャペックは芸術について、「芸術とやらはおよそ多くを与えない」と語る。むしろ多くの人々にとって芸術とは余計なもので、難儀なものだ。だが「何かを」芸術から得るに違いない。人間にとって生まれつきの何か、人間としての最初の何かを……。そうでなければ、なぜ暗い洞窟の中で私たちの祖先は芸術に身を投じ続けたのか?



「芸術は最初から人間とともに生まれたのだ。芸術はすでに人間が生活と最初に直面した時、人間がその存在のすべてにおける物質的・精神的な領域と遭遇した正に最初の時に、直ちに生まれたのだ」



チャペックの語る「芸術」はここまで来ると、何か哲学的な、いやそれよりももっと更に深い宗教的な何かを感じさせるものだ。私たちが世界と出会った時に、芸術は生まれる。



「すべての芸術の根源は、宗教的感情の中にあるといわれている。それゆえ芸術は宗教と同じほど古く、人生とその意味についての永遠の謎と同等の、人間にとって最初に必要とされたものである」



こうした言語になる前のもの、「何か」は日々を目先の利益のみで生きている人々にとっては知覚されえないものだ。

だがそうした曖昧なものに、芸術とは「現実として」私たちに与える。芸術とは決して贅沢なものではない。私たちの祖先が肉食獣から逃れた暗い洞窟の中でも絵を描いたように、過酷な環境の中でもやはり芸術は生み出され続ける。



「これが意味するのは、芸術が間違いなく人間に与えられた必需品であること、あらゆる人たちにとって普遍的・永続的な必需品であることだ」



そして、芸術とは芸術家のみのものではない。芸術を生み出すものは才能でもない。それは私たちの内部にある精神的な広がり、豊かな感情などが最終的に芸術家を作っていく。

芸術とは、このように見ていくと、「あらゆるもの」を与えてくれる。芸術とは、私たちの内部からそして人生の中から生まれ出るものであるから……。



「芸術は難しすぎるよそよそしい学問分野では決してない。芸術は人生、最高の人生、人生そのものなのだ」



引用・参考:平凡社ライブラリー「ヨゼフ・チャペック エッセイ集」

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