第60話 悪を殺す者の名
「……………………え?」
「……黙ってて悪かった。俺は……悪は絶対許さないマンなんだ」
あまねは開いた口が塞がらないといった様子だった。
それもそのはずである。
これまでずっといた男は、怪人もヒーローも恐れる惨虐を体現したとでも形容されるような非情だと揶揄されたヒーローなのだ。
「あんたが……悪は絶対許さないマン……?」
「……ああ」
暮斗は今更弁明も何もしなかった。
今はなにを話しても言い訳にしかならないのだ。
しかしそれでも伝えなければいけないことがある。
橘あやねののことを。
――だが、暮斗の正体が悪は絶対許さないマンだと知ったあまねは、信じられないという表情より、どこか怒りを滲ませていた。
「――それじゃああんたが……あんたがお姉ちゃんを……⁉︎ 」
「……あまね?」
「ガイさんに口止めされてたのはそういう理由だったのね……! あんたがお姉ちゃんを……あやねお姉ちゃんを殺したから……!」
「……待て、違う。俺はあやねに……」
あまねはなにか勘違いをしているようだった。それを訂正しようとするも、混乱しきったあまねの耳には届いていないようだった。
瞳からは涙が溢れていた。
「ほんとにあんたが……悪は絶対許さないマンなの……? お姉ちゃんを殺した……悪は絶対許さないマン……?」
激しく狼狽したあまねはもうその場にいられなくなったらしく、涙をぬぐいながら部屋を飛び出した。
「あまね!」
……しまった。
何故もう少し丁寧に話を進められなかったのか、と暮斗は今更になって後悔した。
よくあまねの話を思い返すと、あまねの姉……あやねを、彼女はヒーロー、すなわち悪は絶対許さないマンの手によって殺されたと言っていた。
――だが暮斗は、
彼女の死に関わっていることは確かだった。だが、誓って手を下してはいなかった。
そう自分の中で結論づけていたのだ。
しかしあまねはそうではない。
あまねの中ではあやねを殺したのは悪は絶対許さないマンだ。
だというのに順序を考えることを怠ってしまった。今まで共にいた人物が仇だと知れば冷静さを欠くのは少し考えればわかることだった。
「……っ! 待ってくれ!」
なんとしても誤解を解かなければならない。このまま終わってたまるか、と暮斗は焦り、あまねの後を追う。
だが、あまねの足は存外速かった。思えば怪人相手に持ちこたえたことから運動神経はかなり高いのだ。何故早く追わなかったのかと後悔に後悔を重ねる。
建物の外に出ると、既にあまねは遥か先を走っていた。
早く追わないと、追いつくことは出来ないだろう。
暮斗は嫌な予感がしていた。このままあまねに追いつくことが出来なかったならば、取り返しのつかないことになるようなそんな気が。
そうでなくても、誤解を解く機会を永遠に失ってしまうかもしれない。
「あまえええええええええっ!」
暮斗は渾身の力を込めてあまねの名を叫ぶ。
その声が届いたのかあまねは一瞬立ち止まり振り返るも、焦燥と困惑と怒りと、そして悲しみを全てないまぜにしたような複雑な表情を見たと思うとまた向き直り走った。
……まだ余地はある。
そう確信し、暮斗はラストスパートをかけ全力疾走を始めた。
もうすぐ追いつく。
あまねが角を曲がった瞬間手を伸ばし腕を掴もうとしたが――。
――先ほどまで目前にいたあまねの姿はどこにもなかったのだ。
「なんだと……?」
あまねの姿を間違えて追うはずもない。
確かにあまねは角を曲がったはずだった。
だが、彼女の姿はどこにもない。
逃げるための装備なども持っていないだろう。
しかし現に、ここにはいないのだ。
「……クソッ!」
暮斗はコンクリートの壁を力任せに殴った。拳から血が出ることも厭わず、力任せに。
流血する拳の痛みと、あまねの心の痛みを心の奥底で重ね合わせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます