第50話 vsイビル・スレイヤー 1

 ――これはダメだ。



 あまねは心の中で絶望した。



 いくら暮斗の能力が思ったより高かったとしても、レゾナンスの有無があまりに大きすぎた。かたや戦闘向きレゾナンスの中でも強力な部類、かたや戦闘用ですらない逃走用のレゾナンス。初めから勝ち目はなかったのだ。



「何かできることは……!」



 ない頭をフル回転させて考えてみたが、怪人にすら手も足も出なかった程度の実力な上に手負いなのである。何をしても邪魔にしかならないだろう。



 しかしここで見ているだけではジリ貧になってしまう。見ている限り暮斗の実力は本物だ。負けることはないだろう。



 だが同時に勝つこともできない。



 消耗戦になった場合不利なのは圧倒的に暮斗だった。



 なにかしないと――。



 そう考えたとき、佳奈が不意にあまねに話しかけた。



「……ならあまね、それ使いなよ」



「……それ?」



 佳奈が示したのはもう既にエネルギーが切れたブレードだった。



「でももうレゾナンスが……」



「それならこれを……使いなさい。いつもなら止めてたと思うけど、今は貴方の予想外に賭ける他ないわ」



 今度は愛梨沙だった。愛梨沙の手には先程暮斗が使い捨てたブレードが二丁。まだエネルギーは十分に残っていた。



 いつの間に回収したのだろうか。




「二人とも……」



 あまねはその次に言葉を挟み込みそうになったが、瞬間口を噤んだ。何か言うのは今ではなく、終わった後だ。



 まずは行動しなければ。



 あまねはボロボロの体に鞭を打ち立ち上がった。傷はまだ塞がっていない。だが、今やらなければいつやるというのだ。






 暮斗の頬に冷や汗が流れる。



 万事休すといってもおかしくないこの状況をどう覆すか、それだけをずっと頭の中で探っていた。



 一触即発の状態で、いつイビルが飛びかかってくるかわからず肝を冷やしながら、その時が一秒でも遅いことを祈って糸口を探し出す。



 ――だが、やはりその時はすぐに来てしまう。



「……もう小細工はなくなったようだな。あってもなくても変わらないような微々たるものだったが」



「……うるせーよ。まだなんかあるかもしれねーだろ?」



「隠し球がある奴が言う台詞じゃないな、それは。つまり貴様にはもう後がないということだ」



「…………」



「図星か。なら、死ね」



 イビルは短くそう言うと、地面をじり、と踏みしめ、突撃態勢に入った。



 ――瞬間、イビルは最速の虎をも超える速度で暮斗に襲いかかった。



「っ!」



 もうダメか。



 ――そう思った瞬間だった。



 暮斗とイビルの間に、なにかが飛んできた。



「なっ……」



 それが視界に入ったイビルは過剰に警戒し、同じ速度で背後に飛んだ。



 からん、と落ちた音がした方向を見ると、そこにはあまねが所持していたブレード。



「……暮斗はやらせないわよ」



「おまっ……馬鹿か! お前が出てきてもどうにかなる相手じゃない! そんなことしてる暇あるなら二人を連れて逃げろ!」



 ブレードを投げたのはあまねだった。肩で大きく息をしながら、頭をふらつかせている。



 こんな状態で間に入ったところでどうにかなるわけがない。



 それがわかっていた暮斗はキツイ口調であまねを諌めた。



 だがあまねは一層強気になり、口角を上げて堂々と言い放つ。



「うるさいわね。これでも運動神経はいい方……なのよ。あんたの助けにくらいなってやるわ」



「駄目だ! 逃げろ!」



 そんな二人のやりとりを聞いていたイビルは喉の奥をくつくつ鳴らして、表情に皮肉な憐憫を浮かべた。



「はっ。貴様はそんなに死にたがりだったか。いいだろう。望み通りにしてやるよ!」



 今まで暮斗に定まっていたターゲットはあまねへと切り替わった。



 あまねには暮斗以上に何もないとわかっていたのだろう。迷うことなく一足飛びで踏み込んでいった。



「や、やめろ!」



 ここにきて、いつも平常心を保っている暮斗の感情が乱れた。それほどまでに危機感を覚えていたのだ。



 ――しかし、ここにきてあまねは誰もが考えていなかった予想外な一手に出た。



 あまねは持ち前の早着替えで、突如その場で服を脱いだ。



 高い防御力を持つ下っ端パーカーを脱いでしまってはただの一般人と変わらないというのに、その唯一の優位性を捨てるなどと誰が考えるものか。



 そしてその突飛な行動はそのままでは終わらない。



 あまねはその脱いだパーカーを自分の目の前に投げ捨て、目隠しブラインドにしたのだ。



 何もないと油断し、タカをくくって無考に突っ込んできたイビルにそれを躱すことはできない。まんまとあまねの策に引っかかったのだ。



「こんなものでどうにかなっ…………⁉︎」



 ――そして次の瞬間。



 投擲され、目隠しを突き破り現れた二つのブレードがイビルの腹に深々と突き刺さっていた。



「な……に……?」



「――暮斗!」



 イビルも暮斗も、あまねがブレードを隠し持っていたことなど露知らない。



 だが、戦闘の中で唯一そのことを把握しているあまねは、何が起きているか脳で処理しきれず惚けている暮斗の名を呼び発破をかけた。



「……よくわからんけどよくやった! あとは任せろ!」



 その声で暮斗は正気を取り戻す。



 まだよくわからないものの、千載一遇のチャンスが巡ってきたことだけを本能的に理解した暮斗は瞬時にイビルへ向けてダッシュした。



 その間のやりとり、ほんの数秒。



 刺されたことショックと痛みを隠しきれないイビルの目はまだ暮斗へ向かない。



「俺の……勝ちだ!」



 暮斗は意識が戦場から離れているイビルに向けて、暮斗は渾身のボレーキックを放った。



「ぐあっ……!」



 ここにきてようやくイビルへ決定的な一撃を与えることに成功。



 更に暮斗は手を休めず大剣を大きく振りかぶり、イビルの頭へ峰を直撃させた。



 いくらレゾナンスを使用していないとしても、かなりの質量を持った金属の塊である。無事で済むはずが無い。



 暮斗の考え通り、イビルの体はふわりと力なく宙へ投げ出された。

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