第46話 彼女の最後の日 3

 あまねは今ある予定を全てかなぐり捨てて、避難所を飛び出した。



 ヒーローの制止も振り切り廃工場へと全力で疾走した。



 道中、計画を手伝えないことを伝えるために暮斗に連絡を入れる。



 今度はほとんどコール無しに電話が繋がった。



『あまねか。今どこにいるんだ? 俺はもうついてるんだけど』



「暮斗ごめん! ちょっと用事が出来ちゃったから手伝えなくなった!」



『…………はああぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉ おまっ……この土壇場でなんの用事が出来るんだよアホか!』



 暮斗の大声で酷い耳鳴りを起こした。うるさい。



「うるっさいわね! 用事ったら用事よ! あたしの人生に関わる用事よ!」



『だからなんの用事なんだよ! こんな大事な時に出来た用事なんだからそりゃ大層な用事に決まってんだよなぁ?』



「当たり前でしょ! 佳奈と愛梨沙がまだ逃げきれてない上に廃工場に置き去りになってるから助けに行くってのよ! 大層な用事でしょ!」



『ああそりゃ大層な用事だ! ……よっしゃ、予定を変更するぞ。とりあえず二人を助けに行く』



「その為に今向かってんのよ。……なんならあんたは予定通り人助けでもしてていいわよ」



『んなわけに行くか。今のお前はヒーローも怪人も両方敵に回してるめんどくさい存在だ。ヒーローは怪人だからとお前を倒そうとするし、怪人は人助けしようとしてる裏切り者のお前を倒そうとする。いいか? 廃工場に行っても俺が行くまでそこを動くなよ』



「……まぁ、そこは努力するわ」



 言葉を濁して通話を切ると、避難所を守っている門番のヒーローの制止を振り切って廃工場へ向けて疾走した。



 ――先ほどの嫌な予感は的中してしまった。まさか佳奈と愛梨沙がまだ取り残されているだなんて、最悪すぎる予感の的中である。



 電話してみてよかった。不幸中の幸いだった。もししていなければ、自分が変わるきっかけとなった二人を失ってしまうところだった。



 一時は空っぽだった自分を埋めてくれる存在がなくなってしまうなど絶対に嫌だ。



 しばらく走っていると、段々爆発の音が近づいてきている。



 救助に向かっている先に近づくたび爆発音が大きくなっているというのはもはや悪夢としか考えようがなかった。



 更に先に進むと、ちらほらヒーローと怪人が本気で戦っている姿が見かけられるようになってきた。あまねはそのどちらにも見つからないよう上手く姿を隠した。



 怪人に見つかれば手伝えと言われることは必至。ヒーローに見つかれば倒されること必至。一般人のフリをすれば強制送還間違いなし。悪手はとれなかった。



「撃て撃て撃て! 今回は総力戦だ、損害は気にしなくていい! 奴らに遅れをとるな!」



 指揮官らしきヒーローはトリガーを装備した下位ヒーローたちにひたすらの銃撃命令を出していた。



 言われるまでもない、と言わんばかりにヒーローたちは弾丸を乱射。



 対する怪人たちはそれぞれの怪人の持つ固有能力により銃撃を相殺し、回避し、反撃をする。



 火花色をした弾丸や、火そのものの色をした火球などが横殴りの豪雨のごとく戦場に飛び交う。



 ――これは非常にまずい。



 廃工場はもう目と鼻の先である。遠目から見てもまだ中で戦っている様子はないが、このままだといつ戦場が内部に移行してもおかしくはない。



「急がないと……!」



 あまねは唇を噛むと、誰にも見つからないように廃工場の中へと侵入していった。



 中へ入ると、存外外の音は聞こえない。厚い壁が音をシャットアウトしているのだ。



 その代わり歩くたびに足音が大きく反響する。呼吸音すらこだまして跳ね返ってきそうだった。



 あまねは息を呑んだ。この異様な静けさが少しずつ緊張感をピークへと誘っていく。



 その緊張をごまかすかのように二人の名を大声で呼んだ。



「かなー! ありさー! どこよー! 返事してー!」



 いくら外の戦闘音があるとはいえ声が反響しやすい工場内である。返事が来てもおかしくはないのだが。



 返事が得られないと悟り、更に大声を出して根気よく二人の名を呼びあげた。



「あーりーさー! かーなー! へーんーじーしーてー!」



 声の根を尽くして二人を呼ぶ。



 ――その甲斐あってか、耳を澄ましたその直後に微かに人の声が聞こえた。



「…………ここよ………………」




 声の主は愛梨沙だった。


 元々声があまり大きくない愛梨沙だったが、精一杯の声を張り上げていることがわかる。



 ……無事でよかった。



「愛梨沙! すぐ行くわ! ……っと」



 うっかりしていた。佳奈と愛梨沙はあまねが怪人連盟に籍を置いているということを知らない。だというのに下っ端パーカーを見られるわけにはいかない。一発でバレてしまう。



 かといって色を擬態させた状態では防御力が著しく落ちてしまう。そういったところでこのパーカーは融通が利かないのだ。



 ……だが背に腹は変えられない。



 仕方がない、とあまねはパーカーを別色に擬態させ声の方向へ駆け寄っていった。



 ――が、ほっとした直後、最大の危機感があまねに襲いかかる。



「きゃあああああああああっ!」



「愛梨沙⁉︎」



 それは愛梨沙の悲鳴だった。

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