第45話 彼女の最後の日 2
あまねは隠れつつもなるべくスピードを落とさないよう心がけ早足に移動する。
しかし運がいいのか、どれだけ走ってもヒーローに遭遇することは一切なかった。それどころか怪人の姿すらも見えない。
――もしかして、戦場から外れた?
あまねはふとそんな悪寒がした。戦場から離れてしまっては元も子もないのである。
不安になり、慌ててスマートフォンの地図アプリを開いてみたが、幸いそこはまだ戦闘圏内だった。そして冷静になった頭で思い返してみると、そこはいつも通っている通学路だった。
学校の周囲も戦場となる可能性は非常に高い。あまねの高校に避難した市民たちが固まっているが、怪人ならばそこを狙わない手はないだろう。
――佳奈と愛梨沙は大丈夫だろうか?
ふとそんな疑問が浮かんできた。
確か佳奈も愛梨沙の避難所はこの高校のはずだった。
高校はもう目の前にある。
安全のためにヒーローが防衛しているのだが、まずここまでたどり着くことができなければ元も子もない。いくら屈強な壁があろうと中に入ることが出来なければなんの意味もなさないのである。
……二人は無事たどり着けているのだろうか?
なにか得体の知れない不安がよぎったあまねは下っ端パーカーを脱いで見つからないようそのあたりに隠し、変えの上着に着替えて三人が通う春原高校へと向かった。
パーカーを脱いだのには理由があった。
下っ端パーカーには色味を調整し普通のパーカーに見せかけるという機能があるが、厄介なことにその機能を使っている最中には微量の疑似レゾナンスのエネルギーが出ているのだ。
ヒーロー達の装備の中には、ヒーロー協会のものとは違う怪人連盟特有の疑似レゾナンスを検出する装置があるという。
その装置はかなり大型で持ち運びこそできないが、設置さえしてしまえば怪人の強みである擬態を瞬時に見破ることができるのだ。
色を変えても見つかるし、色を変えなかったら一目瞭然。さすればパーカーを脱ぐしかないが、そうした場合パーカーを着てようやく怪人扱いとなる下っ端はただの一般人へと成り下がる。判別装置は怪人にとって天敵なのだ。
だが、今回のあまねの目的は人間に擬態して市民を襲うことではなく、単純に友人を探すだけである。佳奈と愛梨沙の無事さえ確認できたならばすぐに立ち去ればいい。
嫌な予感を抱えたままあまねは正門へと向かい、一般人を装ってヒーローの検問を通り抜けると、いち早く避難している者のリストを漁り始めた。
苗字を思い浮かべ、二人の氏名を血眼で探した。
レゾナンスの生みの親、
例えばこの災害者リストだが、一秒にも満たない生体認証により簡単なリストの登録が可能となっている。
これは旧来の技術を加速度的に進歩させた悪原の力あってこそのことだった。
――だがそんな進化した技術があっても、利用者がいなければ意味がない。
リストを確認するも、"仲谷佳奈"と"観月愛梨沙"両名の名はない。
検索をかけてみてもヒットすらしないのだ。
あまねの顔からサッと血の気が引いた。恐れ慌てて周囲の避難状況も検索合わせて検索したが、やはり二人の名前は見つからない。
つまり、二人はまだどこにも避難することが出来ていない。
「……嘘でしょ……!」
あまねは震える手で佳奈に電話をかけた。
頼むから出て、と縋るような気持ちで繋がることを祈った。
――そして数度のコールの後、ぷつりと小さな接続音がしてからノイズ混じりながら佳奈のスマホと繋がった。
「佳奈⁉︎ よかった、繋がった!」
『……あまね?』
「そうよ! 避難所に行ってもあんたも愛梨沙もいないから心配したのよ! ……そうだ、もしかして愛梨沙も一緒にいたりする?」
『……うん、一緒にいるよ』
「二人とも無事なのね。よかった。……ううん、まだよくないわ。二人とも今どこにいるのよ? 無事ならさっさと避難してきなさい!」
『……いやー、無事とはちょっと言い難いかな。実は足挫いちゃってさ……』
「なにやってんのよバカ! ドジっ子!」
『うわーあまねには言われたくないこと二つも言われちゃったよ。末代までの恥だなこりゃ』
「冗談言ってる場合じゃないでしょ! ……今どこにいんのよ」
『今は廃工場に隠れてるよ。爆発の音は遠いから大丈夫だとは思うんだけど……』
「わかったわ、今すぐ助けに行くわ」
『……やっぱり馬鹿なのはあまねの方でしょ。あんたが来てどうにかなると……』
「安心して。暮斗がなんとかしてくれるわ。あれでもあいつ、ヒーローなんだから」
あまねは食い気味で佳奈の言葉を遮りそう言った。
隣で聞いていたのか愛梨沙が佳奈に変わる。
『あまね? それなら暮斗さんに連絡して。悪いけどあまねが来たら荷物が増えるだけだわ。運動神経が良くても、あなたは一般人なんだから』
「大丈夫よ。まぁ……とにかく大丈夫だから」
二人は知る由もないが、今のあまねには微力ながらもブレードを持っている。暮斗が来るまでの時間を稼ぐことくらいは出来るという自信があった。
『来ちゃ駄目よ! 最悪の展開として私たちが駄目だったとしても、貴方だけは無事でいるのよ! 生き残るの! 貴方にはそのチャンスがあるの。わざわざ捨てる必要はないのよ。私たちのことは……』
「……それを聞いたらなおさら行かなきゃいけないと思ったわ。あのね、愛梨沙は生き残るチャンスがあるって言ったけど、あたしは二人がいないのに一人で生き残ったって意味がないって思ってるの。それくらい二人が大事なの。だから、あたしのことを信じて」
受話器の向こうで沈黙が起こる。それもそのはずである。二人にとってあまねは、ドジでマヌケなただの女の子なのだから。
戦う術も戦う理由もないのである。
それのなにを信じろというのか。
考え込んでいるのか、沈黙は続く。
その沈黙に痺れを切らしたあまねは、
「……大丈夫よ。あんた達が思ってるよりあたしには色々あるんだから」
とそう言って通話を切った。
――急がないと。
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