運命の恋人~二人の赤い糸はオリハルコンでできていた~≪乙女ゲーム編≫

栄養素

二人の出会いは必然です。

 うららかな日差しが優しくあたりを照らしています。

 爽やか風が柔らかく頬を撫でて行きます。


 季節は春。

 芽吹きと目を覚めをつかさどる暖かな季節が、ここクレイン王国にもやってきました。


 そのクレイン王国にあるアルデアシネレア城から、この物語は始まります。


 ◇ ◇ 


 豪華な装飾品で彩られた王城の一室。

 そこに4人の人物が居ました。

 4人の内2人は壮年の男性で、残りの2人は小さな男の子と女の子でした。


「さあブロウディア、挨拶なさい」

「ユリウス、お前もだ」


 女の子の隣に立つ、ちょっとお腹の出っ張った男性が言いました。このおっちゃんはクレイン王国の貴族でコモンガル公爵と言い、女の子の父親です。

 男の子の隣の背の高いちょび髭の男性も言いました。こっちのおじさんはクレイン王国の王様で、男の子親父さんです。


 そして、声をかけられたお子様二人は、しばらくお互いを見つめ合った後、同時に目をそらし、


「「…やっぱり」」


 やはり同時に小さく呟いたのでした。


 ◇ ◇ 


 さてさて、お子様二人がそれそれの親御さんに促されるまま、つたない口調と仕草でマナー通りの挨拶を交わしたあった後、大人たちは、大切な話があるからと、子供二人を部屋に残したままいずこかへ行ってしまいました。

「あとは若い二人で」って奴ですね。

 なんだかお見合いみたいですが、実は実際そのとおりで、男の子と女の子はこの顔見世で、初対面ながら婚約者という間柄になったのです。

 まだ小さい男の子と女の子。一国の王子様と貴族のご令嬢。絵にかいたように見事な政略結婚です。

 今頃別室に移っていった大人たちは、あれやこれや、政治やらお金やらについて話し合っていることでしょう。

 世知辛い世の中です。


 では視点を戻しまして、お部屋に残された若い二人はいったいどうしているのでしょうか。


 二人は、部屋に置かれていた豪華な装飾の施されたソファーに、向かい合って座っていました。

 お互いまだ身長が足りなくて、脚が浮いてしまっています。

 会話が無いまま、しばらく向かい合ったまま足をぷらぷらさせているだけの時間が過ぎてゆきましたが、


「ブロウディアか。初めまして。いや

「ええ、初めまして。そして、。あんた、王子様だって?大出世じゃない。ユリウス殿下?」


 男の子が話し始めたのをきっかけに、やっと二人の間で揺蕩っていた沈黙が退散してゆきました。

 それにしても、この二人、今日がお互い初対面のはずなのですが、ずいぶん気安げに言葉を交わしているように思えます。

 特に女の子の方。お向かいに座っている男の子はこの国の王子様のはずなのですが、なかなかフランクに話をしています。そして、王子様である男の子のほうも、それを気にしている様子はありません。


 なんとも不思議な感じですが、実はこの二人、ユリウス・クレインとブロウディア・コモンガルには、とある大きな秘密があったのです。


 ◇ ◇ 


 実は、この二人には前世の記憶というモノがあるのです。

 そう、前世です。今の自分になる前の自分の記憶。魂に刻まれた情報。

 魂がめぐる、輪廻転生の際に消えてなくなるはずのそれらを、この二人は所持しているのです。

 それだけでも摩訶不思議なお話なのですが、なんとこの二人、前世での知り合い同士。いいえ、正確に言い直しましょう。二人は前世で、将来を誓い合った恋人同士であったのです。


 ああ!なんという運命のいたずらなのでしょう!二人を結んだ赤い糸は、死してなお解けず。こうしてまたお互いをめぐり合わせたのです!ロマンチック!


 ……

 で、済めばよかったのですが、二人の秘密にはまだ続きがあります。

 今、二人には前世の記憶があります。前の時も前世の記憶がありました。さらにその前も。さらにさらにその前も。

 そうです。この二人の魂はいくども転生を繰り返していて、何度転生しても前世の記憶は失われることなく、来世へ引き継がれているのです。

 そしてなんとこの二人は、幾度転生しても必ず巡り合い、最終的には結ばれるという、驚異の運命力を持つカップルであり、もはや私たちの業界では、二人を繋いでいる運命の赤い糸は、オリハルコンか何かでできているのではなかろうか?と噂されるほどの人物たちなのです。


 因みに、今まで二人が紡いできました転生エピソードを少しお話いたしますと、

 生まれの国同士が戦争をしている中で出会い。

 片や勇者、片や魔王という立場で出会い。

 言葉を話せぬ獣同士になって出会い。

 なんの変哲もない学生同士で出会い。


 聞くも涙、語るも涙のドラマがあったのです。語るには時間がいくらあっても足りません。

 さらに付け加えると、二人は、お互いの転生した姿を一目見ただけで見分ける事が可能で、相手を違えることはありません。まさに愛の力ですね。


 え? 二人は何回くらい転生しているのか?ですか。

 そうですね。正確な数字をお教えすることはできませんが「シィーブヤシティのランブルスクエアを通る車両の数より多い」とだけ申しておきましょう。

 おや、それじゃあ分からない?おっとあなたさまはこの表現に馴染みのない出自の方でしたか。私としたことが不適切な表現を使ってしまい大変申し訳ございません。「とっても多い」とだけ認識していただければ大丈夫です。


 まあそんなこんなで、この二人の秘密については以上となります。

 やっぱり今回の転生でもお二人は巡り合うこととなったわけですが、今回のお二人は物語はいったいどのようになってゆくのでしょうか。


 どうぞ暖かく見守ってあげて下さい。


 ◇ ◇ 


 豪華なお部屋では、二人の楽しそうなおじゃべりが続いています。

 どれ程の逢瀬を重ねていても、ここまで離れていたのはお互い寂しく思っていたのでしょう。

 二人とも頬が緩んでいるように見受けられます。


「それにしても、今回のおまえはまた。なんかゴージャスな感じがするな。まあ、可愛いけど」

「あら。なんだか素直に喜べないけど、褒め言葉として受け取っておくわ。あなたも素敵よ。まさに王子様って感じ」


 ここでお二人の外見について触れておきましょう。物語を楽しむ上で大切な要素ですからね。

 先ずは男の子、クレイン王国王子ユリウス・クレイン。

 さながら光を放っているかのようにきらめく黄金の御髪に、アクアマリンの様に澄んだ色を宿す優し気な双眸、今だ子供らしいまろみを残したかんばせではありますが、将来はきっとまさに貴公子ぜんとした凛々しいお顔になるに違いありません。

 因みに愛称はユーリとのこと。

 次に女の子、クレイン王国の公爵令嬢ブロウディア・コモンガル。

 咲き誇るキキョウを思わせるパープルの髪は、波打つようなウェーブを描き、切れ長の眼に宿る瞳の色は、秋の夕焼けを思わせる鮮やかなオレンジ色。成長が早い女の子だからでしょうか、男の子に比べて顔立ちは大人びており、幼いながらそこに確かな色気が感じられます。右の目元にある泣きボクロが非常にセクシーですね。身長も今のところ男の子より少し高いようです。

 そして、相性はディア。

 二人とも御年10におなりです。


 二人が姦しくおしゃべりしていると、二人のご両親が戻ってきました。どうやら大切なお話は、ひと段落ついたご様子です。

 ご両親方は、元気に言葉を交わす子供たちを見て、すっかり打ち解けた様子に少し驚いたようでした。


 何はともあれ、オリハルコン製運命の赤い糸を持つお二人の、今世での出会いはこんな感じでありました。


 ◇ ◇ 


「♪~♪♪~」


 陽気に鼻歌を口ずさみながら、一人の少女が歩いています。

 左腕に下げられたバスケットが、少女の歩みに合わせて小さく跳ねてます。

 やがて、少女の目の前に一家の家が見えてきました。

 あまり大きくない平屋のお家ですが、真っ白な壁と、青いレンガの塀と屋根、丁寧な細工の施されたドアノブや窓枠を見るに、なかなか瀟洒なお家です。

 少女は足を止めずにお家に近寄り、ノッカーをトントンと叩きます。

 少しするとドアが開けられ、少女は中へ入って行きます。そして、少女は慣れた様子で廊下を進み、屋敷を突っ切ってテラスに入ってゆきました。

 テラスでは一人の少年が本を読んでいましたが、やって来た少女に気が付くと顔を上げ、少女に向かってにこやかに言いました。


「よう。いらっしゃい」


 少女の方も笑顔で返します。


「おまたせ」


 あの出会いから、少し季節が廻り、二人は15歳になりました。

 予想通り二人とも立派に成長したようです。

 あの時は少女の方が高かった身長も、今ではすっかり逆転し、今では拳一つ分ほど少年の方が高いです。

 実はなかなか高くならない身長を気にして、牛乳をがぶ飲みしていたことは少女には秘密です。


「はい、お土産よ」


 そう言って少女は抱えていたバスケットを差し出します。


「おおクッキーか。これはもしかして?」

「ええ、私が焼いたの。ねぇお茶にしましょうよ」

「いいね。じゃあ用意させるよ」


 少年が手のひらをパンパンと打ち鳴らすと、メイド服を着た女性がサービスワゴンを押してやってきて、ささっとテーブルを整えてしまいました。


「さすが、素早いわね」

「恐縮です、ブロウディア様。ブロウディア様がいらっしゃると伺って用意していたんです」


 メイドさんが軽く頭を下げました。

 少女はバスケットから包みを二つ取り出すと、メイドさんに手渡します。


「これ私が焼いたクッキー。良かったらみんなで食べてね」

「ありがとうございます。皆も喜びます。ブロウディア様のおつくりになるお菓子が一番おいしいと、皆申しておりますので」

「大げさね。でも嬉しいわ」


 メイドさんは受け取った包みを大切そうに胸に抱えて、深々とお辞儀をして去ってゆきます。

 少女とメイドさんのやり取りを眺めていた少年は、ひょいと腕を伸ばしてバスケットからクッキーを一枚抜き取ると、そのまま口に含みます。


「うん、やっぱりおまえの作ったクッキーは最高だな」

「当然。私が一流のパティシエだったって、あなたも知っているでしょう」

「その時の俺は一流のコンシュルジュだったな」


 早速前世トークが花開きます。

 普段二人は前世のことについて秘密にしているので、こうして気安く話ができるのは二人きりの時だけです。

 通常、こういったお茶会では、傍に給仕がつくものですが、二人はそれを断っていました。


「この間第一王子と会ったって聞いたけど、どうだった?」

「問題なかったさ。早くから王位には興味ありませんって宣言して、この離れに引きこもったのがよかったんだろうな。仲良くやってるよ」

「実は、あんたが「俺が王様になるんだー」とか言い始めたら、どうやって止めようか考えていたの」

「前科があるだけに、ごめんなさいとしか言えない…」

「そう、はぁ~良かったわ。いつかみたいなドロドロの後継者争いなんて嫌だもの」

「騎馬民族のときだよな?あの時は大変だったからな」


 二人の過去前世には幾多のドラマが隠されています。その中には当然、血なまぐさい思い出もあったのでした。


「そうだ、結局おまえアルバトゥルス学園にはどうやって通うんだ?寮?家?」

「寮からにするわ。お父さんは家から通いなさいってうるさいんだけどね。やっぱり私、かしずかれるのって苦手かも」

「そこんとこはずっと変わらないな」

「あなたはその辺り器用よね」

「むくれるなよ」


 ◇ ◇ 


 そんな二人の姿を見つめるいくつかの瞳がありました。この家で働く使用人の方々です。

 その中には先ほどクッキーを受けとったメイドさんも居て、覗き見しながらクッキーの包みを解いて、仲間に配っています。


「ああ、やっぱりブロウディア様のクッキーはいいわね」

「ほんとほんと。一番だとか嘯いてるメゾンライズの奴よりもずっとおいしい~」

「お菓子作りが趣味なんて、貴族のご令嬢にしてみたら変だと思ったけど、甘くみてたわ」

「クッキーだけに?」


 覗き見の皆さんはクッキーを齧りながら、テラスでおしゃべりをする一組のカップルを観察し続けています。

 実はこの人たち、少年と少女の自宅デートを覗き見する、デバガメの常習犯だったのです。


 この国の第二王子である少年は、腹違いの兄である第一王子との間に後継者争いが起こらないよう、早々に脱落を宣言し、王城を離れてこの離れに移り住みました。

 娘を王妃の座に付けたかった少女の父親と、いささかのすったもんだはありましたが、少年の真摯な態度と、娘からの可愛いお願いに折れ、今ではそんな野心があったことすら忘れて、娘たちの仲を応援していたりします。 


 しかし、そんな出来事があったため、少年と少女の婚約は、一時期解消の危機にあったわけでして、当然その隙をつき、後釜に収まろうと画策した女性達もいらっしゃったわけです。

 そしてその中に、この離れで働いている使用人達も含まれていました。

 王子様付きの使用人なのですから、行事見習いとして奉公に来ていた貴族のご令嬢もおりましたので、致し方のないことでしょう。

 虎視眈々とタイミングを計る彼女たち、しかしその野望はあっという間に打ち砕かれることとなりました。

 お似合いすぎたのです。少年と少女が並んだ姿が。

 まるでそうであることが当たり前のような、比翼の鳥? 形影一如? とにかく、すでに完成された何かが、そこにあったのです。

 少年と少女の間に割って入れるビジョンを思い描けず、彼女たちは早々に白旗を上げたのでした。


 しかし、そうして諦めてしまうと、こんどは彼女たちの中に疑問が浮か上がってきました。

 なぜ少年と少女がそんなオーラを発することができるのか?ということです。

 彼女たちは、少年と少女の婚約が、大人の事象による政略的なものであることを知っていました。王子様と高級貴族のご令嬢という立場故、頻繁に会うことが出来なかったことも聞き知っています。

 そんな状況にあったはずの二人が纏う雰囲気、それがどこから来るものなのか知りたくなったのです。

 そうして彼女たちは、壁に張り付く目となりました。

 因みに、観察対象である二人は、見られていることに気が付いています。幾多の前世を経験した二人には、鋭い第六感が備わっており、この覗き見を最初の段階から察知していました。ですが、害は無いと見て特に指摘はしていませんでした。


「わたし発見したのだけど、あのお二人の雰囲気って、実家のおじいちゃんとおばあちゃんの雰囲気に似てると思わない?」

「わかる気がするわ。「おい」とか「ねぇ」とかでお互い何が言いたいのか理解してそうよね」

「前、王女様もここのお茶会に参加されたことがあったじゃない? あの時わたし、傍に控えて給仕していたんだけど、ユリウス王子がティースタンドにちらっと視線を向けたの。そしたら、ブロウディア様は何も聞かないでティースタンドからサンドウィッチを取り分けて、王子に渡してたのよ」

「ユリウス王子もブロウディア様のことすいつも気にかけているわよね。寒そうにしてたら直ぐ上着持ってくるし、ほんと通じ合ってるわよね」

「あの二人の間に割って入ろうなんて、バカなこと考えてたと思うわ」

「ほんとほんと」


 少年と少女の事で会話が盛り上がります。恋バナは楽しいですからね。


「でも、お二人とも来月から学園でしょう?」

「そうだった。王子は寮から通うらしいし、しばらく覗き見もお休みね」

「ブロウディア様の手作りお菓子もお預けってことよね? ああ~残念」


 そんなこんな、ミーハーな侍女達に見守られながら、少年と少女の時間は過ぎて行くのでした。

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