第21話 隧道広間中央、竪穴直下
遠く、爆発のような大気の震えがあった。
つまり、最初に戻ってきたのは粘膜の感覚だった。もっともエイジローの感覚器は眼と粘膜しかないので、意識が戻ったが眼が開けられない、というのが実情に近い。
「目が覚めたか。エイジロー?」
迷宮に入ってすぐの区画、申し訳程度に設置された
その顔で、拡散していた前後の記憶が
からだじたいに叩き込まれた声が、よみがえる。
──我に従え。
「ああ。どうにかな」
「では、
娘は思わず、というように、年相応の笑顔をこぼした。エイジローは確信する。
あの声の源は、この娘だ。つまりこの娘が女王さまだ。
丸まった
うまくゆかない。感覚麻痺がまだ響いている。無理矢理、身体を震わせた。
「断る」
大気の爆発的震動が、危惧していた事態を伝えている。それどころではない。
覗き込む女王の顔が、悲しげに歪んだ。不貞腐れているようにしか見えなかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「声は、聞こえたのであろう?」
「だからって、従わなきゃならん理屈はない」
やかましかったからやめてくれ、と半眼になるエイジローに、嘘の気配はない。
カララは、思ったよりも
薄々察してはいたのだ。最初はこの
そしてまたカララの
種を問わず森羅万象を
ただの常人でしかないカララの肉体には、当然、備わっているわけもない。
ただ、
だからこそ、相応の肉を取り戻すため、エイジローに賭ける気にもなったのだ。
結果は、ご覧の有様だが。
「もういいでしょう、カララさん。空振りだったんでしょう? この筋は」
「こいつの連れか、あんた」
「ええ。遺憾ながらね。引き回されてうんざりしてますが」
「
カララの膝の上、エイジローが反応した。肉塊を不器用に蠢かせ、転げ落ちる。
単眼の目線をグラトへ、あるいは広間の方へ向けた。
遠く、轟音がもう一度響く。
「……みかんか?」
「本郷さんですか。ええ。彼女が目当てだったようで。やっと検問が解ける。ただ、荒事が終わらなきゃ、
グラトは首を数度鳴らした。
ぼんやりとカララが見る前で、エイジローは
這い登ろうとして、転げて、止まった。
「くそ」
カララは。
我知らず口を開いていた。
「エイジロー。貴様、あの
「みかんだ。本郷みかん」
「ああ。みかんを助けたいのか? 元はといえば、我らの天敵であろうに」
「そうだな」
まだカララの叫びが残っているのだろう。不格好に身体を
「何故だ。みかんとて、こちらへ来て二日も経っておらぬのだろう」
カララと同じだけ。短く、ああ、とだけ答えが返る。
「
「そうだな。会ったのはついこのあいだじゃあるが」
エイジローは、単眼をちらりと振り向かせた。声はくぐもり、割れていた。
全身で無理に声を出しているせいだ、とカララはあたりをつけた。
律儀なことだ。このやりとりなど、無視してしまえばいいものを。
「あいつには恩があるんだ。昔からの、どでかいやつが。……くそ」
偽足触手を伸ばそうとする。うまく形作れないままだ。
「いや、僕が言うことじゃないですがね。無謀ですよあなた」
グラトは肩を竦めた。広間から、再度の轟音。
それきりで静かになる。エイジローは全身から、牛のような呻きを吐いた。
「行くのはいいですが、
「勝てる相手じゃないのは知ってるさ。いまは、時間を稼げりゃいい。どうにかする手の用意はある……んだが」
このザマじゃ、時間稼ぎの壁すらやりきれるかどうか。
偽足形成を確かめるように、エイジローは声をつくった。
時間稼ぎ。壁。カララは、ふと顔を上げる。
「おい。エイジロー」
「何だ。女王陛下。詫びならいらんよ、後にしてくれ」
「
カララはエイジローを抱き上げた。肉塊が手の中で
ぎょろりとした単眼が、カララを睨んだ。
「……カララ、離せ。急いでるんだ」
「まあ待て。必要なのはどの程度だ。半日か? 一日か?」
「馬鹿いうな。あと半刻もあれば、最悪、格好はつくはずだ」
カララは頷いた。得たりだ。なるほど、ならばまだ試す手はある。
この提案ならば、よもやエイジローも否とはいうまい。
「ならよい。聞け。
「……手短に頼む」
「カララさん、いい加減にしてくださいよ。本当に」
グラトはうんざりとした表情で肩を落とした。
「なに。われらが直接あの化物とことを構えるわけではない。安心せよ」
「にしたって、僕にはもう余裕ってもんがないんですよ。わかってくださいよ」
「もし使える話だったら」
満足な発声偽足をやっと形成し、エイジローの声がまともになる。
「無尽宮公社の社長に口利くぜ。色々、便宜を図ってもらえるはずだ」
「いい加減、空手形で埋もれて死にそうなんですがねぇ……」
グラトは嘆息する。
「わかりました。聞くだけ聞きましょう」
「よし。特に差し許す」
カララは我知らず笑っていた。
魅了なく、暴力なく、それで言葉を交わすのは、存外に愉しいものだった。
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