第6話 基地遺構

 冷たい軽金属の通路を、かすかに明滅を繰り返す照明パネルが照らしていた。

 エイジローは単眼を、ひとめぐり蠢かせた。

 頑丈な行李の周囲に触手を結びつけて背負っている姿は、蝸牛か何かに似ている。


「電源は生きてるな」

「発電機、持って帰れるかなあ」


 リコは雑に結い上げた髪の、垂れた一房をいじった。

 膝丈肘丈で乱雑に切った安い草布シャツとズボンという姿は、迷宮には不釣合だ。

 実際、鉤爪や炎や酸やらで、ここまでたどり着く間にもぼろぼろになっている。

 が、服が裂けた下の肌はなめらかで、綺麗なものだ。傷一つない。


「せめてバッテリーだな。適当なサイズだとありがたいが、そうもいかんか」


 警戒は主にエイジローの役目だ。それと荷物運び。

 見る限り、遺構の中に入り込んでいる魔物はほとんどいない。


「山師が帰ってこない、っていうのは、ここのメカとか相手かな」

「見る限り、そんなとんでもない未来技術ってわけでもない、と思うんだが……」


 全般、つくりが普通だ。少なくとも、エイジローにとって見慣れた程度にある。

 せいぜい二十一世紀頭の地球産、といったところだろう。


「ほら見ろよ。英語だ。懐かしの」

「英語だねえ。読めないけど。エイジローは?」

「俺は日本生まれなんだよ」


 単語単語くらいは拾える。どこぞの大国の、宇宙開発局の名前だとか。

 宇宙基地。だとすれば、いい材料だ。電源を持ち帰れる可能性がある。


 とはいえエイジローもリコも、宇宙開発的構造物のイロハなどは知らない。

 そもそも知っていたとして、同じ常識で建てられているとも限らない。

 軽い休憩を兼ねてひとしきり周囲を伺った後、まずは指針を出す。


「大事なものがあるとしたら、真ん中の下の方だと思う」

「それでいこう」


 そういうことになった。


 大雑把だが、山師が盗掘に入るのだから、結局最後は総浚いになる。

 周囲の構造を幾らか探れるのが、エイジローの山師としての強みだ。

 規則的につくられている建物なら、下の真ん中、は推測できる。


 しばらく下ったところで、異常を察知した。

 偽足を上げて、ストップ、といった仕草をする。


「敵だ。気付かれたな」

「魔物? メカ?」

「どっちでもない。こいつは……」


 エイジローの単眼が、悩ましげに歪む。


 横合い、軽金属と樹脂の扉が歪んで、弾け飛ぶ。

 高速で伸びてきた触手が、リコの腕に絡みついた。かれる。


「およ?」

「おい馬鹿!」


 百四十センチ程度人体相応の質量が、かるがると宙を舞った。

 としたままの顔が、残像すら残す勢いで吹っ飛んでいく。


 扉の中に引き込まれ、それとほとんど同時に、爆音が轟いた。


 猫のように身体を丸めたリコが飛び出してくる。


「あーびっくりした」


 絡みつかれていた右腕、全体の皮膚がごっそり抉れていた。

 むき出しになった赤い肉が、見る間に薄皮に覆われて回復する。


「無事か?」

「見ての通り。エロいこともされてない」


 きれいな皮膚の戻った右手を軽く振りながらリコが笑う。


「聞いてない」

「反応が悪いなあ。ところでさ」


 破壊された扉の向こうから、それが這い出してきた。


 ひとがた、だったように見える。

 胴らしい場所は、迷宮山師がよく使う、異法強化が施された標準型防具だ。

 その首と腕と足に相当する開口部から、大量の軟体が溢れ出していた。

 絡み合った、うす赤い偽足。


 触手だ。

 鎧の中に、人体のかわりにぎっしりと、肉の触手が詰め込まれている。


「エイジローの知り合い?」

「そうかもな」


 実際、色合いも質感も、あまりによく似ていた。

 似ているだけといえばそれまでだが。


 リコが素足のかかとでリズムをとる。


「だと、すごいしぶといじゃん。めんどくさいなあ」

「中から潰してみたらどうだ?」

「ん。そうする」


 ほぼ無挙動。

 肉食動物めいた尋常ならざる速度で、リコが前に飛び出した。


 応じて、鎧触手の頭と両腕部が弾ける。

 先端の硬化した触手、肉槍が無数に撃ち出される。

 リコとエイジローを、もろともに制圧する勢いの散弾だ。


 その半分ほど、直撃コースが、途中で明後日の方向に弾けた。

 軽金属の壁に突き刺さり、あるいは甘い角度で激突して、砕ける。

 天井と床の間に、菌糸のように伸びる別の肉色が立ちふさがっていた。

 高靭性で張り巡らされた、エイジローの体の一部。


 こじあけられた空間を、リコが駆け抜ける。懐にとびこむ。

 至近距離、鎧の首穴から右腕を思い切り突き込んだ。


 爆音。


 伸びていた肉槍が、力なく萎えて垂れ落ちた。

 煙を上げる鎧も真下に崩れて、そのまま、まるきり動かなくなる。


「ご苦労さん」


 行李からボロ布を取り出し、投げつける。

 顔に飛び散った緑の体液を拭い、リコは何度もまばたきした。


「これ、先に来た人だよねえ」

「だろうな。『影』に騙られたか。南無阿弥陀仏」


 触手で合掌する。少なくとも、手近に別の同類は気配がない。


 迷宮に流れ着く異界のなかで、特に恐れられるものが『影』である。

 それは死した騙るもののであり、「語るもの」のを奪い顕れる。

 これを恐れる迷宮山師は、自我強化の異法を身につけるのが常だ。

 が、それであってもなお、防ぎきれないものと出くわすことがある。

 その理由は様々だが、ともかく。


 二重自我で発狂した『影』は殺す他にない。

 単純に、そこいらの魔物よりはるかに危険な災厄だからだ。


「さて、あとどれくらいいるやら」

「ま、仕事ははっきりしたしさ。いんじゃない?」


 リコは煙をふく右腕を撫でながら、唇を尖らせた。


「もっとしぶといのが、いないといいんだけど」


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 中央に下るまでの間で、さらに四匹ばかりの『影』を狩った。

 幸い、完全に焼き殺さねばならないような相手はまだいない。


 軽合金の通路を人鳥ペンギンのように歩きつつ、リコが振り返る。


「にしても、ヒメさま直々の話だし、もっとヤバいのいるかと思ったけど」

「いてほしかったのか?」

「うーん。あんまり」


 くるり、と左足を軸に回転した。先程したばかりなので、体液でよく滑る。


「エイジローと似たようなのってだけで、十分ヤバいじゃん?」

「そりゃまあな。そうだが……うん?」


 行李を背負ったエイジローが、あゆみを止めた。


「待て。何か来るぞ。速い」


 腹に来る重い振動、金属など硬質がへし折れる音が連続する。

 近づいてくる。


「うん。こりゃボクにもわかる」


 リコが身構える。音の方向は一直線。何かが壁を撃ち抜いて、直進している。


 三枚。二枚。一枚。


 轟音。


「せぃあッ!」


 花が咲くように壁が吹き飛ぶと同時に、確かに、声がした。

 若い女の声。人の声だ。


 重い金属の足音。軽金属の床材をへし曲げる勢いの踏み込み、体をひねる。

 即座にエイジローとリコに気づき、向き直る。


 黒いボディスーツ。四肢と胸を覆う、鈍い金色のプロテクター。


 エイジローの単眼が見開かれる。


「まだいた、ハイドラ! と……え? 女の子?」

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