冴えてるミュージシャンの描きかた

 食堂に集まると、爽やかな朝を連想させる香ばしい匂いが漂ってきた。

 鯵の開き、目玉焼き、新鮮野菜のサラダ、この辺りは温泉宿の朝食の定番かもしれない。

 そして朝の眠気と日頃の疲れを一度に吹き飛ばしてしまいそうな、モーニングコーヒー。

 いつもとは違う和やかな朝ゴハンの光景に、見ているだけであたしの身体はほかほかと温まってきた。


「「「いただきます!」」」


 英梨々、恵ちゃん、エチカ、そしてあたし、四人の声が、その食卓の前で揃った。

 あたしは早速、鰺の開きを口の中に放り込むと、舌に包まれてとろけるような感触を覚える。うん、美味しい。

 伊勢の合宿の時はお洒落な雰囲気の漂う洋風の宿だったので朝食もやはり洋食だった。けど、温泉宿というと和食が似つかわしいって、改めてそれを感じる。綺麗な和服を着た仲居さんが料理を運んできて、そして――


 ……あれ? そういえば。


「ねぇ恵ちゃん? あたしたちが作ってるゲームのシナリオの中に、和服姿のキャラクターって誰かいなかったっけ?」


 そう。確か、一番最初に読んだプロットの中に『和服』というキーワードを見つけて、あたしは普段めったに描かないから練習しとかなきゃと思ってたんだ。明治時代のハイカラさんを連想させるその装束は、サスペンス風のストーリーにぴったりで鮮明な彩りを与えてくれて――

 でも、恵ちゃんがその後書きあげてきたシナリオの中にはそんな女の子は出てこなくて、ちょっとした違和感と共に、なんだか勿体なさも感じていた。ストーリーの中にその後ろ姿はぴったりだったのに、なぜなくしてしまったのだろう。

 とはいうものの、そもそもそんなハイカラさんな装束を誰が身につけるんだったっけ? あたしはその顔もわからないまま後ろ姿ばかり追いかけてきた気もするけど、その顔を描こうとするとカラフルなその装束を誰とも結びつけることができない。結局ハイカラさんとはなんだったのか、『cutie fake』新作ゲームの七不思議の一つに数えられてもおかしくないレベルだった。


「あ~、それボツにしちゃった。」

「え~? なんで!??!?」


 恵ちゃんのあっさりとした回答に、あたしは驚くしかない。だってそんなコスプレオタクがいかにも喜びそうな設定、使わない手はないと思うんだけど……?


「そのハイカラさん衣装にする予定だったモデルが、明らかに『違う』って思ったからだよ。」

「??? ……そもそも、モデルって誰だったっけ?」


 ところがそれをあたしのすぐ隣で聞いてたエチカと英梨々が、思い出したかのように笑い始めた。


「あ~、確かにあれは『ない』わね。あたしだってモデルがあれでは描きようがないわ。」

「だよね~。たしかにハイカラさんはあたしも好きだけど~……うん、あたし普段から会ってるだけに、あれはないわ~」


 二人とも清々しいほどに全否定だ。

 そんなにハイカラさんが似合わないモデルさんだったっけ?

 それはもちろんあたしのことじゃないし、ここ『cutie fake』ではメインヒロインである英梨々のことでも、そのライバルヒロインである恵ちゃんのことでもない。


 そうすると……

 そういえば確かに、もう一人このシナリオには重要人物がいる。あたし……というより霞さんがモデルの舞羽、その舞羽を裏で操っているかのような、謎そして影の多き女性、工藤久瑠美――


 そう、エチカが『普段から会ってる』という、氷堂美智留さんがモデルだ。


 ――うん。そういえば美智留さんって、普段からずっとタンクトップ姿ばかりだもんね。

 確かにハイカラさんのコスプレ姿とか、なかなか想像しがたい。


「美智留さんか~。あたしは伊勢の合宿で会ったきりだけど、いつもあんな感じなの?」


 そういえばあたしは伊勢へ一緒に行ったくらいで、彼女のことをあまりよく知らないわけなんだけど……。


「え、『あんな感じ』って、どんな感じよ?」


 と、あたしの話の腰を折るように聞いてきたのは、英梨々だった。

 ……まぁ腰を折ると言うよりは、なんだか見事なまでに質問を打ち返されてしまったわけで、あたしの方が戸惑ってしまったのだけど。


「えっと~……いつもさっぱりしていて、男前?」


 んー? あたしはなんとか頭をひねらせて、でてきた答えがこんな具合だった。

 でも、自分でこう表現しといてなんだけど、少し失礼な言い方になっちゃったかな?


「男前ねぇ~……」

「まぁ男前といえば男前なんじゃないかな~」

「あ~クラスの女子からは人気あったし~男前なんじゃないかな~」


 そのフォローとも取りがたい三者三様の返事ではあったけど、ただ誰一人否定はしていないようだ。

 ただし、その表情も三者三様で、英梨々はただひたすらに首を傾げ、恵ちゃんはただひたすらにフラットで、エチカはただひたすらに同情しているようだった。その三人の表情は否定こそしないものの、エチカ以外はやや腑に落ちない様子にも見える。


 ……で、美智留さんって結局……!?

 というかこれをあたしに聞いてきたのは英梨々だったよね? なんだかただあたしが試されただけのような気もして、納得もいかないしすっきりもしない。

 というよりこのもやっとした感じが気持ち悪い。


「美智留さんって…………いい人なんだよね?」


 誘い出されたかのように、あたしはなんとか美知留さんのことを聞き出そうとする。

 あたしの印象としては、悪い人には見えなかったわけだけど……?


「さぁ~? いい人なんじゃない?」

「英梨々がそう言うんなら、悪い人じゃないんじゃないかな~?」

「うん。基本的に悪い人じゃないよね~」


 ……………………。


 これも実に三者三様の反応だ。

 英梨々は我関せず? 恵ちゃんは絶対何か言いたそうだけどそれを口に出すことはせず、唯一エチカが正直に思った通りの回答しているようにも見える。

 ……というより恵ちゃんちょっと怖い。


 美智留さんって、一体何者なんだろう?


「あ〜、そうそう。そういえばミッチーって、アッキーと同じ誕生日だったんだよね〜」


 おっと。ようやくあたし以外から美知留さんに関する有益な情報が出てきた。

 『ミッチー』と『アッキー』って、一瞬だけ誰のことか結びつかなくて戸惑ったけど、この情報は美知留さんをモデルとして描く上で抑えておくべきポイントだよね。

 ……って、あたしは結局何をしているのだろう?


「あれ? でも、美知留さんってタキくんといとこ同士ったんじゃなかったっけ?」

「うん、そうだよ〜。あたしもつい最近アッキーの誕生日を聞いてミッチーと同じ誕生日だってことに気づいたんだけどね〜。でもいとこで誕生日も一緒なんて、すごい偶然だよね〜」


 そんな風に淡々とエチカは答える。

 たしかにその通りだ。いとこで誕生日まで一緒なんて、それが偶然ならすごいとも思う。


 ……が、残りの二人の表情を見てると、それが単なる偶然ではなさそうということくらい、あたしにも容易に想像ができた。


「そうだよね〜。誕生日が同じで、生まれた病院も同じで、引き継ぐ血も同じとか、そりゃ〜倫也くんの幼なじみの頂点に君臨する、まさに原子の幼なじみって感じだよね〜、英梨々?」

「ええそうね。恵の言うとおりね。同じ年のいとこで、誕生日も生まれた病院も引き継ぐ血も同じとか、そりゃもう極めて頑強な恋人フラグよね、恵?」

「……ってちょっと待った!! ここでどさくさ紛れに喧嘩するのやめようね。恵ちゃん、英梨々?」


 なんだかさっきまでもやっとしていた霧が、今の会話で一瞬にして晴れた気がする。

 それにしても恵ちゃん、昨日の英梨々の態度にまだ苛立ってる……のかな?


 ☆ ☆ ☆


「ふ〜ん。タキくんと美知留さんって、そういう関係だったんだね?」


 あたしはソースがたっぷりかかった目玉焼きを口に頬張りながら、美知留さんについていろいろ聞き出していた。その中には、エチカや英梨々、恵ちゃんがそれぞれ知らない話もあったようで、美知留さんについてお互いに情報交換するような形となった。

 まぁこれも今回のゲームづくりに必要なことだったのかもしれないね。


「真由。その誤解を招きそうな表現するのはやめなさい。恵がまたヤキモチを焼くわ。」

「ねぇ英梨々。今の話の流れって、わたしがヤキモチを焼く要素なんてどこにもなかった気もするけど、どうかな〜?」


 なお、恵ちゃんと英梨々の静かなるバトルはまだ続いているようだった。

 昨日から恵ちゃんの書いたシナリオについて、私情を絡みつつ(?)英梨々がツッコミを入れてるわけだけど、それに対して恵ちゃんがやはり私情を絡みつつ(?)的確に返しているような構図になっている。これでゲームの方もいい方向へ向かえばいいのだけど……

 ……本当にいい方向へ向かうんだろうかこのゲーム作り……?


「でも恵ちゃんはなんだか美知留さんのこと、良く思ってないのかなという具合にも見えるけど?」


 うんまぁ〜英梨々については美知留さんをどう思ってるのかおおよそ理解できた。

 ようするに英梨々にとってのタキくんは、誰にも譲ることのできない大切な幼なじみという存在だったはずなのに、それを上回る究極の幼なじみが美知留さんだったようだ。言い方変えるとそれがほとんどで、それ以上のことはほぼ何もないようにも見える。英梨々と美知留さんはそれほど接点がないのかもしれない。

 というのも、美知留さんが『blessing software』に合流したのは一年目の秋って言ってたし、そのすぐ後の冬には英梨々と霞さんは『blessing software』から離れているので、そうであっても不思議ではないかな。


 問題は恵ちゃんの方。『blessing software』で恵ちゃんはメインヒロイン、美知留さんは音楽担当としてずっと一緒にやってるはずなわけだけど――


「良く思ってない……とかじゃなくて、少し苦手なんだ。いい人なんだけどね。」

「苦手?」


 小さくぼそっとこぼすその恵ちゃんの回答は、少し意外に感じた。


「うん。氷堂さんっていつでも器用で、ちょっと勘が鋭いから。それに霞ヶ丘先輩とも……」

「あ〜……」


 どちらかというと、後者の理由の方に重みがありそうだな。

 そういえば伊勢の合宿のときだって……


「恵〜、それはあんたがスキを見せるから、霞ヶ丘詩羽にたらしこまれるんじゃないの?」

「そうなんだけど……そういうところひっくるめて霞ヶ丘先輩と氷堂さんは少しだけ苦手……かな。」

「え、なになに? ミッチーと霞詩子さんって、何か特別な関係でもあるの?」


 ……あ、そういえばエチカは伊勢合宿のことを知らないもんね。


 あの時――今年の『blessing software』の伊勢合宿で、霞さんは主に美知留さんと手を組んで、いろいろと心理戦を仕組んできたんだ。そのメインターゲットはあたし――と、恵ちゃんだった。

 あの時の状況を踏まえるとそのターゲットは、当時スランプだったあたしだけで十分だった気もする。見事なまでにあたしは霞さんと美知留さんの陽動作戦に振り回されて、その結果、恋と仕事に悩める少女、英梨々を描くことができて、スランプから抜け出すことができた。


 が、その時どういうわけだか恵ちゃんもターゲットの一人に選ばれていた。霞さんにどういう意図があったかわかっていないけど、でもその結果――

 ――恵ちゃんは帰りの東京駅で、タキくんにキスをした。


 その結末は、霞さんの意図通りだったのだろうか。

 確か伊織さんはあの時、『メインヒロインを嫉妬させること』が目的と言っていた気がする。そういう意味だと、まんまと恵ちゃんを霞さんの意図通りに動かしたのかもしれない。

 ……いや、それは本当に意図通りだったのか、いろいろと釈然としない部分もあるけれど。


「氷堂さんは器用だし、霞さんはしたたかだし……今度またあの二人に手を組まれたら、わたしはどうなってしまうか、ちょっと自信ないな〜って。」


 ふと、恵ちゃんの一言であたしも思い出したことがあった。


「そういえばあの時、『前回と同じ手口』って言ってたよね? ひょっとして……」


 そのあたしの質問に、恵ちゃんは小さな笑みでそれに回答する。

 するとコップに入ったお水を一口だけ飲んだ後、思い出話をするように、恵ちゃんは語り始めた。


「さっきの英梨々の言うとおりだよ。わたしがしっかりしてないから、氷堂さんが霞ヶ丘先輩とタッグを組んでくるんだよね。だから、わたしにとっての氷堂さんは、最大の敵で、最大の味方――」


 そして小さく照れながら、恵ちゃんの顔はメインヒロインのそれになっていた。


「――氷堂さんがいなかったら、あの時わたしは倫也くんと仲直りできてなかったし、去年の『blessing software』はゲームも完成してなかったかもしれない。そういう意味ではすっごく感謝してる。」


 仲直り? 去年……?


 あ、そういえば……。

 あたしは賢島の海辺で、タキくんが話してくれた思い出話を思い返していた。

 あの時タキくんは確か、タキくんが『恵ちゃんの居場所に戻った』と言っていた気がする。

 でも、今の恵ちゃんの話はそれとは真逆だ。


 恵ちゃんが、タキくんの居場所に戻った……?


「だからね、氷堂さんはすっごくいい人だよ。」


 恵ちゃんは目をぱっちりさせながら、はっきりとそういう風に言うんだ。

 つまり、これが恵ちゃんが最後に出した結論だった。


 恵ちゃんとタキくんの関係――その時、一度は壊れかけていた。

 その障壁を克服して、今の素敵な二人の関係がある。

 それを後押ししたのが、美知留さんであり、当時の『blessing software』だったのかもしれない。


「ま、恵がそう言うんなら、間違えないわね。」

「そ〜そ〜。やっぱりミッチーはいい人なんだよ、きっと。」

「……そっか。」


 あたしは恵ちゃんのお話に、小さく相槌を打った。

 美知留さんのことをいろいろ知ることができたし、『cutie fake』新作ゲームのヒロインの一人、工藤久瑠美――そのモデルである美知留さんの姿を描きやすくなった。

 それと同時に――


 あたしは最後まで残っていたお味噌汁を戴くと、誰にも見られないように小さくぺろっと舌を出した。

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