月給十万円で戦隊グリーンやっています

MrR

とある戦隊グリーンの一日


 どうしてこうなったんだろう。



 田中 悟(たなか さとる)は安っぽいマントと戦隊グリーンのスーツを身に纏ってハアと溜息をついた。

 周囲は大都会さながらの高層ビルに溢れんばかりの見物人達。

 対して相手はこれまた安っぽい衣装の戦闘員に蜘蛛をモチーフにしたらしき昭和の香りが漂う下半身が黒タイツでベルトを巻いただけのデザインで、なんか予算面で涙苦しい努力を感じさせる怪人だった。


(戦わなきゃダメなんだろうな~)


 と、平和を守るヒーローらしからぬ事を考えていた。


 何せ田中 悟は遂先日までニートだった。

 親のスネを囓って生きて行るせいもあって家にも居づらく、だからと言って就職活動する気も起きずにダラダラと就活するフリをしながらブラブラとその辺を散歩していたらどう言う運命の悪戯かこうして戦隊グリーンのスーツを身に纏って平和を守る戦士になった。

 勿論「金」目当てと「正社員」と言う単語に引かれてである。


 だけど就職に成功して束の間、こうして悪の組織と遭遇して戦う羽目になるとは思いもよらなかった。


 正直勘弁して欲しかった。


「どうしてこんな事に……」「誰か変わってくれよ……」


 と独り言をブツブツとヘルメットの中で呟いている時だった。


「そこまでよ!!」


 ここで唐突に第三者が現れる。

 可愛らしい、リボンにフリルたっぷりの動き易さを重視したアイドルのような衣装を来た三人の美少女。

 センターは長いブラウンの髪の毛で大人っぽい魅力を感じさせるお姉さん。目の前にいる悪の女幹部と同じぐらい妖艶な色香を漂わせている。

 二人は長い金髪が特徴でお姫様っぽい印象が漂う少女だった。場慣れしているのか綺麗にピースのポーズまでしていてよりアイドル的なイメージが強く漂わせていた。  

 最後の一人は二人に比べて背丈が低く、お人形さんのような純粋で可愛らしい正統派魔法少女のような女の子だ。


(アレって確か今人気の魔法戦隊ユニットだっけ?)


 確かマジックナイツ

 ちなみに日本全国で魔法戦士、魔法少女戦隊だのはかなりの数がいる。

 それに自分を含めた戦隊系やメタルヒーロー系、人造人間系を含めるともう星の数程と言う表現が当て嵌まる程の規模になる。

 悪の組織もその規模に合わせるかのように膨大だ。


「勇者特急ガイトレイン!! 定刻通りに只今推算!!」


 そうこうしている内に電車モチーフの新たなヒーローが到着する。

 明らかにどっかで聞いた事があるセリフなのだがたぶん気にしたら負けだろう。


「フハハハハハ!! この町は我々デスハザードが征服する」


 そして新たな悪の組織が大群を引き連れてやって来る。


「国防戦隊コクボウジャー!!」


 まるで見計らったかのように新たな戦隊が。

 と言うかネーミングセンスが小学生レベルなのはどうなのだろう?

 それで良いのか防衛省。


「チキュウハワレワレガセイフクスル」


 子供の口ゲンカみたいなタイミングでまたまた新たな悪の組織が登場。

 言葉遣いからして外宇宙由来の組織だろう。たぶん。


「「「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」」」


 そして激突するヒーローVS悪の組織達。

 互いの武器や技が炸裂し、次々と周囲の建造物に被害が発生する。

 倒れゆく敵達。

 傷付くヒーロー。

 巻き添えを食らう一般人……もとい野次馬達。

 そして戦隊グリーンこと田中 悟はと言うと…… 


「……帰ろうか」


 すっかり状況が即席スーパーヒーロー大戦になってしまい、置いてけぼりになった田中 悟は逃げるようにその場を去った。

 この戦いで当然の如く町がメチャクチャになったが大概の場合、復興ビジネスやら聖地化とかやらでスグに元通りになるだろう。

 正義と悪との戦いなんてそんなもんである。



 これは大阪日本橋にあるヒーロー事務所カシオペアに所属するカシオペアグリーンこと田中 悟の物語である。



 大阪日本橋にある通称オタロードの通りに建っているマンションの一部屋を間借りして経営しているヒーロー事務所「カシオペア」(たぶん初代秘密戦隊が元ネタだろう)が田中 悟の職場だ。マンションの外観は小汚いが部屋はとても綺麗だ。もっとも元々がマンションで事務所だと言う事を考えれば手狭としか言いようがない。

 そんな場所で悟は月給十三万で働いている。そこに保険料などを引かれるから実質十万ちょい。どっかの激走戦隊よりも悲惨な給料だ。


「アンタやる気あんの?」


 と、ヒーロー事務所カシオペアの女社長が机に頬杖ついて白い視線を向けながら愚痴を漏らす。

 長いスラッとした金髪にスーツ姿は何処か育ちの良さを感じさせる。体もモデル顔負けのスタイルで胸も大きい。所為、美人女社長と言う例えがシックリ来る。

 どうしてこんな仕事出来そうな人が社長込みで三人しかいない弱小ヒーロー事務所なんて始めたのかは本当に謎である。


「いや……自分――」


「はぁ……ヒーロー専門学校卒業してその後四年間ニート生活の引き籠もりボウヤ……正直こんな待遇で働いてくれるからそこんとこも多めに見てるけどね。最低限のノルマぐらいはこなして欲しいわけよ」


「スンマセン……」(そりゃ普通にアルバイトした方が割に合いますからね)


 言い訳をする前に愚痴られた。

 ちなみに女社長が言ったプロフィールは全て事実である。

 正直悟がどうしてこんなブラック企業同然の待遇で働き続けるのかと言うとソレは給料云々より親を黙らせるために働いているからだ。出なければこんな待遇で働くつもりはなかった。


「まぁ正直こんな待遇(月給約十万円)で働く奇特なヒーローなんてそうそういないってのは分かってるわ。そのスーツだってもう約三十七年前の本来博物館送りの代物だし、専門学校の成績はギリギリの単位で、卒業試験も再審査で合格して、四年間ニートしてる貴方に華々しい活躍なんて期待しないわ。せいぜい残念系ヒーロー路線で頑張りなさい」  


「スンマセン……」(つーか三十七年前ってゴレン●ャーの時代のスーツかよこれ。プレミア価値とかついてそうだな。おい)


 と、ボロクソのように言われる今年で二十四歳残念グリーン。

 罵倒されて悔しがるよりも今着ているスーツを売り飛ばそうかなとか邪な考えが芽生えていた。


「あ、帰って来てたんですかグリーンさん」


「あ、ゴケグモンさん」


 ここでクモ男ことゴケグモンが帰ってくる。

 ヒーロー事務所カシオペアに所属している怪人でクモの中でも十数年ぐらい前に日本の大阪府で話題になったセアカゴケグモがモチーフだ。


 以前は悪の組織に所属していたらしいが壊滅してしまい、色々あって社長に拾われたらしい。


 今はヒーローも悪の組織も群雄割拠の大ヒーロー時代。

 大勢力を誇っていた悪の組織が一年近くで弱体化して潰れるのなんてのは別に珍しい話ではなく、このクモ男の様に野良怪人になってカタギになったりヒーローに転向するのも珍しい話ではない。

 逆にヒーローが就職戦争に負けたり、ブラック企業に就職して社会の闇を垣間見たせいで悪の怪人になったりする人もいる。


 ゴケグモンさんもそんな今の時代に翻弄されてこの会社に辿り着いた人だ。


「ゴケグモン? アンタの方は?」


「いや~怪人に間違えられて逆に殺されそうになりましたよ」


「大丈夫でしたかゴケグモンさん……」


「ええ、幸い雑魚だったのでどうにか逃げて来ましたよ。これでも最強フォームの必殺技を受けて生還した事もありますからね。大体破壊力百トンぐらいの」


(平成ライダー最強技クラスの攻撃受けて生き延びたのかよ!? それだけの強さがありながらどうしてこの事務所に!?)


 どうやら巡業に回っていたところ、ヒーローに悪の組織の怪人と間違えられて殺されそうになったらしい。

 この手の事件は結構多いのでカタギの怪人は注意している。

 それに近年はスクールヒーローと言うジャンルまで流行始め、調子に乗って中二病拗らせた子供がヒーローの武装を身に纏ってギャングや通り魔紛いの事を行い、カタギの怪人を襲撃する奴とかいたりするので近年社会問題にもなっている程だ。(まぁゴケグモンさんなら問題無いだろう)と悟は思った。


「はぁ~二人とも成果無しか……新たに雇うにしてもバイト待遇にしないと……あ~何処かにRX級のチートヒーローは転がってないかしら」


(それ幾ら何でも高望みし過ぎだろ……)


 そんな有能な人材は既に一流企業のコマーシャルヒーローなり大手のヒーロー事務所で働いているだろう。

 こんな弱小事務所の待遇なんかで働いてくれるわけがない。

 そもそも十万円で働いてくれるRXなんて悟は見たくはなかった。



 これは大阪日本橋にあるヒーロー事務所カシオペアに所属するカシオペアグリーンこと田中 悟の物語である。





 パトロールと言う名の巡業が終われば事務所に戻り、報告書など諸々の作業をしてスグ帰宅。

 住宅街に聳え立つ中流階級二階建ての庭付き一軒家が我が家である。

 隣り近所が悪の組織「アッカー」の大幹部のご自宅だったりするが気にしてはダメだろう。


「いや~悟君がヒーローになるなんてね~」


「は、はぁ……」


 そして帰宅を待ち構えるように家に連れ込まれ、戦闘員や怪人、大幹部のドクロ伯爵(その名の通りドクロの頭部に黒いマントを羽織って如何にもな外見をしている)達に祝いの言葉を投げかけられる。

 子供時代からの近所付き合いのせいか時偶支部……もとい家に連れこまたりしていた。


「ニートになって私も君の親御さんも心配してたんだよ?」


「……う」


 そう言われると、気持ちがとても沈んでしまう。

 正直肩身が狭い思いだ。

 どうしてヒーローなのに悪の組織の大幹部に心身となって心配されなきゃならんのだろうか? 

 何かも~色々と間違ってる気がするが気にしたら負けなんだろうと諦めに似た結論に至った。所為、開き治りである。


「ドクロ伯爵。その話題は避けましょうよ」


「そうっすよ。悟君心療内科とかに通院してるんですから」


「あ……そう言えばそうだったね……ごめんなさい悟君……」


「いや、事実ですから……」


 と、黒い全身タイツにAのバックルが入ったベルト、仮面をつけた戦闘員達がフォローをしてくる。

 余計肩身が狭く感じるのは気のせいだろう。

 ちなみにドクロ伯爵はとあるカリスマ主婦な将軍並に近所付き合いが良いため、自宅の周辺に済んでいる住民の事情に詳しい。当然田中 悟の事も耳に入っており、四年間に渡るニート時代には色々と迷惑を掛けた。本当にどうしてこいつら悪の組織なんかやってるのか分からないぐらいいい人達だ。


「それで職場はどう?」


「ま、まあまあかな?」


 怪人が職場の事を尋ねて来たので悟は取り繕うようにそう答えた。

 流石に月給十万円で働いてますとか言えない。そうしたらまた面倒をかけてしまう。

 なのでその事は伏せておいた。



 これは大阪日本橋にあるヒーロー事務所カシオペアに所属するカシオペアグリーンこと田中 悟の物語である。


【END】

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