第61話 小径のパフェ屋さん

 カフェ・ハーバルスターの中庭に、裏手へ抜ける小径こみちがあると知ったのは、ほんのついさっきのことだった。


 その時、私は、本日のランチに舌鼓を打っていた。

 

 バター焼きの白身魚を、刻んだゆで卵とチャイブ入りの生クリームのソースといっしょに包んだクレープ。

 添えられているのは、チコリとクルミと春の浅緑のサヤエンドウに、軽くレモンを絞ったシンプルなサラダ。

 ちょっと気取ってナイフとフォークでクレープをカットしながら味わって、すっかり平らげてから、中庭パティオで収穫した野イチゴを散らしたバニラアイスクリームのデザートへ。


 食事の時間は、至福の時間。

 いつまででも浸っていたいと思っていたその時に、声をかけられたのだった。


「ネズさん、後で、こみちパフェさんに配達をお願いします」

「こみちパフェ、さん? 」


 オリオンさんからかけられた言葉に、私がきょとんとしていると、


「ああ、そうでしたね。ネズさんには、まだ、こみちパフェさんのことをお知らせしてませんでしたね」


「パティオのツタのカーテンが、金色になる時に」

「パティオのツタのカーテンをくぐると、たどりつけるんです」


 オリオンさんの言葉をひきとって、フェザリオンとティアリオンが楽し気に説明しだす。


「クリームたっぷり、さくらんぼたっぷり、こみちのパフェ屋さん」

「ハチミツとろーり、メレンゲふんわり、こみちのパフェ屋さん」


「こみちのパフェ屋さん? ……小径も、パフェ屋さんも見た覚えがないんだけれど……」


 カフェ・ハーバルスターをはじめ建物にぐるりと囲まれている中庭。

 ハーバルスター以外の建物は、びっしりと蔦に覆われていて中庭からはどんな様子なのかわからない。

 その蔦は、魔法なのか改良されているのか、一年中枯れない。

 四季折々、春の若葉から、初夏の新緑へ、そして、夏の濃い緑から紅葉へ。

 紅葉の後に散らずに、晩秋から冬にかけては肉厚の銀灰緑の葉になって冬を越す。


 外に出て、表通りから十字路を曲がって裏手に出て、カフェの周辺をひと周りしたことはあった。

 本と文具の店、古書店、仕立て屋、靴と鞄の店、アンティークアクセサリーの店などが並んでいて、そう多く人が出入りするでもなく、どの店も品よくひっそりとしていた。

 時折注文が入ってデリバリーでそうした店へ行っても、どこも静かな佇まいだった。


 ちょうど中庭をはさんで真裏に当たる建物は、元は学生向けの下宿屋とのことだったが、清掃が行き届いているものの全体に古びていて、学生たちは1ルームマンションへと流れ、今ではレトロ好みのもの好きな住人たちが、ぽつりぽつりと入っているだけだった。


 そうした中庭まわりの建物のどこにも、中庭から小径がつながっているような様子はなかった。




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