第52話 ソルティバターブラウン、ベリーピンク、ピスタチオグリーンのヌガー
「そうだ、あの、ツキヨノさん」
「なんですか」
「これ、オリオンさんから、差し入れです」
私は、オリオンさんから預かってきた柳籠のバスケットをテーブルの上に置いた。
「差し入れ? 」
「はい。ツキヨノさんは、試作を始めると、寝食を忘れてしまうからって」
「オリオンさん、心配してくださってたんですね」
ツキヨノさんは、困ったようなうれしそうな表情だ。
「オリオンさんには、ご心配かけてしまって、申しわけないです。前に収穫祭のイベントの記念スイーツを承った時に、私、倒れてしまったことがあって」
「大丈夫だったんですか、入院されたりしたんですか」
「ええ、三日ほどでしたが。収穫祭のイベントは、この町では盛大に開催するので、あちらこちらから観光客も多くみえるのです。それで、とにかく沢山作って欲しいとの依頼を受けて。その時は一人できりもりしていたので、もう、記憶が亡くなるくらい忙しくて」
ツキヨノさんは少女のような雰囲気のある年齢不詳タイプだ。
見かけは二十代前半に見えるが、実際は三十歳前後だと本人が言っていた。
見た目が若くても年を重ねていけばそれ相応に無理はできなくなってくる。
収穫祭のイベントは、きっと、大賑わいのだったのだろう。
人出も多かっただろうし、ツキヨノさんは、休む間もなく働き通しだったに違いない。
「一人でできると、思っていたんです。二、三日寝ないでがんばれば、って」
「お店をやりながら、作ったんですか」
「最初の二日間は。二日目の閉店間際ににめまいがして、飴菓子を焦がしてしまって。それで、三日目は、お店をお休みにしました。そうしたら、気が抜けてしまったのか、お昼過ぎまで寝てしまって」
ツキヨノさんは小さくため息をついた。
「大慌てで、なんとか試作品は完成させることはできました。試作品をご依頼主に試食してもらって、美味しいと言っていただいて、でも、こんなに凝る必要はないと言われて、結局、いつも扱っているヌガーを、ソルティバターブラウン、ベリーピンク、ピスタチオグリーンの三色にして、いつもは一色か二色なのは三色にして、ちょっとだけイベント感を出すことにしたのです」
カフェオレボウルの試作品に、そのヌガーのシリーズも入っていた。
形はシンプルな真四角で、ヌガーの切り口に、ピーカンナッツやピスタチオ、ドレインチェリーがのぞいている。
色合いもかわいらしくて、イベントの手土産にはちょうどいい感じだ。
でも、ツキヨノさんは、かわいいだけでは物足りなく感じたのだという。
「もしかして、今回も、春のフェスティバルのお菓子作りにかかりっきりで、あまり食べてないんじゃないですか。オリオンさん、本当に心配されてましたよ」
オリオンさんは、カフェと関わりのある人全てにやさしい。
そのやさしは、美味しい食卓と、馥郁たる珈琲の香りで表現される。
そうそう、淹れたてのコーヒーも持ってきていたんだっけ。
私は、バスケットから、コーヒーのマグボトルと、差し入れの入った長方形のペーパーボックスを取り出した。
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