第42話 メレンゲの島 カスタードの海——ルネサンスのマリアージュスイーツ
パティオに出ると、そこは植物の吐息に満ちていた。
通り過ぎる時にふと触れた背高のラベンダーは香りを振り撒き、その香りは、前にここでいただいたスイーツを思い出させた。
「ラベンダーのお菓子って、季節はいつだったかな」
私はかがんで、ラベンダーの香りを吸い込んだ。
青く刺すような甘さ。
天然の香りの力強さ。
この強さは、食べるものには向かないと思っていたけれど、そのスイーツとはマッチしていて美味しかった。
「ラベンダーの盛りは、夏の初めから盛りの頃です」
「ラベンダーの甘いお菓子と言ったらザバイオーネソースのウフ・ア・ラ・ネージュです」
ああ、そうだった。
ラベンダーのザバイオーネソースは、それだけでもここの定番スイーツの一つだった。
カスタードソースの海に、メレンゲの浮島。
ウフ・ア・ラ・ネージュ、と、歌うように告げられたそのスイーツの名を覚えている。
ザバイオーネソースは、イタリア生まれ。
卵黄と砂糖と白ワインで作るゆるやかなカスタードのようなクリーム。
オレンジやベリーにかけてもいいし、イタリアのクリスマス菓子パンのパネトーネにも添えられる。
ウフ・ア・ラ・ネージュは、淡雪卵、すなわち泡から生まれたヴィーナスのような美しい純白のメレンゲ。
そういえば、ウフ・ア・ラ・ネージュはフランス語だから、本来ならバニラを効かせたクリームソースは、アングレーズソースと言わなければならない。
「ここのウフ・ア・ラ・ネージュを、アングレーズソース添えと言わないで、ザバイオーネソース添えと言うのは、どうしてなの。確かメニューには、イタリアとフランスのマリアージュって書いてあって、その下にザバイオーネソース添えと記してあったと思うんだけど」
フェザリオンとティアリオンにきいてみた。
二人は顔を見合わせて「それはですね」と声を揃えると、それぞれ右回り、左回り三回転してから、ぴたっ、と止まった。
なんと二人はアフリカンファッションからルネサンス風ひらひらファッションに変わっていた。
「ルネサンスの頃に、イタリアのお姫さまは、スイーツと一緒にフランスにお輿入れしました」
「イタリアのお姫さまがお輿入れしたので、フランスにスイーツ文化が興ったのです」
世界史の授業に書いてあったイタリアルネサンスの芸術家たちのパトロンだったメディチ家のことなどを思い出しつつ、なるほど、と私はうなづいた。
これは、オリオンさんの洒落なのかもしれない。
「ラベンダーを白ワインに漬けると、風味のいいハーブワインになります」
「ラベンダーは白ワインと相性がいいので、ザバイオーネソースに散らします」
二人はそう言い終えると、それぞれに逆回りをして、アフリカンファッションにもどった。
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