第41話 深紅のハーブティーと紅玉色アイスキャンディー

 スエナガさん言うところのSUSHIタルトについてひと通り書き終えた頃、今度は、刺激的な香辛料の香りが漂ってきた。

 なんとなく、香辛料をブレンドして作るカレー粉のようでもある。

 にしては、スパイシーさの加減が違うようにも思う。


 ここに来るようになってから、知らず知らずに、五感、時には六感まで使って味わうくせがついていた。

 ただ自分の味覚が感じる美味しいものだけというのではなく、ただ自分の好きなものだけというのではなく、味わう日々。

 そうして自然と身についたものだからなのか、この味わい方は、自分の中の野生とうまくリンクしてくれた。


 和風の薬味の香りと一緒にすると、お互いの良さを消してしまいそうだ。

 ということは、これは、セイボリータルトではないのだろうか。

 では、何なのだろう?

 私は、辺りを見まわした。


「お待たせしました。初お目見えの一皿です」

「こちらは、パティオでいただきます」


 フェザリオンとティアリオンの声がした。

 歯車の音は、二人が押している、木でできたワゴンだった。

 ワゴンの取っ手の両端には、キリン、シマウマ、ライオン、ゾウなどのサバンナの動物たちが彫られている。


「サバンナを駆ける精悍な姿」

「サハラを生き抜く柔軟な姿」


 いつの間に着替えたのか二人は色鮮やかなアフリカの衣装、確かカンガと呼ばれる大きな布を纏っていた。

 ヘッドスカーフをそれぞれ器用に結んでいる。

 フェザリオンは、頭の上の方にぴたっとトーク帽のように巻きつけて、端を垂らして風になびかせている。

 ティアリオンは、おでこの上の方に結び目を持ってきて大きなリボン結びにしていて、それは華やかに羽ばたく蝶々のようだった。


「灼熱の真昼には、冷たい飲みものを」

「ルビーを太陽で溶かした赤い飲みものを」


 ワゴンの上に、麻で編んだフードカバーがかぶせてある皿といっしょにのせられた水差しには、真っ赤な飲みものが入ったいた。

 フェザリオンが注いでくれて、ティアリオンが手渡してくれた。

 ぽってりとした吹きガラスの透明なグラスに、ルビー色の飲みものがなみなみと。

 ペパーミントの若葉がちょこんと浮いている。

 色は見たことがある、香りはペパーミントが勝っている。

 ミントの涼風を吸い込みながら、ひと口。

 濃い酸味が口に広がる。


「これって、ハイビスカスティー、ハーブティーの」


 ローズヒップとよくブレンドされる赤くてすっぱくて元気になれるハーブティー。

 

「ハイビスカスティーって、アフリカ料理と関係あるの? 」


 のどを潤しながらつぶやくと、


「西アフリカではビサップと言われていてポピュラーな飲みものなの。ビタミンCやクエン酸が含まれているから、酷暑の地には欠かせないの」


 と、ネコヤヤさんが、すっと一枚の写真を差し出した。

 そこには、濃い紅玉色のアイスキャンディーが写っていた。


「夏の月の夜フェスティバルに、カフェでワゴンに参加したことがあるの」


 フェスティバル?

 意外。

 カフェ ハーバルスターは、閉じた世界だとばかり思っていた。

 内輪で静かに、時に人が増えたり減ったりしながら、でも、カフェ自体がどこかへ出かけていくというイメージはなかった。

 

「ワゴンを出したのは、砂糖菓子の店。ソフトドリンクとしてビサップを作ったの。氷も。深紅の氷があんまり蠱惑的で、一つ、つまんでしまったの。甘くしてなかったけれど、赤いすっぱさが美味しくて。糖蜜を含ませてアイスキャンディにしたの」


 ネコヤヤさんは説明し終えると、写真をたいせつそうに手帳にはさんでしまった。


「ネズさん、ワゴンはこのままパティオに出します」

「ノートに書くのでしたら、ご一緒にどうぞ」


 フェザリオンとティアリオンに促されて、私はスエナガさんのいる中庭へ出ることにした。


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