クリスマスにタルトの舟で漕ぎだして

第29話 クリスマスメニュー係とフィッシュケーキマフィンパンサンド

 カフェ・ハーバルスターは、クリスマスランチとキャンドルの集いのメニュー作りの真っ最中。

 ここでバイトをするようになって、初めてのクリスマス。

 いつもの仕事はホール係兼試食係だけれど、今回は一品任せてもらえることになった。

 と言っても、作るのは、オリオンさんで、私はメニューを考える係。

 つまり、期間限定のクリスマスメニュー係だ。


 いつもなら、食材を見ながらあれこれと気軽におしゃべりできるのだけれど、

いざ、お客様に出すものを考えるとなると、腰がひけてしまう。

 悩み過ぎてカロリーを使い過ぎて、私のおなかは、いつになく大きく鳴った。


「休憩にしましょう」


 オリオンさんの声かけは、絶妙だ。


「すみません、試食のようにはいかなくて」

「いえ、こちらこそ、無理にお願いしてしまって」

「私では役不足かもしれません」

「申しわけありません」


 オリオンさんの心配そうな顔に、私は、どうしようかなと考えをめぐらせた。


 フェザリオンとティアリオンは、クリスマス・イブに帰ってくる予定らしい。

 ふたご座の流星群の夜、星間郵便でクリスマスカードが届いたんですよ、とオリオンさんが言っていた。

 二人も、時々、メニュー作りを手伝っていたそうだ。

 その二人がいない今、臨時雇いでホール係をしている私が、二人の分まで仕事をしなければならない。


「何か食べたら、思いつくかもしれません」


 口をついて出たのは、思わぬ本音だった。

 よりによって、腹ぺこで頭が働かないと白状してしまったのだ。


「はい、では、こちらを召し上がってみてください」


 目の前に置かれたのは、クリーム地に筆書きの魚が踊り、海藻がゆらゆらと連なっている明るい色彩のオーバル型のお皿に盛られた一品だった。

 盛られているのは、お皿と同じ楕円型のハンバーグで、パンにはさむのよに良さそうだ。

 表面にこんがりと焼き色がついていて、香ばしい湯気にはディルの香りが混ざっている。


「これはハンバーグではないみたいだけど、匂いが違うし、 フィッシュバーグ? 」

「サーモンとポテトのフィッシュケーキです」

「ケーキ? 甘くないし、小判焼きみたいな形だし、和菓子かなとも思った」


 私は、添えられたマフィンパンに、フィッシュケーキをはさんだ。

 マフィンパンにはマスタードバターが塗ってある。

 粗みじん切りのトマト入りのトマトソースをマフィンパンの隙間からフィッシュケーキに乗せた。

 それから、マフィンパンサンドをペーパーで包んで両手で持って、ひと口かじった。

 マフィンパンはふわっとやわらかくて、表面だけかりっと焦げ色がついている。そのマフィンパンのやわらかさに包まれて、ディルがアクセントになっているサーモンとポテトのサラダをハンバーグにしたようなフィッシュケーキが、じわっとトマトソースを吸い込んで味わいを増していく。


 やさしい味わい。

 クリスマス・イブのランチには、こんな風な、温かく包んでくれるようなやさしいお料理がいいかもしれない。


 マフィンパンサンドを一個平らげると、次は、カットグラスのミニボウルのサラダ。ラディッシュと洋ナシとブルーチーズがダイス型にカットされていて、クルミを散らした上に、くせのないハチミツがかけてあった。

 洋ナシとブルーチーズはワインのおつまみなどで出されるが、そこにラデッシュが加わると、しゃきしゃきっとした歯ごたえと、さわやかさが増す。

 酸味はないので、マフィンパンサンドのやわらかな味わいが損なわれない。

 ブルーチーズのくせも、ハチミツで緩和されて気にならない。

 

 二個目のマフィンサンドを平らげて、私は、ようやく気力を取り戻して、クリスマス・メニューに取りかかった。

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