第28話 another dish 6 キャンディヌガーアイスクリームとエストラゴンのグラニテ

 その日は勧められるままカフェに居座ってしまった。

 フェザリオンとティアリオンのお相手が済んでからは、カフェの書棚から、旅の記録の写真集と、世界の星の伝説集を借りて読んだ。


 不思議なのだけれど、星や月や宇宙など天体に関する本を読んでいると、昔から私はアイスクリームが食べたくなる。

 宇宙は、人間なんか生身では存在できなくて、暗黒凍土に押しつぶされそうな空間で、永遠に孤独で……、そんなことを考えるだけで、のどがからからになってくる。

 だからこそ、気温調節された宇宙船の船内でアイスクリームを食べたら、こたつでみかんどころの話ではないほど美味しいんだろうな、と、思い浮かんでくるのだ。

 非現実的なのは百も承知。

 ただ、想像するのは自由だ。

 頭の中のことまで、周りを気にして縛って、型にはめてしまう、一つ年をとるごとに、そんな風になっていたのだと気がついたのは、わりと最近だ。


 私は本を閉じると腕時計を見た。

 時計の針は、午後6時を回っていた。

 いつの間にか、何時間も経っていたのだ。


「わ、すみません、すっかり長居をしてしまって。ごちそうさまでした。そろそろ帰ります」


 ひと息にそう言い終えると、私は立ち上がろうとした。

 すると、オリオンさんが、


「今少し、お待ちいただけますか。もう一品、御試食をお願いしたいのですが」


 ここの試食なら大歓迎だ。

 読書で頭を使って、小腹も空いてきている。


「あ、はい、まだ時間大丈夫です」


 私は、旅の写真集をもう一度開いた。

 何処までも広がる草原の大きな木の下での食事風景の写真が、もう一度見たくて、ページを繰った。

 ちょうど真ん中の見開きいっぱいの写真。

 草原に敷かれたブランケットの上には、ランチボックス。

 コーヒー沸かしのミニコンロは、静かに湯気をあげている。

 空の下での食事、気持ちよさそうだな。


 そんなことを思っていたら、


「お待たせしました。デザートの試食になります。いただいたオレンジキャンディとピスタチオヌガーを溶かして入れたアイスクリームです。それと、エストラゴンのグラニテです」

 

 と、オリオンさんが、試食デザートをテーブルに置いた。


「アイスクリーム! 食べたかったんです。どうしてわかったんですか」


 オリオンさんは、にこにこしながら、「それはよかったです」とうなづいた。

 私は、キャンディとヌガーのとろりとした甘さと、エストラゴンの小粋な風味を、ゆっくりと味わった。

 オリオンさんにかかれば、キャンディがとろけるスイーツにも変わるのだ。



 集いの日は、ようやく明日。

 こうして、ゆったりと、ここで過ごす心地よさもひと区切り。


 平らげた後の空っぽのお皿に、なんとなく感じていた淋しさも消えていく。

 早く明日がくるといいな、と、私は思った。




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