第46話 僕と裸体と校庭で

 ――決戦当日。

 舞台となる西富士高校は都心だが人通り離れた川沿いの場所にある。

 さらに、夏休みに部活動を行う学生のため学校はいつもオープンな状態。

 つまり誰でも学校内の敷地に入れるガバガバな安全管理。

 だが、僕たちにとっては都合がいい。


 すでに退魔十二楽坊たいまじゅうにがくぼうのメンバーは全員校内の敷地に入り込んでいた。

 皆、利用できる用具で罠を張ったり作戦のリハーサルに余念がない。

 それぞれのメンバーはいつもの出で立ちにお気に入りの武器を持参している。

 僕の出で立ちは山伏姿。いつぞやコスプレショップのキャンペーンで手に入れたものだ。腰には井上エクスカリバーを差している。


 現在時刻は22時30分。

 予定通りなら、あと30分で決戦が始まる。


 僕はグラウンドの一角に置いてあるベンチに座った。

 ここからなら全ての戦いが見渡せるだろう。

 そして近くにいた”三美神さんびしん”を呼んだ。

「とにかく君たちの動きで決まるんだ。タイミングがシビアだから。早すぎても遅すぎてもダメ。一応念押ししておく」

「アラ、心配してくれてるの、ブンゴちゃん。嬉しいわあ。バッチリまかせて。ブンゴちゃんのタイミングに合わせるわ。なんてったってあなたの鼻水の味だって知ってるのよ。私達は戦えないけど、せめてこれくらいはバシッと決めてみせるわ。だから安心してちょうだい」

 さすが”口車のペラ”の二つ名を持つだけあって、よく口が回る。

 だが今回の決戦の鍵は彼女たちが握っている。

 これだけ念押しをすれば大丈夫だろう。


 今度は全員に気合を入れなければ。

「退魔十二楽坊、全員集合!」

 僕は最初で最後の号令をかけた。こんな恥ずかしい名前、二度と口にしたくない。

 集まったメンバーを見渡し静かに告げる。

「皆、よく僕の個人的な喧嘩に付き合ってくれた。でも僕が頼んだわけじゃないし、それぞれの事情で勝手に参加したのだから特に感謝はしない。それに実はまだ新火付盗賊改方しんひつけとうぞくあらためかたから反応がない。もしこのまま敵が現れなければ、せっかくだからオールでカラオケかボーリングでも――」

「ウヒャヒャヒャ、そんな心配すんなよ。奴ら来やがったぜ」

 僕の言葉はランスロットによって遮られた。



 校門からゾロゾロと入ってくる異形の者たち。

 忍者装束の奴は刺股さすまたを手に。

 ヘルメットにサングラスにマスクの活動家風はゲバ棒を手に。

 迷彩服の奴らはエアガンを手に。

 特攻服にリーゼントは有刺鉄線をバットに巻いている。

 モヒカンに革ジャン男は斧を手に。

 ホッケーマスクの大男はチェーンソーを手に。

 彼らは実生活では虐げられているからこそ新火盗の動きに賛同した者たち。

 格好だけでも威嚇しようという姿勢がいじましい。

 総数はおよそ60名。

「ヒャッハー! 見ろよ、あの妙ちくりんな格好を。あれだけの人数で俺たちを相手にしようなんてナメられたもんだぜ」

 マッドマックス2から抜け出してきたようなザコの一人がはしゃいでいるが、お前にだけは言われたくない。


 彼ら全員がグラウンドに入ってからやってきた二人の男。

 一人は白っぽい着流しに雪駄。とても大きな刀、斬馬刀ざんばとうを持っているニヒルな男。

 すなわち”首斬り朝”こと山田浅右衛門やまだあさえもん


 もう一人は袖無羽織に袴をつけ、黒い陣笠をかぶった四十がらみで小太りの男。

 すなわち大将の”本所ほんじょてつ”である。


「大罪人、引田文悟ひきたぶんごよ。今からお前の罪状を読み上げるので、反省したらおとなしく首を差し出せい」

「たわけたことを抜かすな。いい歳をして鬼平ごっことは。やれやれ」

 本所の銕の言葉に僕は応じた。

「一つ、私の井上いのうえエクスカリバー真改しんかいを身分不相応に所持している罪。一つ、人前で無闇矢鱈に全裸に――」

『ブオォオーッ、ブオォオーッ』

 僕は奴の言葉を無視して法螺貝を思いっきり吹いた。

 こんな茶番にいつまでも付き合っていられない

 合戦の始まりを告げるのはやはり法螺貝が相応しい。


 ――三段構えの戦法、その一段目。

 先ずは戦闘力の高い者を全員投入。カードの出し惜しみはしない。ザコはさっさとご退場してもらう。


「痛ッ!」

 ザコの手首をムチが強打し、エアガンが手から離れる。

 制服を脱ぎボンデージ衣装になった”ムチ使いのムッチー”こと遠藤睦美えんどうむつみ

 サメの歯を縫い込んだ特別製のムチを両手で振り回す秘技・ムチあらしの威力は凄まじかった。

 これで敵の飛び道具はほぼ無力化した。


「熱ッ!」

「ヒヒヒヒ、燃えろ燃えろ」

 ”火付けのレッド”が火炎放射器をザコに向けて火炎を絶賛放射中。


 ”湖の騎士・ランスロット”が”魔槍まそう蜻蛉とんぼグングニル”を縦横無尽に振り回しザコをなぎ倒している。

 ”マングースの万次まんじ”は鉄製の入れ歯で噛み付いている。

 ”フランケン”は『フンガアァーッ』と雄叫びをあげながら、その巨体でザコをちぎっては投げちぎっては投げしている。

 ”人間発電所”ことブルーノ・サンマルチノが触れるザコに片っ端から電撃をお見舞いしている。


 予想よりも早く、ものの30秒ほどでザコは全滅してしまった。

 なんと凄まじい殺傷能力。

 僕はこんなのと戦ってきたんだなあ、と一人思う。

 しかし思いにふける暇はない。


 ――三段構えの二段目。

 狙いは”首斬り朝”こと山田浅右衛門を罠にはめること。


あさッ、行けい」

 銕が山田に命じた。

 静かに山田が近づいてきた。


 これに対するは武器を使う三人プラス無手勝流の一人。

「ボクのムチ嵐で死ね」

 ムッチーがムチ嵐で襲うが自慢のムチはあっさりと斬馬刀に切断されてしまった。

「さっきの攻撃を見ていてすべて見切った」

 山田がムッチーに斬りかかる。


 その時、ランスロットが間に入った。

「ウヒャヒャヒャ、俺様を忘れんなよ」

 得意の三段突きを放つが斬馬刀によって魔槍・蜻蛉グングニルは粉微塵に。

「さっきの攻撃を見ていてすべて見切った」

 山田がランスロットに斬りかかる。


 その時、”火付けのレッド”が間に入った。

「ヒヒヒヒ、お前は火だるまになれ」

 しかし、斬馬刀によって銃部が切り落とされてしまった。

「さっきの攻撃を見ていてすべて見切った」

 山田がレッドに斬りかかる。


 その時、風間響太郎かざまきょうたろうが間に入った。

「フン、どうやら”無拍子むびょうしの動き”と”縮地法しゅくちほう”は身に付けているようだな。ならば、これを喰らえ。出でよ、シャイターン!」

 山田が身構えるが、何も起こらない。

 そのスキに風間は背を向けて逃げ出した。

 追う山田。その距離は縮まっていく。

「ヒエェ~ッ」

 悲鳴を上げて逃げる風間はなんて情けない。

 しかし山田は風間の怖さを知らない。

 だから侮っていた。慢心していた。

 見えるべきものが目に入っていなかった。


「お助けえ~ッ」

 叫びながら逃げる風間は上手く山田を誘導してきた。

 そう、罠の仕掛けられた地点に。

「よいしょーッ!」

 ブルーノとフランケンがそれぞれ両端から左右に綱引き用のロープを引っ張る。

 地面に埋めてあったロープが突然足元に現れて山田はスッテンコロリ。斬馬刀も手から離れた。

「今よッ、そうれッ」

 そこへ待ち構えていた三美神が障害物競走用のあみを山田にかぶせた。

 ナイスタイミング!

 もがけばもがくほどあみが山田に絡まる。

 とどめにブルーノが電撃を流し山田は沈黙した。


 ――三段構えの三段目。

 大将同士の一騎打ち。

 敵は”本所の銕”一人を残すのみ。

 もはやこちらの勝ちは揺るがないが、これに負けたらすべてが台無し。

 この戦いにはそれほどの意味がある。


 お互いがグラウンドの中央に進んだ。

「その聖剣は私の物だ。ブンゴよ」

 銕が静かに言った。 

 そしてなぜ彼が井上エクスカリバーに執着するのかが視えた。

 彼は取り憑かれていた。

 この剣の初代の持ち主。

 サムライの格好をして頭には髷がある霊。

 退魔に失敗して死んだという退魔師”鬼平”の霊に間違いない。


「その未練、叩っ切って成仏させてやろう」

 僕はそう告げて井上エクスカリバーを八相に構えた。

「それはならぬ。汝は我の後継者であるがゆえに」

 しわがれた声で銕が言った。

 そして僕は視た。

 彼が邪神の姿になっていくのを。

 爬虫類の顔。背中からは12枚の翼。邪神の眼が赤く光っている。


 なんてこった!

 奴は無自覚だったが邪神にも取り憑かれていた。

 だからこそ世直しと称してあんな無茶なことを……。


 井上エクスカリバーに執着するのはこの剣の最初の持ち主の”鬼平”に取り憑かれていたから。

 巨悪に天誅を加え、世直しに熱心だったのは邪神に取り憑かれていたから。

 メチャクチャな行いの動機はわかった。

 ならばやることは一つ。


「エイッ!」

 気合を入れ井上エクスカリバーで斬りかかる。

 しかし奴の十手じってで軽くいなされてしまった。

 何回かこのやり取りの繰り返しをした。

 全員がこの戦いの行末を見守っている。

 しかし、このままでは埒が明かない。

 だから奴の弱点を突くことにした。

 動画を何度も見てわかったんだ。

 ターゲットを裸にひん剥いた後に汚いものを見るかのように目を背ける癖がある。

 そこでスキを作り出す。


 だから脱いだ。少しずつ、しかし素早く。

 僕は見事に素っ裸だ。

 だが奴は少しだけ顔をしかめただけだった。

 気合を入れ直し、再び井上エクスカリバーで斬りかかる。

 しかし僕の攻撃はいなされ続けた。


 実はここまでの展開は予想済みだった。

 僕が脱いだだけでは不足。

 だから、

「おまたせ~、ブンゴちゃん」

 という口車のペラの声が聞こえた時は天使の声に聞こえた。

 ナイスタイミング!

 三美神が。口車のペラが。恨み節のマーサが。電波のキティが。

 身に付けた服を一枚一枚脱いでいった。

 その手の運び。その足の運び。その腰の動き。その法悦の表情。

 生まれたままの輝ける裸体。

 思わず見蕩れてしまうほどに妖しくて魅惑的。

 その動きと在り方は正しく呪術だった。


「オエッ! 汚いものを見せるな」

 予想通り、銕は目を背けた。

 それは敵を目の前にしてありえない行動。

 結局は裸に対する嫌悪感が銕の命運を分けた。

「スキあり」

 僕は井上エクスカリバーをスタンガンモードにして銕の首筋に当てた。

 膝から崩れ落ちた銕。


「いいか、裸というものは辱めるための罰じゃない。目を背けるような汚いものじゃない。お前には自ら進んで裸になる者の覚悟と矜持がわからないだろう。僕は身を持ってわかるぞ。僕はすべての裸を愛する。裸を憎んだお前は裸に嫌われ、裸を愛した僕は裸に救われたんだ」

 銕はすでに気を失っていたが構わずに言った。


「私たちの裸ってそんなに汚かったかしら?」

 素っ裸のペラが聞いた。

「もちろん初めは汚い裸を銕に見せてスキを作り出す考えだったし、狙い通り上手く行った。だけど嬉しい誤算だったのは三美神のストリップはとてもキレイで美しかった。これは本心だ」

 素っ裸の僕が答えた。


 見つめ合うペラと僕。


「いつまで見つめ合ってんの! 早く逃げないと」

 ”軍師アッキー”こと黒田明子くろだあきこの声で我に返った。


 その後、しば先生に電話をかけた。

「今、何時だと思っているんだ? 時間を考えろ! バカモン!」

「いや邪神案件です。”本所の銕”は邪神に取り憑かれていました。それで西富士高校のグラウンドに60人ばかり転がっています。校舎もちょっと焦げ目が付いてしまいました。だから夜が明ける前に至急、じゃを寄越して隠蔽工作を願います」

 用件だけ伝えると電話を切った。


 ああ、それにしてもなんていい気分。

 今夜は最高!


 さて、僕としては全裸のまま家に帰ってもいいのだが、メンバー全員から反対されたのでいそいそと山伏の姿に戻った。

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