棄てられた寺院-前編
ここではないどこか、遠い宇宙の彼方にある惑星なのかもしれない。全く異なる次元にあるのかもしれない、もしかすると空に浮かぶ雲の中にあるかもしれないし、地面の奥底にあるのかもしれない。あるいは誰かの心の中、夢の中にあるのかもしれない。
どこにあるのかは誰も知らない、分からない。けれど確かにある世界、その名をイリシアという。
そこは旧い神々が未だに息づき、奇怪な怪物が闇夜に潜み、邪悪な魔術師が跋扈する世界である。このイリシアには<混迷の都>とも呼ばれるパンネイル=フスという都がある。王侯貴族だけでなく、どこの馬の骨ともしれないごろつきたちも数多く暮らすこの都市は、常に増築と改築が繰り返されて誰も正確な地図を造れないでいた。
このパンネイル=フスにある<灰色石の門>を抜けて中央通りを、王侯貴族の住む山の手へ向かって五ブロックほど歩くと<酔いどれ通り>と名づけられた路地へと入ることが出来る。<酔いどれ通り>はその名前から容易に想像ことではあるが、安酒を提供する居酒屋が立ち並び昼夜の区別無く、千鳥足の酔漢達が歩き、道の端には彼らの吐瀉物で汚れていた。
そんな<酔いどれ通り>の中にある居酒屋の一つに<銀夢亭>という居酒屋があった。この路地が<酔いどれ通り>と名づけられる以前からあり、パンネイル=フスの中でも古くからある店の一つである。この<銀夢亭>の中を覗いてみれば、まだ日も落ちきっていないというのに、質の悪い酒を浴びるように飲んだせいで酔っ払った荒くれモノたちで一杯だった。彼らのうち、あるものはひたすらに酒を煽っているし、談話に興じるもの看板娘に色目を使うもの、サイコロを使った賭けに興じるうちに興奮しケンカするもの。
誰も彼もが活力に満ち溢れ、大声を上げていた。しかし、店の片隅に一人だけそうではないものがいる。その男は四人掛けのテーブルを贅沢に一人で使い、室内だというのに森の色をしたマントを羽織っている。その耳は人間にしては細く長く尖り、彼がエルフと称される種族の一人だということを周囲に知らしめていた。
テーブルの上に葡萄酒に満ちた杯を置きながらもそれに口をつけず、唇を尖らせながらナイフを操り木片を人形へと加工しているエルフの青年は名をブレトといった。元々はパンネイル=フスよりさらに北方、睡蓮の浮かぶ湖が中心にある<クレアイリスの森>にある里に住んでいたのだが、とある事情でエルフ里を追い出されてしまい、今は<混迷の都>でこうしてごろつき共に混じり木を加工した人形を作り日銭を稼ぐ日々を送っていた。
目を細めながら木片の輪郭を人と同じものにした所でナイフを動かす手を止めて一息吐いた。集中していたこともあるし、店の中は酔漢達の熱気でいっぱいになっていたこともあり額にはじっとりとした汗が浮かんでいる。それを手の甲で拭ったとき、ブレトの霊感に囁くものがあった。もしやと、大きな鈴が付けられ油で汚れた店の扉へを眼を向けた瞬間のことである。
勢い良く扉が開け放たれ、鈴がけたたましい音を鳴らす。あまりにもその音が大きかったものだから、ざわめきはぴたりと止まり、酒に浸っていた客たちは一斉にそこへと視線を向けた。中には腰に佩いた剣に手を伸ばす者もいたぐらいだったが、やってきた男の姿を見ると誰もが安堵のように息を吐く。そして喧騒が戻ってきた。
扉を開けて入ってきたのは身長二メートル近い大男であり、服の上からでも鍛えられた逞しい筋肉が隆起しているのが良く分かる。彼は騒々しい店内を根目回しブレトの姿を見つけると、腰の剣が鞘から落ちてしまわないように柄頭を抑え、床板を軋ませ肩で風を切りながら真っ直ぐにそこへと向かった。
「おうブレトよ、お前はまたこんなところで小細工などをしているのか。エルフとはいえ貴様も男だろう、ならお前もあやつらがそうしているように肉を噛み千切り酒を浴びて女を侍らせてみてはどうだ」
「なら手本を見せて欲しいですね」
肩を落とし呆れながらブレトは大男へと向かって自分の杯を差し出した。するとこの大男、待ってましたと言わんばかりに目を爛々と輝かせ風を切りながら杯を引っ手繰ったかと思えばもう中身を空にしてしまっている。一滴残らず飲み干したらさらに酒が欲しくなってきたのか、舌なめずりをしながら店員を呼びつけ樽ごと持って来るようにと叫んでいた。
「葡萄酒とはまた女々しいものを飲んでいたのだな、そんなだからエルフ一族はひょろっちいのだ。もっときつい酒を飲め、そして脂一杯の肉だ、それらが筋肉に逞しさを与え男をより男らしくするのだ」
「あなたという人は会うたびにそればっかりだ。カブリさんの言う男らしさ、それを否定する気は私には無いですよ。けれどもですね、あなたのような生き方というのは堅実じゃありません。私が木で人形を作るのはですね、手先に自信があるからなのです。自分の持つ技術を活かして、さらに安定した収入を得ようとするのならばこれが一番なのですよ。どうもエルフの木人形というやつは好評らしく、商人のところに持っていけばそれなりに売れるのです」
「こんなものが売れるというのか、どれ見せてみろ」
カブリと呼ばれた大男の手は身体がそうであるように太く大きい、その巨大な手が恐る恐るテーブルの上から作りかけの人形を拾い上げる。作りかけとはいえブレトの商売品である事は乱暴者ではあるがカブリも理解しており、不注意で壊してしまわないよう気を使うあまりに小刻みに震えていた。
「人の形をした木など呪いの道具にしか思えん。ブレトよお前は頭がよく回るもんだから、この人型を良くない魔法使い共に売りつけているのではないだろうな。もしそうだとすると俺はお前をただでは置かんぞ」
語気を荒くしながらも人形をテーブルの上に置く手つきは繊細そのものである。ただ片方の手はといえば、鞘から自慢の剣を抜き放とうと柄をしっかりと握っていた。しかしそこに店の看板娘が小樽一杯の蒸留酒を持ってくれば、今しがたの発言を忘れてしまったらしい。
涎を垂らしながら両手で樽を掴むとそのまま口をつけ、喉を鳴らしながら胃の中へと酒を流し込み始めた。ある程度満足する頃には、小樽の中から四分の一ほどの酒が消えてしまっておりカブリの吐く息もすっかり酒臭いものへと変わっていた。この大男、酒に対する耐性が生まれつき強く頬には僅かな赤みすらもさしていない。それでも酒の作用は確かに効果を及ぼしており、カブリの頬の筋肉は緩んでいた。
「そこは安心してくれていいですよ、私だって丹精込めて作った人形が呪いに使われるのは真っ平ごめんです。人形を売りつけるのは、玩具を売る商人だけを決めているんですから」
「ということはこの都のガキ共は木の人形なんてものを与えられて喜んでいるのか、信じられんことだ! ブレトの人形を馬鹿にする気はまったく無い、全く無いがガキの時分から人形なんてもので遊んでいてはろくなことにならんぞ。男だろうと女だろうと、子供がまず手にするものは刃物でなくてはいかん。男ならば剣、女ならば包丁を持たねばろくな大人に成長する事はない! うむ、断言してやろう。そうしなくては俺の生まれた<峻険なるダンロン山>で暮らすことなどできん」
勝手に憤っているカブリを前にしていながら、ブレトは彼の話を全くと言っていいほど聞かずに右から左へと聞き流していた。ブレトの興味はカブリの生まれ故郷などではなく、目の前にある作りかけの人形へと向けられている。そんなブレトの様子に気づかず、カブリは自身の生まれた<峻険なるダンロン山>の素晴らしさ恐ろしさを荒々しい口調で語っていた。
内容など一つも聞いていないが、ブレトは適当な相槌を打ちながらナイフを手に取り人形を彫り続け木屑は遠慮なしに油でべたつく床板の上へと落としていく。そうしてカブリの話が一段落付いたらしいところで顔を上げると、カブリはまた喉を鳴らしながら酒を飲んでいるところだった。
「ところで、どうして私のところに来たんです? 私の事を探してここに来たんでしょう、そうでなければ入ってきてすぐ私のところに来るわけがないですからね」
「おうそうだったそうだった。ブレトよ、お前は<銭金通り>のギンギルという男を知っているか?」
「ギンギルですか、うーん商人にはそこそこ知り合いがいますけれど……ギンギルという男は知りませんね。名前だけは誰かから聞いたことがあるような気がするのですが」
視線を人形へと戻し、ナイフを動かす手を止めずにブレトは答えた。その答えを聞いたカブリは腕組みしながら、うんうんと頷いている。
「俺もついこの間知り合ったばかりなのだがな、このギンギルという男は地主だ。そう広い土地を持っているわけではないのだが、土地を人に貸して金を稼いでいる小ずるい奴だ。はっきり言って俺はそういう小ずるい男は大嫌いだ、男ならば腕っ節で生活するべきだからな、だがそれは今は置いておいてやる。俺は蛮族だが、今はこの都市に住む都会人だからな。そういったところを割り切る術というものを身につけ始めたのだ。といっても嫌いなものが嫌いなことに変わりない、しかしそいつが困っているというのだ。俺は偉大な男になるためダンロンの山を下りたのだ、困っている者を見捨てるようでは偉大な男とは言えない」
カブリの話は長い、余計なことをいっぱいくっつけて喋るもんだから本題が見えてこないし、そもそも本題に入っているように聞こえない。彫刻をしながらだから良いものの、手ぶらのまま面と向かって聞いていたらブレトはきっと大あくびをしていたことだろう。
適当な相槌をしつつ、脱線しがちな話を聞いていく。カブリは一通り話し終えると大きな息を吐いて満足げな表情を浮かべるのだが、ブレトはすぐに返事ができない。
何せ彼の話ときたら、金貸しのギンギルなる男から頼まれた内容だけを言えばいいのに、故郷の話も交えてくるのだ。おかげで頭の中で整理するのにも一苦労する。
「えぇっとつまり、そのギンギルさんは郊外の土地を買いました。そこには荒れた寺があって、しかも良からぬ連中が勝手に出入りしているらしい。様子を見てきて、不審者がいたら追い出して欲しい。そういうことですね?」
「おう、そういうことだ」
胸を張り腕を組んでいるカブリを見ると、ブレトはそれだけの話をよくもまぁ長々と話せるものだと妙なところで関心を覚えた。
「けどそれなら、なんでそのギンギルさんは警吏に言わないんでしょう。カブリさんの話だと、件の寺は城壁の外だということですが、そこも警吏が見回りに行かねばならない場所でしょうに」
彼は騙されているのではないかという疑念がブレトにはあった。人に金を貸すような人間はろくでもないと相場が決まっているのだ。そしてカブリという男は物事を深く考えない傾向にある。つまり、騙されやすい。
なのでどう説得したらいいものかとブレトは考え始めていた。
「おいブレト、お前はまさかこの俺が騙されている。ギンギルに担がれているんじゃないか、そんなことを考えているんじゃあないだろうな」
木工細工を続けていた手がぴたりと止まる。顔を上げれば憤慨するカブリの姿があったがなんのその、ブレトは「えぇそうですよ」と平然と言ってのけた。
もちろん彼は怒るだろう、ブレトはそう考えていたが意外にも彼は怒りを見せることはなく、それどころか不適に笑って見せるのだ。
「お前が疑うのは当然のことだ。さっき言ったが金貸しはずるい奴なのだ、だから俺は警戒してギンギルから話を聞いた。俺は騙されてなどいない、これを見るがいい。あいつは前金をぽんと出してきよった、騙したり担ごうというのならこの額を出すことなどあるまい」
ジャラリと音を立てながらカブリは何枚もの金貨を机の上に並べた。ここはごろつきの集まる<銀夢亭>だ、泥酔していようと金の臭いに敏感な連中の鋭い視線が集まる。
余計な喧嘩はごめんだと、ブレトは並べられた金貨を素早く掴むと同時に指先でその重さを確かめた。そしてカブリに突き返す。受け取るのを拒んだカブリだったが、すぐ自分たちに向けられている視線に気づくとそそくさと懐へと仕舞い込んだ。
ならず者達の視線が逸れる。カブリの腕っ節は居酒屋の連中に知られているだけあって、強奪しようという輩が現れることはない。ブレトの器用さも知られているため、掠め取ろうという者もいない。だが、富を狙わないわけではないのだ。
金の匂いに釣られ、酒臭い息を吐きながら二人に近づいた者がいた。アセロという名の男で二人とは知己の間柄にある自称鍛冶屋である。どうして自称鍛冶屋なのかというと、二人の英雄は彼が鉄を打つ場面はおろか店を知らないのだった。
カブリの剣の使い方は荒く、しばしば修繕が必要となる。どうせなら知り合いにやってもらおうと以前に尋ねたことがあるのだが、アセロという男はどういうわけか場所も店名も固く口を閉ざして教えないのだった。
けれども彼の容姿は鍛冶屋のそれである。革のエプロンを着けていることが多いし、肌は焼けて真っ黒で太い手の指を覆う皮膚は硬く分厚かった。
そのアセロは発泡酒の瓶を片手に千鳥足でやってくると二人が言い合いしている隣の机に腰を落ち着ける。
「ようお二人さんは今日も元気だねぇ、羽振りも良さそうだしよ良い儲け話があるんだったら俺にも教えて欲しいなぁ、なんてよ」
口を開けるたびに酒の臭いを撒き散らし快活に笑いかけたアセロを、カブリは鬼の形相を持って睨み付けた。
「おいアセロよ、お前だって知らぬ仲ではない。俺がおべんちゃらを嫌うことぐらい承知しているはずだ。そんな道化みたいに笑うよりも、もっと正直に言ったらどうだ。金を寄越せ、とな」
「私も同感ですよ。金があるのを知ってて来てるぐらい考えずともわかります、金を巻き上げるネタがあるんでしょう? 変な前置きするよりネタの話をした方が早いですよ。それに――」
カブリに追従しながら呆れ顔を浮かべるブレトはカブリの腰を指差した。ダンロンの男の手は剣を握り、即座に抜き放てる態勢に入っていたのである。
アセロはそれを見ても怯む素振りは全くなく、軽く肩を竦めるだけだった。
「お約束みたいなもんじゃないか、本番に入るための前戯みたいなもんさ。女を抱くときには必須だろう? そうしないと円滑に進まない、それと同じじゃないか」
「そんなものは不要だ」とカブリ。
「私は童貞ですから」と言ったのはブレトである。
想像していなかった返しにアセロは面食らい、話の組み立てに悩んだが彼は二人の発言を聴かなかった事にした。
「俺は鍛冶屋だから仕事場は当然壁の外にあるんだ、それに商いをしている男。つまり商人でもあるわけだ、作った刃物を売るわけだし材料の鉄を買うこともある。だから<銭金通り>の連中とも面識はあるし、お前らが話していたギンギルとだって知り合いだ。世間話もするからな、最近買った荒れ寺の事も知っているってわけだ」
ここでアセロは言葉を止め、二人の英雄を見比べるとブレトに向けて手を差し出した。ここから先は有料、というわけだ。
手を出されたブレトはブレトで、どういうことだとアセロの顔をまじまじと見つめたが早く出せと催促されるばかり。要求されるべきはカブリではないのかと、ダンロンの男に視線を動かしたが顔を背けられた。
仕方なく要求に応えると鍛冶師は貨幣の重さを確かめるだけでなく、齧ることで材質までも見分けると満足げに懐に収める。
「良からぬ連中だとギンギルは話したようだが、あいつは危険を感じたかしてそもそも寺の中には入ってないな。本人からそう聞いたわけじゃない、俺はその寺に人が入るところを見たが大勢なんかじゃなかった。たった一人だ、服装からすると魔法使いのようだった。見た目だけじゃなく、青や緑の怪しい煙が立ち上るのを目にしたこともある。変な奴が出入りしてるのは間違いじゃない、地主からすれば出て行って欲しいがそんなのが相手じゃ喧嘩の苦手なギンギルが行けるわけないからな。そんでカブリみたいな強い男に行って欲しいってことになったんだろうよ」
ギンギルがカブリを謀ろうとしていなさそうだとは分かったが、本当に欲しい情報ではない。かといってブレトは金を払おうという気はなかった。そのことはアセロも理解していそうなものだが、彼は持参していた発泡酒の瓶に口をつける。
喉を動かし、鳴らし酒の臭いと共に息が吐き出された。そして話すことは話したとでも言いたげに背を向けようとしたのだが、アセロは動けない。ブレトが狩をするものが持つ鋭い視線を鍛冶師の首、つまり急所へと向けていたのだ。
狩人は掌を隠し何かを弄ぶように動かした。炉の前に立っている時のように大量の汗を流しながらアセロはまた酒瓶に口付ける。
「俺が知ってるのはそれだけだって、そんだけありゃ二人には充分だろう。ブレトの旦那はギンギルの言ってる事が本当かどうか知りたかったんじゃないのかい?」
「そうやって対価を払わずに済まそうという腹だな。言っておくがブレトはエルフだけあって俺なんぞより遥かに素早い。本気になったこいつの手の動きは密林の豹すら捉える俺の目でもってしても見切ることは難しい」
友の力を誇らしく語るカブリの言葉、黙って首を見ながら動くブレトの指が追い討ちとなりアセロの肌を流れる汗はより冷たいものとなった。
「わかった、わかったからそんな目で見るのは止めてくれ。確かにそうだな、俺の話と貰った額じゃ釣り合わない。けど俺も何から何まで知ってるわけじゃないし、二人が知りたいことというのも分からないんだ。どういうことが知りたいのか言ってくれ、そうしたら俺も話しやすいってもんだ」
「うむ、そうだな。荒れた寺だというから盗賊や魔法使いといった連中以外にも良からぬ者がおるかもしれん、つまりお化けだ。あいつらは恐ろしい、お化けがいるかもしれんと思うと震え上がりそうだ。しかし事前にお化けがいるとわかれば相応の事ができるかもしれんからな、それを教えてくれ。いるかいないかだけでいいぞ」
素早いブレトよりも早くに大男の口から出た言葉に、エルフと鍛冶師は顔を見合わせた。無言のまま聞き間違いではないことを確かめ合った二人は半ば首を傾げてカブリを見る。
そんな目で見られる理由がわからないカブリはきょとんとしながら続けた。
「お前らはお化けが怖くないのか? まずあいつらは目に見えないのだ、ということは触れないということだ。触れないのだから剣で斬れるはずが無い。それでいて向こうは俺たちを襲うことができる、恐ろしくないのか?」
人間には知覚できない精霊の姿を捉えるだけでなく、彼らと対話できるブレトからすればカブリが何に怯えているのか分からないし、彼のいうお化けという存在が良く分からなかった。
そしてアセロはカブリが怖がる理由を理解したが、屈強な大男がお化け等という存在を恐れることに納得がいかなかった。
「お化けだぞお化け、お前達は怖くないのか?」
神妙な面持ちから出された問いに二人は頷いた。ブレトはそういった存在を恐れることはないし、アセロは魔法使いや祈祷師に頼めばいいと思っている。
「あの、カブリさん。お寺ですから死んだ人を埋めているかもしれません、ですので幽霊が出るかもと考えるのは当然です。けれど、少しだけ考えてください。寺に埋められたということはですね、僧が丁寧に弔って埋葬したということですよ。化けて出るはずがないじゃないですか」
「ブレトの旦那の言うことは最もだ。それにあそこに幽霊が出たなんて話、噂でも聞いたことねぇ。お化けなんて出やしねぇよ」
これを聞いた途端にカブリは顔が明るく輝かせ、けたたましい音を立てながら立ち上がる。そして表情の変化に付いていけなくなっているブレトの肩を掴むと無理やり立たせた。
「お化けがいないのなら何の問題もあるまい! 今や憂いなどあるものか、ゆくぞブレト! 悩むギンギルのために荒れ寺に屯する悪漢を懲らしめてやろうではないか!」
ブレトも背は高く体格は良い方であるが、険しい山岳地帯で生まれ育ったカブリには敵わない。落ち着くように言葉を投げかけ抵抗するが、そのままずるずると引きずられるようにして<銀夢亭>の外へと連れ出されてしまった。
あっという間の出来事にアセロは眺めることしかできず、鈴を鳴らしながら揺れる扉に向けて小さく手を振る。揺れが収まり鈴の音が小さくなった頃、彼は思い出したことがあった。
一度は金を掠め取ろうとした彼だが、根っこの部分は善良の色が濃い。対価を払わねばならないと慌てて鈴の音を鳴らしながら通りへと飛び出したのだが、右を見ても左を見ても大男の姿は無かった。
どうしたものかと悩みはしたが、入り組んだ<混迷の都>の中を無闇に探したところで見つけられぬことは承知している。忌み嫌われる死霊術を使う魔法使いがうろついているらしいという噂を彼らに伝えられなかったことが心残りだが、アセロにはどうしようもなかった。
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