第1節

第1節 ①

 風が吹く。身を撫でるような、生ぬるい風だった。


 もう夏も終わる季節の夜だというのに、気温はまだ温かい。湿気が多いせいで風が吹いてもあまり気持ちよくは感じられなかった。

 山林の中に潜む少年が、暗視スコープを手にした少年がある一点を見つめていた。


「――見つけた」


 少年がスコープ越しに覗いた先に映るのは、体長1メートルほどの野犬だった。


 ペットとして飼われている犬と違い、野生化した犬は危険な生き物である。――と言っても、都会に住み着いているのなら危険といえる犬はそう多くはない。野生化したとしても元はペットだったが捨てられて間もない犬、飼い主が定まらないまま地域の住民に世話されている犬など、人が多い地域ならば凶暴化した野犬を見ることなど殆ど無いだろう。


 もちろん、山林に住む野生化した犬などは危険極まりない存在である。仮にキャンプ中などに遭遇した場合、襲われないように対処を思案すべきだろう。だがそのような自然地区以外で見かける野良犬は、狂犬病やその他の伝染病などを持つ危険性もあるが、日常生活においてはこちらから危害を加えようとしなければ恐ろしい存在ではない。


 だが少年が見つけた野犬は――そのどれでもなかった。


「思ったより変異が進んでるな……」


 スコープ越しに確認した野犬の姿は、体長こそ中型〜大型犬ほどの大きさだが、前足は虎のように鋭く、尻尾はハリネズミのような尖った毛に覆われている。そして極めつけは、背中には肥大化した内蔵のような肉塊らしきものがあり、その周囲から骨が露出していた。


「さて――」


 少年は、あの怪物を駆除するための準備に取り掛かる。

 ここから狙撃できればいいのだが、あいにくスナイパー型の銃などない。装備しているのは二本の拳銃のみ。

 それもモデルガンかと見間違うような作り。


 だが――彼にとってはこれで十分だった。


「狩りの時間だ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る