第4節 ②

 そこは、地獄だった。


 一面に広がっているそれらは、数時間まで人だったモノ。

 生きている者ならば人である。

 しかして、生きていない者ならば人とは呼べず。


 つまりは――死体だった。

 およそ十代半ば~後半あたりの年齢であろう若い男女の死体が、不規則に散らばっていた。


 とある男は身体がひしゃげている。

 とある女は首がねじ曲がっている。

 そのような無惨な死体が血を流している環境で、少女はくるくる、くるくると踊り続ける。


 授業で習ったダンスを踊って。

 動画サイトで見て好きだったダンスを踊って。


 ダンスが特別好きだったとか、実は趣味にしていたなんてことはないけれど――今はとても、踊りたい気分だった。


 赤色が広がって――。

 とても、きれいだった。


 そうして目を閉じながら気の赴くままに踊っていると、勢いをつけすぎて足に何かを引っ掛けて躓いてしまった。

 普通の人間なら、よほど運動神経が良くなければバランスを崩して転けていただろう。だが少女は右腕を伸ばして地面に着地させ、そのまま全体重を右腕に預けたまま体制を持ち直した。


「あ、ごめんね」


 少女は躓いた先の死体に向かって謝る。

 もちろん、反応なんてない。

 それでも即座に謝ったのは、少女が持つ元々の人の良さが滲み出たからだろう。


 もっとも、その人の良さも――もはや人でなくなってしまったのなら、意味がないのだが。

 少女が足を引っ掛けた死体は、他の死体に比べれば身体の損傷が少なく、誰なのか判別するのはまだ容易だった。


(……確かこの人は、学校の先輩だったはず)


 少女は思い出そうとする。けれど、思い出せない。少なくとも、学校内でもある程度絡みがあったはずなのに。


(――この人の名前は、何だったっけ)


 思い出せない。学校で話したことがある人の顔と名前なら、ちゃんと覚えていたのに。一度覚えたら、忘れることなんて滅多になかったのに。


(そういえば、あの子は逃げていったけど――ちゃんと保護されたのかな)


 自分をここに連れてきたクラスメイトのことを思い出す。その女の子の顔はうっすらとしか頭に浮かべられず、名前に至っては一文字だって自分ではもうわからない。

 こんな姿になってしまったのは、元を辿れば自分を遊びに誘ってきた彼女のせいなのだが――不思議と、恨み辛みは一欠片もなかった。


 むしろ、感謝の気持ちが湧いてきた。


 彼女がこの遊びに誘ってくれなければ、自分は二度とこんな清々しい気持ちになることなんて、一生なかっただろう。


(こんな素敵な時間が、もっと続けばいいのに)


 誰に見られたって、やめたくない。


(――ああ、でも)


 たった一人だけ、例外がいた。


(あの子にだけは、見られたくはないかも)


 思い出す。クラスメイトの女の子。

 自分なんかよりよっぽどきれいな少女。

 誰よりも孤高で、誰よりも美しい。


 親も、友達も、先生も、これまで関わってきた人たちのことを全て忘れかけているのに――

 あの子のことは、顔も名前も、まだ覚えている。


(ずっと、ここで踊り続けられたらいいのにな)


 少女は願う。

 ささやかな、望み。


 けれど、運命はとても残酷で。

 どうしようもなく薄情で。

 神様は、やっぱり――



 わたしを助けては、くれませんでした。



「……穂村さん」



 だって――今だけは絶対に会いたくない人を、連れてきたのだから。

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