第3話 再登場、ピンクのデブ

1 ケメコ、落下する


 ビービー鳴っているのは、被ロックオン警報だ。


 敵にロックオンされているから回避しろという警報。そんなこといったって、こっちだって必死に逃げているけど、敵も死に物狂いで追ってきているのだから、そう簡単に振り切れるもんでもない。


 操縦桿をめいっぱい引いて機体を反転させ、フットスラスターを全開にするが、機体の旋回はいらいらするくらいゆっくりだ。


 こんなことなら、前回セッティングを変更しなければよかったと後悔する。


 旋回性能を向上させようと思って、フットスラスターの推力を上げたのだが、シミュレーターでテストしなかったのがいけなかった。いまさっき気づいたのだが、あきらかに前より回頭が遅くなっている。いわゆるセッティングの改悪ってやつだ。

 どうやら、またやっちまったみたいだ。



 仕事が忙しく今日ひさしぶりに繋いで出撃してみたら、おかしなことになっていた。


 機体を起動してデッキから射出させ、艦外空間に飛び出すまではよかった。突然に敵機の襲来をヘルプウィザードが報告してきて、気づくと二つの赤い光点がレーダー上で自機のすぐ背後に取りついていた。



「敵機? いったいどこから来たのよ? 惑星カトゥーンにはすでにまともな戦力は残存してないはずだろうがっ!」

 ケメコは吐き捨てるように画面を怒鳴りつける。


「ああ、あれは同じ艦から出てきたんですよ。人形館所属のカーニヴァル・エンジンです。ハンマーヘッドとレイザーバックですね。強敵ですよ」

 画面の中のラズベリーは、しらーっと答える。


「カーニヴァル・エンジン? ラズ、どういうこと? 反応が赤だよ。敵味方識別が敵機だと判定してるけど、もしかしてあいつらプレイヤーキラーか? まさか噂のバーサーカーじゃないだろうな」


「いえいえ、ちがいます、プレイヤーキラーじゃないですよ。プレイヤーキラーはですね、あなたです、ケメコ」


「ぶっ!」と吹き出した。「ラズ? ラズベリー?」

 ケメコは鼻の穴をふくらませて、息を荒げた。直撃弾が左のフットスラスターを吹き飛ばす。

「ぎゃああああーー!」ケメコは悲鳴をあげる。足首から下をもっていかれたくさい。「あたしが、プレイヤーキラー? なんの冗談よ」


 ジャンプ・ペダルを床まで踏み込む。

 足を落とされてバランスは悪くなったが、変な操作不良は逆に弱まった。やはりフットスラスターを強化する意味で装着したブースターパーツが悪かったとしか思えない。



「あれ?」

 ケメコはサイドパネルに映っている彼女のヘルプウィザード、ラズベリーをしげしげと見つめた。


 ラズベリーは自称十六才の、自称美少女で、髪はストレートの金髪をひとつに編んで肩の上に垂らしている。

 みどり色の目に青白い肌をもつ一見はかないキャラクターだが、全体的にやる気がなく、いつもあくびばかりしている。いまも頬杖ついて投げやりな調子で戦闘サポートしているが、このふざけたキャラクターはケメコの大のお気に入りで、いまや親友といっても過言ではない存在だった。


「ラズ……、あんたさ、髪飾りつけてたよね、銀色のカチューシャ。あれ、どうしたの?」


「取れた」ラズは興味なさそうにこたえた。「なんか、あれないと、気分が楽なんだよね。行動規制プログラムとかは、肩こっちゃうんだ」


「あんたが緊張してるの、あたし、一度も見たことないけど」


 行動規制プログラムってなんだろうとケメコが思った瞬間、背中に直撃がきた。ぎゃっと悲鳴をあげつつも、目を動かしてダメージ画面を確認する。メインスラスターにくらった。出力が上がらない!


 くそっ!と毒づくが、反物質スラスターが爆発しなかっただけ、めっけもんか?


 ──動けっ、動くんだ!


 ふいにあのときのヨリトモの声がよみがえる。


 まだ諦めるな。ケメコは自分に言い聞かせる。まだ撃墜されたわけじゃない。


「ラズ、下に逃げるよ」

 ケメコはカオリンの首をめぐらせて、下、すなわち惑星カトゥーンの地表を見下ろした。


 重力加速度を利用すれば、破損したスラスター分の推力を補えるはずだ。大気圏突入で速度がつき過ぎればカーニヴァル・エンジンのライトニング・アーマーですら崩壊する。後ろにはりついているハンマーヘッドもレイザーバックも、全開でついてくるわけにはいかないはず。


 ケメコはカオリンを強引に反転させて降下にうつらせる。


「ちっ、あれ、やるか」

 被ロックオン警報の鳴り響く中、ケメコは一瞬カオリンを直進させた。敵にロックされた状態で、回避行動をとらず無防備に直進するのは正直めちゃくちゃ怖いが……。


 ──これは、この手のゲームで昔からある裏技なんだけど……。


 ふたたびヨリトモの声がよみがえる。



 カーニヴァル・エンジンの照準は、ロックオンしてから敵機の未来位置をある程度予測して自動的に照準を補正するシステムになっている。

 遠距離の場合、ロック直後にトリガーを引いても、観測と計算に約10分の1秒を要し、発射までに計0・3秒のラグがある。

 着弾までは距離によって変動するが、通常射程で弾が当たるまでにだいたい1秒ちょっとかかる。


 ──だからさ、これはこの手のゲームで昔からある裏技なんだけど、対カーニヴァル・エンジンの戦闘法で、ロックオンを受けてから1秒数えて回避するんだ。そうするとちょうど着弾の瞬間に自機の位置がずれるから、弾があたらない。これを通称『クルーザー回避』というんだ。


 以前、自慢げに解説するヨリトモに対してケメコは思いっきりバカにして反論した。


「どこで使うんだよ。対カーニヴァル・エンジンの回避法なんてさ。味方の弾よける方法考えるより、敵の対空砲火に当たらない方法考えやがれってんだ」



 後方から敵機が撃ってきたプラズマ弾が、カオリンの周囲をひゅんひゅんと抜けてゆく。ケメコが回避しているのだ。

 やべえ、役に立つ、クルーザー回避……。


「うおっ、すげー、ケメコ」ラズベリーが興奮して拳をにぎりしめる。「どうして? どうして? どうしてよけれるの?」


「ふっ」ケメコは口元に不適な笑みを浮かべた。「実力ってやつ?」


 が、その瞬間、つんのめるような衝撃がコックピットを突き上げて、画面に警告ウィンドウが開く。右肩に直撃がきた。


 やばい、タイミングをずらされた。カオリンががくっと高度を下げて、大気との加熱でライトニング・アーマーが燃え上がる。


「うわっ、やばいよ、ケメコ。冷却フィールド、冷却フィールド」

「冷却より引き起こしが先だろうが!」


 ケメコは強引に高度を取ろうと操縦桿を引く。速度ががくっと落ちたのであわててペダルで加速する。


「ちょっ、ケメコ、だめ。そっちに加速すると高度がさがるし」


 ラズベリーが警告したが、遅かった。第一宇宙速度すなわち脱出速度を切ったカオリンは、すっ転ぶように空から落っこちて炎に包まれた。

「なんでよっ!」


「対地速度が下がると、落ちるのが衛星軌道だって、何度も言ってるじゃん」


 呆れ声をあげるラズをひと睨みして、ケメコはフラップを開いたり制動噴射をかけたりする。が、急降下するカオリンは警報を鳴り響かせながら、アーマーを剥落させて燃え上がった。

「ぐはっ! ど、どうすればいいのっ! 指示してっ!」


「噴射しよう、噴射して減速!」

 ラズベリーのいいかげんな指示でケメコはスロットルを全開にするが、そもそも姿勢自体が制御できていない。


「ケメコ、地表が近い。計器モードを切り替えなきゃ」


 勝手に画面の表示が切り替わり、梯子状のスケールがなにやらパニクったように正面でくるくる回っている。画面の下に赤い表示で『高度注意』の文字が点滅していた。そして、真正面の白い雲の絨毯を突っ切ったとき、目の前には深い緑の森が……。


 地表! いまあたしはまっ逆さまに落下していたんだ。


 さっと全身の血が引く冷たい感触が駆け抜けるが、それでも反射的にスポイラーを最大展開し、ジャンプペダルを蹴飛ばすように踏み込む。とっさに反応できたのは、カーニヴァル・エンジンの操縦に、少しは慣れてきた証拠だ。


「ちょっと、それって……」ラズが何か言いかけたが、言い終わらぬうちに、ぼきっと嫌な衝撃がきて、カオリンのスポイラーが折れた。本日三回目の落下。


 あわてて制動をかけて高度を維持したところへ上空からの直撃弾がきた。左の肩アーマーが吹き飛び、関節がやられた表示が画面に出る。殴られたようにカオリンは地表に叩きつけられ、さらに二発の直撃弾が背部バックパックにヒットした。


 ぱぱっとコックピットが瞬間的に暗くなり、いくつかのシステムが終わる。


「ケメコ!」いつになく激しい調子でラズが叫んだ。「電源を切って! カオリンを終了させて!」





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