ⅩⅩⅤ ウチの決断
「入団の件、考えてくれた?」
ベッドに寝っ転がってスマホをいじっていると、知のLINEの通知が飛んできた。ウチは文面を見てドキッとする。そういえば、全然考えてなかった……。すると、続けて通知が飛んでくる。
「今度そっちの方で練習の予定があるんだけど、よかったら見学しに来ない?」
ウチは知からの誘いを受けて、少し腕を組んで考え始める。あの7人に相談したときのことを思い出した。
“私は、音楽をもう一度やりたいって思うならやるべきだと思う。だって、やらなかったら絶対後悔するもん”
“音楽が好きだって気持ちがあるのならやるべきです”
練習を見に行ってみたい気持ちはある。けど、一人で行く勇気が出ない……。ウチはLINEを開いて知に返事を書いた。
「その練習、友達を何人か連れて行っていい?」
数週間後、ウチはいつもの7人と一緒に知に言われた場所へ向かっていた。そこは、電車に揺られて1時間くらいの所にある体育館。今度そこでマーチングのイベントが行われるみたいで、そのイベントでパフォーマンスをするように頼まれてるんだって。
「そういえばさ、そろそろ学祭の準備が始まるよねー」
「そうだな。俺らも何かするか?」
「またEnsembleをやりたいですね。夏祭りみたいに」
ガラガラで人がほとんどいない電車に、霞・焔・楽の話し声が響き渡る。そっか、もうそんな時期か。ウチはそんなことを考えながら、車窓風景を眺めていた。
最寄り駅に降りて、ウチはグーっと体を伸ばした。こんなに長い時間電車に乗って移動したのなんて久しぶり。木々がたくさん植えられた自然がいっぱいの場所で、新鮮な空気が広がっている。体育館は、ここから15分くらい歩いたところだ。珀がスマホを取り出して、地図アプリから場所を確認している。ウチは、知に最寄り駅についたことをLINEで伝えた。
体育館に到着すると、駐車場に何台もの車が止まっていた。それぞれの車から楽器を下ろしているのが見える。
「あ!彗!」
知が、こっちに向かって元気いっぱいに手を振ってくれる。ウチは手を振り返して、知の方に向かって走っていった。
「久しぶり。ごめんね、返事が遅くなっちゃって……」
「ううん、大丈夫だよ。よかった、こういう機会が作れて」
ウチは笑顔でうなずく。そのあと、7人を読んで自己紹介をした。
「マルシュの人とお話しできるなんて、夢みたいだ……」
霞がうっとりした表情をしながらうなずいた。ウチはそれを見て微笑む。そういう風に思ってくれたなら、誘って正解だったかもしれない。
「じゃあこっちは準備があるから、上に行ってゆっくりしてて」
「うん、ありがとう」
ウチは7人を連れて2階の客席へ向かっていった。
楽器の搬入が終わって、ジャージとかの動きやすい服装に着替えたマルシュの人たちが、体育館の中に入ってきた。各自で体を伸ばしたりストレッチをしたりしている姿が見える。7人もウチの横で興味深そうに様子を見ていた。すると、知が客席に上がってくる。
「これフォーメーションね。もしよかったら見てて」
「うん、ありがとう」
知がフォーメーションの書かれた紙を渡すと、客席の中心部分に歩いて行った。そして、電子メトロノームとスピーカーを設置する。メトロノームの電子音が体育館全体に響き始めて、基本練習が始まった。ウチらは知のいる方へ移動する。知のいる場所が、一番演技のバランスをみやすい位置なんだ。基礎練習が始まって、ウチが通ってた高校のマーチングバンドと、練習メニューがそんなに変わらないように見える。練習の流れに、ウチは少し懐かしさを感じた。
「あの、質問してもいいですか?」
凪が知に話しかけた。知が凪のいる方に振り返る。
「なんで、知さんは座奏ではなく、マーチングを選んだんですか?」
「え?」
座奏っていうのは、オーケストラみたいにステージ上で座って演奏すること。それに対してマーチングは、楽器を吹きながら動いて隊形移動をすること。演奏の隊形も全然違うし、なかには動きやすくなるようにマーチング用に形を変えた楽器もある。
「マーチングって演奏しながら隊形移動しないといけなくて、すごく大変そうだなと思うんです。楽器が上手くなりたいと思うのであれば、演奏に集中できる座奏を選ぶ人が多いのではないかと思いまして……」
凪の質問を聞いて、確かにそうだと思った。単に楽器が上手くなりたい、音楽を弾きたいと思っているのなら、わざわざマーチングバンドに入るなんて選択しない。そんなの、座奏で十分だ。そんなことを考えていると、知が口を開いた。
「確かに、凪さんの言う通りだね。でも、マーチングにはマーチングにしかない魅力があるの」
「魅力?」
「そう。音楽って、普通聴いて楽しむものじゃん?でも、マーチングの場合は聴くだけじゃなくて見て楽しむことができるの」
そう言って、知は満面の笑みを浮かべた。
「私は、座奏の吹奏楽では物足りなさを感じてたときに、このマーチングバンドに出会った。確かに大変なことも多い。けど、それ以上に体全体を使って音楽を表現できるっていうのに魅力を感じて、私は今マーチングをやってる」
ウチの後ろから、「おー」という声が聞こえてきた。そんな風に思って、知はずっとマーチングをやってきたんだ。ウチはみんなに気付かれないように、大きなため息をついた。ウチは、そんな風に思ってマーチングやってなかったな……。
「え、ここ座奏じゃなかったの!?」
放課後、高校1年生だったウチは、音楽室の前で目を見開いて固まった。スーザフォンなどのマーチングでよく使われる楽器たちが並べられている。いやいや、待って。こんなの聞いてない。後々先輩に聞いたんだけど、実は1年前から、顧問の先生の方針でマーチングに移行したらしい。元々体育祭のために楽器は揃えていたみたいなんだけど……。いやまさか。
この後、ウチはクラリネットをやめる決心がつかなかったので、仕方なくマーチングバンド部と化した吹奏楽部に入部した。そういえば、マーチングを楽しいと思ったことはあまりないかもしれない……。
「どうかしたの?」
知が体育館の客席にある手すりに頬杖をつきながら話しかけてきた。
「ううん。なんでもない」
「あ、そう」
知がウチに笑顔を向けてから、真剣な顔で練習を見つめ始める。その後、知は「はぁ…」と大きなため息をついた。知は、なんでウチをマルシュに誘ったんだろう?ウチは考えても分からない疑問を頭に浮かべながら、練習を見つめた。
「彗と知さんってさ、何かあったの?」
練習の昼休みになって、ウチら8人は一緒にご飯を食べていた。知は、バンドのみんなとランチミーティングに向かっている。
「うーん、まぁ何かあったといえばあったかな。でも、なんで?」
「いや、なんか2人の間が少しギクシャクしているように見えて……」
霞が心配そうな表情を向けてくる。ウチは霞をなだめるようにして話し始めた。
「知は、ウチの幼なじみなの。中学まではずっと同じで、同じ部活に入るくらいに仲がよかった」
ウチは、持っていた箸を置いて大きなため息をついた。
「けどね、知が中学卒業と同時に引っ越しちゃって、なかなか会えなくなっちゃったんだよね。最初の頃はよく連絡を取ってて、知もウチと同じようにマーチングをやる部活に入ったっていうのは知ってる」
「へー、そうなんだ」
霞が納得した表情をしている横で、凪が首を傾げた。
「なんか、変な感じがする」
すると、後ろの方から悲鳴が聞こえてきた。体育館の近くから人が離れていく。
「あれ、ディソナンスじゃない!?」
ウチらは目を合わせて、ディソナンスのいる方向へ向かっていった。
「知!知!」
体育館の重いドアを開けると、中心にディソナンスと屈んで知の名前を呼び続ける女の人の姿が見えた。その横には、誰かが倒れているのが見える。ウチらは一斉に向かって走り出した。
「この前の感じでいくと、あの倒れている人からディソナンスが生まれたのかな?」
向かっている途中で、澄が隣でこう呟いた。ウチはグッと唇を噛む。すると、先に着いた焔と珀、明が女の人に声をかけているのが見えた。焔が倒れた人を抱えて、一緒に安全なところへ避難していく。隙間から、少しだけ意識を失った知の姿が見えた。
「話を聞いたところ、あのディソナンスは知から生まれたみたい。前回と同じ手口で」
ウチはディソナンスの方へ向き直った。知、絶対に助けるから!
「「「「「「「「グラマー 」」」」」」」」
オー!ルーメン!フー!トネール!
アイレ!トーン・スピア!
エスパシオ!クオーレ!
「きらめく
「きらめく
「きらめく
「きらめく
「きらめく
「きらめく
「きらめく
「きらめく
「「「「「「「「きらめく音はみんなの力!伝われ、Ensemble!」」」」」」」」
「みんな、行くよ!」
明の掛け声で、焔・明・楽がディソナンスに攻撃を始めた。ウチもディソナンスに向かって飛び出す。勢いよく飛び上がり、ウチは拳を振りかぶった。その瞬間、ディソナンスと目が合う。周りの音が消えて、時間が止まったかのようにウチはディソナンスになってしまった知と互いに見つめあった。
「彗、危ない!」
凪の声が聞こえた瞬間、後ろから何かがぶつかってきた。パチンという音とともに、ディソナンスの悲鳴が聞こえてくる。後ろに振り返ると、そこには背中合わせになりながらディソナンスの拳を鞭で振り払う珀の姿があった。そこすぐあとに、霞と澄が剣でディソナンスの腕を傷つけていく。床に着地すると、凪の起こした突風とともに焔の銃弾、明の矢、楽の槍がディソナンスに向かって飛んでいった。ディソナンスの悲鳴が体育館中に響き渡る。風に押し負けたディソナンスが、背中から客席に激突した。
「やったか……?」
息を荒くした焔が、ディソナンスを見つめて呟く。すると、煙の奥から知の声が聞こえてきた。
「なんで……?なんでよ……」
知の声が震えてる……?すると、薄くなった煙の中から手で涙を拭うディソナンスの姿が見えた。周りから、驚きの声が漏れているのが聞こえてくる。
「ディソナンスが泣いてるの、初めて見た……」
霞が小さな声で呟く。すると、ディソナンスが煙を振り払い、ウチらの方に向かってきた。無差別に攻撃を始める。
「なんで……?なんで、彗はマーチングを辞めちゃったの!?」
ディソナンスから、さらに知の声が聞こえてくる。え?ウチは動揺して、急に鼓動が早くなる。知がそんなことを考えてるなんて、ウチ知らなかった。そんな、いつしか連絡を取らなくなってしまったウチのことなんて。ディソナンスはさらに無差別的に攻撃を続けていく。みんな避けるので精一杯で、まったく攻撃ができない。
「知!」
ウチは思いっきり体育館の床を蹴って、天井に向かってジャンプした。ふんわりと浮き上がって、ディソナンスと目線が同じになる。ウチは、両腕を広げてディソナンスに向かって話し始めた。
「知、ウチだよ。彗だよ。もうやめて。みんなのこと、これ以上傷つけないで」
ウチの言葉が届いたのか、ディソナンスはピタリと攻撃をやめる。そして、ディソナンスがウチの方をじっと見つめてきた。少しずつ、涙が溢れてくる。
「ごめんね、知。知の気持ち、全然気付かなかった」
ウチはカタッという音を立てて、床に着地する。そして、手で流れてくる涙を拭った。
「知がマーチングに誘ってくれたの、すごく嬉しかった。待ってくれてる人がいるんだって励みになった。でも、こんなウチではマーチングをやることはできない。こんな中途半端な気持ちでやりたくない」
ウチが呪文を唱えると、右手にバトンが現れた。
「でも、絶対戻るから。クラリネット、続けるから!」
ウチはバトンを強く握りしめ、ディソナンスに向かって走り始める。
「響け!幸せを導く夢のハーモニー!」
バトンが桃色に輝き始めて、その光が次第に強くなっていく。
「トラオム!エール・クオーレ!」
ウチの攻撃を受けて、ディソナンスは悲鳴をあげながら消えていった。
この一件で、午後の時間は中止になってしまった。知がいろんな人にごめんと謝っている。
「彗たちも、せっかく来てくれたのにごめんね」
「大丈夫だよ。いっぱい練習を見れたもん」
ウチの言葉を聞いて、知はシュンと落ち込んでしまう。ウチは、知の肩をポンと叩いた。
「その代わりといったらなんだけど、あとでどっかご飯食べに行かない?」
知が目をパチパチとさせながら、「うん」と頷いた。
ウチと知は、2人で近くにあったファミレスに入った。ドリンクバーを店員さんに頼み、ソファーに座って一休みする。ドリンクバーから持ってきたオレンジジュースを一口飲んで、ウチは口を開いた。
「「あのさ」」
2人の声がハモって、くすくすと笑いだす。
「いいよ、先」
知の話を受けて、ウチは頷いてから話し始めた。
「知は、なんでウチをマルシュに誘ったの?」
「え?」
知が目を丸くしてから、「うーん」と考え始める。
「もう一度、彗と一緒に吹きたかったからかも。高校が別れてから、全然話ができなくてちょっと寂しかったの。でも、ウィンドジャーナルで彗のことが紹介されてるのを見て、すごく嬉しかった。マーチングを続けていたら、また彗に会えるかなって思ってずっと頑張ってた」
ウチはしきりに頷きながら聞いていた。すると、知が恐る恐る聞いてくる。
「彗は、なんでマーチングをやめちゃったの?」
ウチは、ゆっくり頷いてから話し始めた。高校であったことを、包み隠さず。うまく言葉が出なくなった時もあったけど、知はゆっくりと頷きながら聞いてくれた。
「彗、ちょっと隣に行ってもいい?」
「え?」
ウチは、戸惑いながらも「いいよ」と頷いた。すると、知がゆっくりとウチの隣に腰掛ける。そして、横からギューッと抱きしめてきた。
「え!?ちょっとなに!?」
ウチは必死に離れようとするけれど、知が抱きしめる力を強めて離してくれない。
「なんか、さっきの話聞いてて、すごい辛かったんだろうなって。彗っていつも我慢して強がってるからさ」
知の言葉を聞いて、ウチは涙がこぼれそうになる。それに追い打ちをかけるように、知がゆっくり話しかけてくる。
「ごめんね。私、全然知らなかった」
耳元から、鼻をすする音が聞こえてくる。たぶん、知はウチを抱きしめながら泣いてるんだ。昔から、知のお節介なところは変わってないな。そんなことを考えていると、ウチの目から涙がこぼれてきた。周りからの視線が刺さってくるけど、そんなの関係ない。少しだけ、自分の気持ちを解き放させてほしい。そう思いながら、ウチと知は声を上げて泣き始めた。
「一件落着、なのかな?」
珀が少し離れたところに座っている彗と知さんを見ながら、呟いた。わたしも、2人のことを見て何となくホッとする。
「いやいや、一件落着じゃないでしょ。これ、どうするのよ?」
明がテーブルの上に置かれたラッピングされた袋を指さして言った。これは、彗のためにって買った早すぎる誕生日プレゼント。本当は、学祭でアンサンブルを一緒にやろうって誘うつもりだったんだけど……
「これはさすがに間に入れんな。今日は諦めるか?」
「いや、渡せるのは今日しかないでしょ!?」
凪が声を上ずらせながら叫んだ。今度は周りの視線がこっちのテーブルに向く。
「しかし、どうすればこの状況で渡しに行くことができるのでしょうか?」
みんなで「うーん」と声をあげながら考え始める。すると、霞がバッと立ち上がった。
「こんなの、考えてても仕方がない。行くよ、澄」
「え!?ちょっと!」
わたしは強引に手を引かれながら、彗のいるテーブルに向かっていった。
「お取込み中、失礼します」
2人の表情がポカーンとしているなか、霞がプレゼントを差し出した。
「え、なにこれ?」
彗が恐る恐るラッピングをほどいていく。そして、2人が「え」と声を上げた。
「これ、クラリネットのストラップじゃん。え、なんで?」
彗が目を丸くした。すると、霞が話し始める。
「学祭で、一緒にアンサンブルをやりませんか?」
霞が頭を下げて、彗の動揺が高まる。
「いや、ちょっと待ってどういうこと?知ってるでしょ?ウチはブランクだってあるし、そんな……」
「うん、知ってる。でも、わたしは彗と一緒に吹きたい。ブランクだって関係ないし、元マーチングの天才少女だとかそんなのどうでもいい。わたしたちは、彗と一緒に吹きたいの!」
周りの視線が、わたしたちの方に刺さる。すると、彗がゆっくりと頷いた。そして、「うーん」と考え始める。しばらくして、知さんが彗に話し始めた。
「彗、アンサンブルやればいいと思うよ。私も、彗の音をもう一回聞きたい。その日には、聞きに行けるようにするから」
「うん……」
彗が渋々頷く。
「そういえば、その学祭っていつなんですか?」
知さんがわたしたちに聞いてくる。すると、彗がその質問に答えた。
「学祭は確か、10月29日から30日……。え?」
彗が目を丸くする。そして、小さくポツリと呟いた。
「ウチの誕生日……」
その言葉を聞いて、わたしと霞はコクリと頷いた。
「そ、そんなことまで考えてたの?」
「うん。どうかな?一緒にやってくれない?」
霞が彗に手を差し伸べた。すると、彗が霞の手を握りしめる。
「仕方ないなぁ。よろしくお願いします」
わたしと霞が顔を合わせる。そして、2人でガッツポーズをして喜んだ。
~Seguito~
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