ⅩⅩⅠ ウチの大切なもの

 初めて変身したあの日、ウチはクラリネットの手入れをしようといつものように楽器ケースを開けた。カチャという音の後にクラリネットが顔を出す。すると、ウチはそのクラリネットの様子に目を見開いた。

「な、なんで……?」

声を震わせながら、クラリネットの下管を手に取る。そこには、クラリネットの姿があった。

「なんで、クラリネットが錆びてるの!?」

ウチは涙目を浮かべながら、机に置いてあった卓上カレンダーを手に取った。


 数日後、ウチは大事そうに楽器ケースを抱えながら、電車の椅子に座っていた。向かっているのは、いつもお世話になっている楽器屋さん。その楽器屋さんは、リペアセンターっていう専門の建物を持っていて、近くにある学校の吹奏楽部のほとんどは楽器のメンテをここに任せているらしい。ウチは楽器屋さんの最寄り駅に降りて歩き始めた。

 リペアセンターの中に入ると、今はコンクール前の駆け込みか、制服を着た中学生や高校生が親と一緒に順番待ちをしていた。ウチが順番待ちの券をもらおうと進んでいくと、コソコソと何やら聞こえてくる。

「ねぇねぇあれって、天才マーチング少女って呼ばれてた人?」

「かもね。なんて人だっけ?」

心の中から、ふつふつと何かが湧き上がってくる。ウチは券をクシャと握りしめ、近くの椅子に座った。


 ウチはため息をつきながら、家に向かって歩いていた。クラリネットのケースが、いつもよりずっしりと重く感じる。

“「うーん……。この状態だと、キーを全部取り替える必要がありそうですね。これは、。」”

リペアの人に言われた言葉が、頭にしっかりと染み付いている。まさか、こんなことになるなんて……。

「どうしたんですか、彗……?」

急に話しかけられて、ウチははっと顔を上げた。すると、そこにはウチを顔を覗き込むように見ている楽の姿がある。

「う、楽、どうして……!?」

「それはこちらのセリフです。」

「うん……。」

真剣な表情をした楽が、ウチのことを見つめてくる。ウチは、少しの間下を向いて黙り込んでしまった。

「どこか、場所を移しますか?」


 楽の提案で、ウチらは近くの公園に移動した。ベンチに二人並んで座る。楽は、何も言わずに宙を見つめていた。ウチのタイミングで話してって言ってるのかな?

「話してもいい?さっきあったこと。」

「えぇ、もちろんです。」

楽が、笑顔を浮かべてウチの方を見てくる。ウチは心を決めて話し始めた。

「実は、ウチのクラリネットのキーが急に変色しちゃって、今日リペアに行ってきたの。でも、リペアの人に買い替えを勧められちゃって……。」

楽が頷きながらウチの話を聞いてくれる。ウチは、膝の上に乗せた楽器ケースの上で、小さく拳を握りしめた。

「このクラリネットは、ウチが中学で吹奏楽部に入ったときに買ってもらったの。そのときからずっと一緒。部活中に先輩とかに何を言われても、この子と一緒にいたいからずっと頑張ってた。吹奏楽もマーチングもやめた今でも、毎日一生懸命手入れをしてたの。それなのに、なんでこんなことに……?」

一粒一粒涙が落ちていく。楽は、そんなウチの背中を優しくさすってくれた。

「そんな……」

「お?こんなところに闇の心を感じますねぇ。」

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべる人。その人が、太陽の光を隠すようにして浮かんでいた。

「あ、あなたは!?」

「オレ?オレの名はフリケティブ。」

その言葉を聞いて、楽がこそこそと耳打ちしてくる。

「あれはフロッシブの仲間です!」

楽の言葉を聞いて、ウチはうんと頷いた。

「「グラマー 」」

トーン・スピア!クオーレ!

「きらめくGゲーは思いの音!伝われ、音の力!」

「きらめくHighハイ B♭ベーは愛の音!伝われ、心の力!」

「「きらめく音はみんなの力!伝われ、Ensemble!」」

 ウチは、助走をつけてフリケティブへ拳を打ち込みに行った。バシンという音が辺りに響き渡る。けど、なにか透明な壁のようなものに阻まれて、当てることが出来なかった。固まっていると、お腹のところに蹴りを入れられてしまう。ヴゥッという声を上げながら、ウチは背中から地面に叩きつけられた。目の前を楽の槍が通過していく。

「フリケティブは、破裂音という意味です!接近戦だと、攻撃がすぐに跳ね返されてしまいます!」

こう言いながら楽が攻撃していくけれど、確かにフリケティブがすべて弾き返してる。どうすればいいのか考えていると、ウチは初めての戦いのときのことを思い出した。あのとき、ウチは球体をタクトで壊したんだ。もしかしたら!

「ハピネス クオーレ!」

タクトを手にした後、ウチはその場で飛び上がる。

「響け!愛のハーモニー!B♭ベー dourドゥア!」

ウチは空中で狙いを定めた。その場所に向かってタクトの先を向ける。

「ハピネス!リーベ・クオーレ!」

鋭い音を立てながら、タクトはフリケティブの目の前で止まった。多分、あの透明な壁のようなものに刺さったんだと思う。けど、それで勢いを止められてしまって、タクトは消えてしまった。

「このオレに対抗しようとは、なんて面白い。ちょっと遊んでもらおうか。」

そう言って、フリケティブが不敵な笑みを浮かべた。

「グラマー ソンブル!」

フリケティブが呪文を唱えると、近くにあった遊具が合わさって複雑に絡み合っていき、怪物が現れた。

「ディソナンス……。」

楽がポロリと言葉をこぼす。そっか、あの怪物ってディソナンスっていうんだ。ウチはディソナンスに向かって飛び上がり、拳を打ち込んでいく。すると、ディソナンスはウチの拳を腕で防ぎ、そのままウチを弾き返した。ウチは近くにあった木の中に吸い込まれるようにして落とされる。やっとの思いで枝を掻き分けて外に出ると、傷だらけになった楽がディソナンスに槍を打ち込んでいた。でも、動きが鈍くなったところでディソナンスに突き落とされてしまう。ウチは木の上から飛び上がり、前に一回転して蹴りを打ち込んだ。しかし、バシンという音を聞いて安心したところで、ディソナンスの手によって払われてしまった。地面に強く叩きつけられて、ウチは動けなくなってしまう。すると、ディソナンスの目線からウチらが外れた気がした。さっきまで座ってたベンチの方に向いている。そこには、ウチのクラリネットのケースが置かれていた。あれ、ケースから桃色の光が漏れてる……?すると、ディソナンスが拳を振り上げ、ベンチに影が被った。ウチはその場で立ち上がろうとする。けど、力が上手く入らなくて立ち上がれなかった。ディソナンスが大きく振りかぶり、ベンチに拳が向かっていく。起き上がれないウチは、ただただ見ていることしかできなかった。ウチは強く目をつぶる。そして、バシンという音が聞こえてきた。ウッという声が聞こえてきて、ウチは薄目を開ける。すると、目の前にベンチの前でディソナンスの拳を受け止めている楽の姿があった。ディソナンスの拳が離れ、楽が力なく倒れていく。ウチはその場に駆け寄った。

「楽、どうして!?」

ウチは、腕で受け止めながら楽に聞いた。すると、楽は弱々しい笑顔を向けながら、話し始める。

「このクラリネットは、彗の大切なものではないですか。仲間の大切なものを守るのは、当たり前のことです。」

楽の言葉を聞いて、ウチの瞳から涙がこぼれ落ちそうになる。ウチは、フリケティブとディソナンスの方を向いて睨みつけた。

「そんなものを庇って何になる。ディソナンス、まとめて潰してしまいなさい!」

ウチは楽を守るように体を丸め、目をつぶった。

「待ちなさい!」

 後ろの方から聞こえる鋭い声。ウチは、顔を上げて後ろに振り返った。そこには、息を切らしながら立っている霞たち6人の姿がある。

「2人とも、遅くなってごめんね。」

「こっちの方ですごい音が聞こえてきたから、みんなで集まってきてたんだ。」

明と珀の声を聞いて、入っていた余分な力が抜けていく感じがした。

「「「「「「グラマー 」」」」」」

オー!ルーメン!フー!

トネール!アイレ!エスパシオ!

「きらめくB♭ベーは平和の音!伝われ、水の力!」

「きらめくCツェーは希望の音!伝われ、光の力!」

「きらめくDデーは情熱の音!伝われ、火の力!」

「きらめくE♭エスは知性の音!伝われ、雷の力!」

「きらめくFエフは安らぎの音!伝われ、風の力!」

「きらめくAアーは再生の音!伝われ、時空間の力!」

「「「「「「きらめく音はみんなの力!伝われ、Ensemble!」」」」」」

 変身した6人は、互いに見つめ合ってからそれぞれ攻撃していく。焔と明が少し離れたところで銃弾・矢を放っていく。けど、それらはフリケティブによって跳ね返されていってしまう。みんなはそれが想定内だったようで、少し笑顔が見えた。

「みんな、行くよ!」

澄の掛け声で、放たれていた銃弾・矢の動きが止まった。それを見て、霞・珀・澄が足場のようにして駆け上っていく。ウチらを守るように、凪が目の前に立った。

「澄の力は時空間の力なの。こういうときにはもってこいだよね。」

ウチは目を丸くした。すごい、かっこいい……。そんなことをしていると、楽がゆっくりと起き上がった。

「「「「「「「ハピネス 」」」」」」」

オー!ルーメン!フー!トネール!

アイレ!トーン!エスパシオ!

「「「「「「「響け!7人のハーモニー!」」」」」」」

B♭べーCツェーDデーE♭エスFエフGゲーAアー

「「「「「「「ハピネス!SeptetセプテットEnsembleアンサンブル!」」」」」」」

7人の攻撃を受けて、ディソナンスは静かに消えていった。


 あの後、ウチらはみんなでご飯を食べに行くことになった。一緒に近くのファミレスへ向かっていく。

「そう言えば、なんで楽と彗は一緒にいたの?」

澄の話にウチは目をパチクリとさせる。

「あぁ、クラリネットのリペアに行った帰りにたまたま会ったの。」

「え!?彗のクラリネットに何かあったの!?」

澄が目を見開いた。そっか、ウチは日常的に楽器を吹いてるわけじゃないから、タンポ(クラリネットの穴を押さえるクッションのようなもの)を代えたりとかのメンテがあまり必要ないから、リペアに行く用事はないのか……。そりゃ驚くわけだ。

「まぁちょっと色々あってね……。あとでみんなに話すよ。」

こう言って、ウチは澄のことをなだめた。


 ファミレスで席につくと、澄がすごい勢いでウチの楽器のことを聞いてきた。みんなウチの方に注目してくる。ウチはため息をついてから話し始めた。

「実は、急にキーが錆びちゃってさ……。」

ウチの言葉を聞いて、みんなが目を丸くした。

「さ、錆びたってどういうこと!?」

霞が声を裏返らせる。ウチはテーブルの上にケースを置き、開けた。そこには、やっぱりキーが錆びて変色したクラリネットが入っている。ウチが下を向いていると、目の前に座っていた楽が話し始めた。

「これは、錆びているわけではないと思いますよ。」

「え?」

ウチは顔を上げて、楽のことを見つめた。楽は気にせず話し続ける。

「多分、彗の楽器はヒュロイトになったのではないでしょうか?」

ひゅ、ヒュロイト?ウチは意味が分からなくて首を傾げてしまう。すると、凪が口を開いた。

「ヒュロイトっていうのは、うちらが変身するときに、力を増幅させることができたりタクトとして武器にすることができたりする楽器のことだよ。でも、なんで彗の楽器がヒュロイトに……?」

みんなが首を傾げ始める。ウチは自分のクラリネットをじっと見つめた。ウチのクラリネットに、いったい何が起こったんだろう?すると、霞が何かひらめいたようで手でポンと叩いた。

「この前、楽が彗の楽器触ってたよね!?その時に何か起こったんじゃない?」

楽が宙を見つめ始めた。そしてゆっくりと話し始める。

「そうですね……。もしかしたら、彗の楽器を触った際にわたくしの音の力と彗の楽器の中にあった“好きという気持ち”が結びついて力を持ってしまったのかもしれません。」

ウチは、もう一度自分のクラリネットを見つめる。好きっていう気持ち……?



~Seguito~

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