イラストレーターになりたくて震える。

ハカドルサボル

第1話 イラストレーター目指します

 炎暑。冬野宗介(ふゆの・そうすけ)の夏が終わった。昨日、雨が降って試合が次の日に持ち越されたのが敗因かもしれない。先輩たちの集中力は途切れ、格下だと思われた相手に負けた。もちろん野球の試合に絶対の勝利なんてものはない。けれども、野球の女神は先輩たちに微笑んではくれなかった。夏の舞台で一度も校歌を歌うことなく先輩たち(三年生)の夏が終わった。


 宗介は二年生。しかし、異様なまでの脱力感に襲われた。小さい頃からスポーツマンの宗介は野球も水泳もマラソンも何でもできた。もともと野球部というのは高校のスポーツ万能野郎が入る部活であり、宗介もスポーツが得意で入部したのだけれど、甘かった。食パンにチョコレートとアンコとハチミツをぶっかけるくらい甘かった。


 野球部をなめていた宗介は痛い目を見る。本気で甲子園を目指す野球部の練習に体がついていかず、授業中いつも寝ていた。宗介の成績は右肩下がり。クラスで戦隊のアカレンジャーに任命されるほどの馬鹿さ加減だった。おまけに宗介は問題児。たびたび友達には言えない不祥事を起こして高校の先生ならびに野球部の監督を困らせていた。


 ……一年間と半年、必死にやってきたが、ここまでかもしれない。


 宗介は限界を感じていた。成績の悪化、不祥事、トドメとばかりに先輩たちの一回戦敗退。野球も小学校から六年間続けてきたという理由で高校も野球部を選んだだけでそれほど好きではないのかもしれない。そう考えるようになってきた。


 宗介が野球をやめる最大のきっかけというのが、弱いことだった。


 先輩も同級生も後輩も監督も、部全体が甲子園を目指してやってきたのだけれど、よくて二回戦進出、普段は一回戦勝利、そんなレベルだった。まして宗介の一個上の世代ともう一個上の世代は公式戦で勝利できていないのだ。甲子園を目指すと言っておきながら一回戦も勝利できない弱小部に嫌気がさした。


 だからやめることにした。高校の三年間と学力すべてを犠牲にしてまで野球部に捧げるつもりでいたのに、必死にやっても成果の出ない野球部に辟易としていた。むろん勉強せずに夜な夜なエッチな動画を見まくっていた宗介に非がある。しかし、けれども、そもそも根本的に宗介の性格と野球部の気質なるものがまったくといっていいほど合わなかったのだ。遅刻の常習犯であり、問題児であり、進級するのもやっとだった宗介が野球部をやめたのは当然の帰結と言える。


 さて。野球部をやめたのはいいが。宗介のもとには引き換えに大量の時間が生まれた。俗にいう暇になった。もちろん普通の一般的な高校生ならばの話、部活動をやめれば受験勉強に専念するのが一般的だ。しかし、宗介はなぜか勉強することを放棄していた。これは後述するのだが、宗介は勉強しても頭に入らない問題を抱えていた。そんなわけで宗介は野球をやめ、勉強もすることなく、悠々帰宅部を満喫していた。


 転機が訪れたのは二年生の秋。ケータイとの出会いだった。モバゲー。当時のケータイのムーブメントを一手に担っていたのはモバゲーだった。そこで宗介はケータイ小説に出会った。野球部をやめ勉強もせずに暇していた時期だったからかもしれないが宗介はケータイ小説にどっぷりハマった。中でも王様ゲームなどに属されるデスゲームやファンタジー小説などを読み漁った。ケータイ小説は恋空などの、ヤンキー女子高生が恋愛するといった、そういったイメージが強い。しかし、当時のモバゲーは恋愛以外にも面白いジャンルが山ほどあった。今のデスゲームの走りとなる王様ゲームやハリーポッターを真似た学園最強ファンタジー。小説家になろうが異世界転生ならば、モバゲーのファンタジー小説は、現地人が学園で最強になりギルドでも最強になるといった感じだった。そこから書籍化も続々と生まれたがこれは蛇足なので割愛する。


 とにもかくにも宗介はケータイ小説にハマり自分で小説を書いてみることにした。愚にもつかぬ話ではあるが、宗介はケータイ小説に救われた。そして、青春すべてを野球とケータイ小説に捧げたと言っても過言ではない。


 宗介の初めて書いた小説は学園物で、主人公には悪友がいて、ヒロインは辞書を投げて、と、どこかギャルゲーを思わせるような内容だったが、下手すぎて削除した。


 さてさて、ちょっと失礼するが。これは小説家を目指す話ではない。イラストレーターを目指す話だ。


 閑話休題。


 モバゲーのケータイ小説は表紙をつけることができた。それを見て宗介は思った。……自分もイラストが描きたい。


 なにぶん中学二年生まで本気で漫画家を目指していた男だった。小さい頃からスポーツマンであるというだけで野球も水泳もマラソンもこなしてきたが、実際には、何になりたいか? と問われれば漫画家になりたかった。


 ……漫画家になろう。でも年齢制限がある。今からじゃかなり厳しい。


 宗介にはブランクがあった。高校生になって一度も絵を描いていなかった。


 だからイラストレーターになることにした。


 モバゲーで、自分で書いたケータイ小説に自分で描いたイラストをつけるのだ。


 宗介は将来、イラストレーターになることを決めた。

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