第四十九話 思いふける


 その日の夜。


 お祭りは夜が本番だと、村の人々は意気込んで盛り上がっていた。

 どうやらこの収穫祭は、昼は静かに露店などを出し、夜は盛大な宴を開くようだ。

 私が最後に見たゼルギウスさんなんか顔が既に真っ赤で、呂律が回ってはいなかった。確実に飲み過ぎでしょう。

 大騒ぎをしている町の中心部の端のベンチで、私は木で作られたコップでリンゴの味がするジュースをちびちびと飲んでいる。

 今日はお酒を飲む気分ではなかったので、大人しくジュースにした。

 ここにくる前に、自分の限界まで飲んだからね。もう失態は見せたくないし。

 行事が一段落してから再会したツバサさんは「これからが大変なんです」と頭を抱えて、また人ごみの中へと消えて行った。

 多分、この宴の警備とかそんな事をやっているに違いない。

 メイドさんたちは、私の為にいくつか食べ物を見繕ってくるといって行ってしまった。

 セイゴさんは、あの行事を見てから会ってはいない。

 ツバサさんに聞いたら「きっと面倒な事が終わったからと、どこかで油を売っているんですよ」と笑顔で言っていた。

 あれ、確実に怒ってる。背中に黒いオーラが見えた。

 宴の中でたくさんの音楽が鳴り、人々は踊る。皆の顔はもちろん、笑顔に包まれていた。


「楽しそうだなぁ」


 しみじみと思う。ここの人たちは本当に幸せそうで、楽しそうに暮らしている事が今日の一日でよくわかった。


 そんな表情を見てると思い出すのが、私の周囲の人たち。

 まぁ会社の人なんだけど。


 家族と一緒にいるよりも、会社で過ごす時間の方がとてつもなく長かった。

 今思うと、かなりのブラック会社だったな。残業代も無かった訳だし。

 だけど先輩方優しかった、上司も嫌ではなかったし。給料は少なかったけど、充実してたと思うし。

 あと、年に数回やった飲み会も楽しかったような気がする。

 どんどん辞めて減っていく人たちをみて、私もヤバいのかなとか思ってたけど、どこかでまだ大丈夫だろうとか勝手に思い込んでいた。

 結局は皆バラバラ。いや、バラバラにさせたのは横領した人のせいだけれども。

 もうあの世界に戻っても無職で、次の仕事を探さなければならない。

 未だにそういう事を思い出すのは、会社依存症って奴なのだろうか。

 先輩方の笑顔が思い浮かぶ。


 あぁ、私、倒産って言われて悲しかったんだな。

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