第四十八話 それは対照的な


 真っ暗な視界の中でセイゴさんが発した言葉の通りに、嫌な事とかを思い出してみる。

 思いつくのは、やはりやめさせられた会社の事。

 あぁ、こう考えると辛かったし悲しかったな。

 だんだん心が重くなっていくのを感じていると、突然その気持ちがすっと軽くなる感覚を覚えた。

 いままで感じた事のない感覚に、咄嗟に目をあける。なんだ、この不思議な感覚は。

 気持ちがふわふわ浮いた様に軽くて、今まで悩んでいたのが嘘だったかの様。

 胸元に手を当てて、確かめる様に摩る。

 これが、神獣の力なのだろうか。私は信じられなくて、視線を神獣にうつした。

 そこには、村人たちの方を向きながら口を開け続けている怒哀の神獣が、何かを飲み込んでいる姿があった。

 私の目には、黒い霧のようなものが次々と怒哀の神獣の口へと入っていっているように見えた。

 あれが厄や悲しみといった感情なのだろうか。

 食べてもらっている姿も怖いが、これが村の人たちにとってはありがたいしきたりで、嬉しい事なのだ。

 気持ちが軽くなるこの感覚は嫌ではない。寧ろありがたいと思うほどのものだ。

 でも、私には今目の前で起きている光景が、なぜか悲しいもののように思えた。


 そう思ったのは一体なぜなのか。


 答えはとても簡単だった。


 食べ続けている怒哀の神獣を見続けている、セイゴさんの姿。


 まるで感情がこもっていないかの様にただ見続ける無表情なその顔が、私には泣いている様に見えて仕方なかった。


「怖がらないであげて」


 今にも泣き出しそうなフゥの顔が浮かぶ。

 彼女の言葉は、この神獣のことを言っていたのだろう。

 ごめんなさい。一瞬でもこの神獣を怖がってしまった。

 でも、もう恐怖なんかなかった。

 セイゴさんのあんな顔を見てしまったから。


 そして、神獣はひとしきり食べ終わったのか口を閉じると、まるで空気に解けるかの様に消えて行った。

 セイゴさんはそれを確認すると、剣を鞘に納めてなにかを祈る様に目を閉じると、そのまま舞台袖へと去って行ってしまった。

 その後入れ替わる様に舞台に一人の人が現れて、しきたりの終わりを告げる。

 またざわざわと皆が騒ぎ始めて嬉しそうに話す者や、子供たちは恐怖がとれないのか親の服にしがみついている者もいる。

 ものの数分の事ではあったが、不思議な経験をした事には間違いなかった。


「行事はこれで終わりです。御手洗様、この後はいかがしますか?」


 目を開けたレオナさんが私に笑顔で話しかけて来ているが、私はその場から一歩も動く事なくそのまま舞台を見続けていた。

 一瞬にして現れ、すぐに去って行った神獣。その存在はもちろん気になる。


 でも、今の私の頭にはセイゴさんのあの表情がこびりついて離れなかった。

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