第43話 継承

 健作が地獄の様な訓練に耐えている頃、十魔子は実家の山の中で草を刈っていた。


 制服をジャージに着替え、大きな籠を背負って、鎌を片手に慣れた手つきで草を刈っては籠に放り込んでいく。もう籠は満杯に近い。


 すぐ近くにモンペ姿の竜見千鶴子が麦わら帽子を被って同じ作業をしている。


「さてと。十魔子、そろそろあがりましょうか」


「うん、わかった」


 母娘は2人、連れ立って山を登る。


「それで、お母さん。切り裂きジャックの件はどうなったの?」


 十魔子は単刀直入に尋ねた。切り裂きジャックとは、先週この山に送り込まれた殺人人形である。幸い、健作の活躍で事なきを得たが、送り込んできた何者かがわからなければ安心できない。


「あぁ、あれね。あの調査はロンドンの友達に頼んだわ。進展があったら連絡が来るでしょ」


 千鶴子はあっけらかんとしている。まるで他人事の様だ。


「そんな呑気にしてていいの?」


「十魔子、悪者のやることにいちいちピリピリしてたら神経がもたないわよ。もっと泰然としていなきゃ」


「それは、そうかもしれないけど……」


 そうしてる間に家につき、選別作業に入る。刈り取った草や花を種類別に分けるのだ。


 十魔子も千鶴子も息をする様に籠の中身を分けていく。


「それで、健作さんとは付き合うことにしたの?」


「うぇ!?」


 十魔子の手の中の草花の束が選別済みの草花の上に滑り落ちた。


「あーもう! お母さんが変なこと言うから混ざっちゃったじゃん!」


 十魔子は慌てて選別をやり直す。


「別に変なことじゃないでしょ? もしかしたら娘の伴侶になるかもしれないんだから、気にして当然じゃない」


「伴侶って……。とにかく! 異界造りが終わるまではそういう浮ついたのはなし! 健作くんにもそう伝えた。ただ……」


 十魔子の手が止まり、頬が微かに赤くなっていく。


「ただ?」


「返事は異界造りが終わってからって。なぜかそういう事になっちゃった。いつの間にか一緒に異界造りをやるって話になっちゃってるし……」


「あら、謙虚に見せかけて結構強引なのね。まぁ、分霊人てそういうとこあるから」


「そうなの?」


「そうよ。自然界を見てごらんなさい。オス達はメスに自分の子を産んでもらうために命懸けよ。何もしないオスは子孫を残せないの。そういうのを無意識にわかってるから、分霊人は恋愛に積極的なのよ。曖昧な態度はYESと同じ。その分、はっきりNOを突きつければ、あっさり諦めてくれるわ。嫌いなら嫌いってはっきり言うのが思いやりよ」


「別に嫌いってわけじゃ……。今は仕事に集中したいってだけで……」


 十魔子は指先で花をくるくると回す。


 その様を見て、千鶴子は肩を竦めた。


「あなたって面倒な性分してるわね。お父さんにそっくり」


「そ、そうかな?」


 十魔子は恥ずかし気に微笑んだ。

「別に褒めたつもりじゃなかったんだけど。それで、その仕事の方はどうなの? 悪魔がばらまいた穢れ、まだ残ってるんでしょ?」


「あ、それはもう終わった」


 十魔子はこの一週間の活動を、選別作業を続けながら千鶴子に話した。


「まぁ、一日一回が限度だった作業が、場合によっては二回できるようになったってだけだけどさ、そのおかげで穢れは一通り取り除けた」


 十魔子の人霊術で穢れの除くには、大量の霊気をぶつけて洗い流すしかない。そのため、必然的に消耗が大きくなる。


 今までは、帰宅時の体力や不測の事態に備え、一日に教室一つの穢れを洗い流すのが限度だったが、健作がサポートするようになってからはそれらの負担が減り、広さによっては一日に二つの教室の穢れを払えるようになったのである。


「あら、じゃあ随分助かっているのね」


「う、うん。まぁね」


 選別作業は一通り終わり、二人は居間でお茶をしている。


「それで、お母さん」


 十魔子は決意のこもった目を千鶴子に向けた。


「ん?」


「例のサイト。私も登録していいかな?」


「……」


 千鶴子は目を細めて茶をすすった。


「どういう風の吹き回し? お金が必要なら仕送りを―」


「そういうんじゃない。私なりにけじめをつけたいだけ」


 十魔子と千鶴子の視線がぶつかり、互いに譲らない。


「……けじめか。あなたって、お父さんに似て面倒な生き方するわよね」


 千鶴子は煎餅を手に取り、バリボリと貪る。


「ま、いいわよ。ちょっと早いと思うけど、ここで断っても、あなた勝手に登録するでしょうからね」


 千鶴子はスマホを取り出した。


「……ごめん」


 十魔子は目を伏せ、自身もスマホを取り出す。


「ただし、条件があるわ」


 千鶴子はニッとほほ笑んだ。

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