第44話 帰り道

 すっかり日も暮れた道場からの帰り道。


 街灯が照らす道を辿るように、健作と十魔子が連れ立って歩いている。


「お義母さんは元気だった? また変な人形が送られてたりしない?」


「まぁ、大丈夫でしょ。あんな人形ごときにどうこうされるお母さんじゃないんだから。送り主の調査はイギリスの魔術師に依頼したって。しばらくは報告街でしょうね。それは、まぁいいとしてさ……」


「ん?」


「なんで私のお母さんをあなたがお母さんと呼ぶわけ? あなたのお母さまはご健在なんだから、そういうの変じゃない?」


「変じゃないよ。義理のお母さんて意味で呼んでるんだから」


「なお悪いわ! なに、そういう意味だったの?」


「うん」


 健作は当然のように答えた。


「……」


 十魔子は眉間を押さえる。


「あ、いやなら十魔子さんのお母さんという意味で、お母さんと呼ぶけど……」


「同じに聞こえるんだから意味ないでしょうが!」


「わ、わかった。じゃあこうしよう。俺の母さんは母さんと呼ぶけど、十魔子さんのお母さんは、お義母様って呼ぶと―」


「もう好きにして。あなたと話してると疲れる」


「うっ、ごめん……」


 健作は目に見えて申し訳なさそうに縮こまってしまった。


 その様を見て、十魔子の心が少しだけ痛む。スマホを取り出し、千鶴子から教えてもらったサイトを開く。これをどう切り出すべきか。


「十魔子さん、歩きスマホはよくないよ?」


「え? あぁ、そうね」


 十魔子は電柱に寄りかかり、スマホの画面を見つめる。


「どしたの? ソシャゲのログインボーナス? それとも動画でもY〇UTUBEでも見てるの?」


「そんなんじゃないわよ。魔術師に仕事を紹介するサイトをみてるの!」


「へ~、そんなのがあるの。結構デジタル化が進んでるんだね」


「まぁね」


 十魔子のスマホに飾り気のない個人情報登録ページが表示されている。


 このサイトにはアドレス入力等の普通の方法ではたどり着くことができず、既登録者にURLを送ってもらう事で開くことができ、それがそのまま紹介という形になる。


 これを教えてもらうために十魔子は実家に帰ったのだ。


 千鶴子はURLを送るにあたって条件を出した。


×   ×   ×


「ちょっと待ってよ。なんで健作君が出てくるのよ!?」


 山小屋の中で、十魔子はちゃぶ台を叩いた。


「なんでと言われれば言うけど、あなた危なっかしいのよ。健作さんと一緒にやるのなら、このサイトに紹介してもいいわ」


 千鶴子がスマホを掲げながら冷静な口調で言った。


「危なっかしいって……。自分の娘が信用できないの!?」


「自分の娘だからわかってるのよ。頑固でクソ真面目で融通が利かない。そのうえ意地っ張りで怒りっぽいときた。まったく、私とお父さんの欠点を全部受け継いじゃってるわね。本当は自分でもわかってるんでしょ? 生きづらい性分しているって」


「それは……」


 思いあたる節はいくつもある。十魔子は反論できなかった。


「そのかたくなさは魔術師の力の源だけど、行き過ぎれば弱点になるわ。悪魔にとってはつけ入る隙でしかないのよ。わかるでしょ?」


「うぅ……」


「まぁ、健作さんがあなたの欠点を補えるかどうかはわからないけど、なにがなんでもあなたを守るという決意は知ってる。彼と一緒にやるんなら、私も安心して紹介できるんだけどな~」


 千鶴子は年甲斐もなく、ぶりっ子のようなしぐさでもったいぶる。


×   ×   ×


「……まぁ、当然悪魔と戦う事態もあるし、危険も多い。断っても別に―」


「えっと、ここに名前をいれるんだね。み・つ・ば・け・ん・さ・くっと」


 いつの間にか、健作は十魔子のスマホを取り、自分の個人情報を入力している。


「ちょっと、話聞いてた!?」


 十魔子はスマホをひったくって怒鳴る。


「聞いてたよ。お義母様がそれほど俺を買ってくれてたなんて、嬉しいなぁ」


 健作はさっそくお義母様呼びをしている。そして、天にも昇るような面持ちでバレリーナの様にくるくると回る。


 その能天気な様に十魔子は大きなため息を吐き、自分もサイトに自分の情報を入れる。


 登録欄には、登録者と、そしてパートナーの項目がある。健作はパートナーの欄に自分の情報を入れていた。


「……」


 十魔子は登録ボタンを押した。


「ところで、なんでまた他の仕事したくなったん? 欲しいものでもあるの?」


「別に。ただ、異界造りの報酬を返しちゃったから、自分で稼がなきゃいけなくなっただけ」


 十魔子は包み隠さず事情を打ち明けた。これも条件のうちである。


 健作の顔から表情が消えたなくなった。


「え、どゆこと?」


「だから、生活費にするつもりだった異界造りの報酬を返したって言ってるの。確かに悪魔が居座っていたのは特殊なケースだったけど、それでもミスはミス。人ひとり巻き込んでそのままってわけにはいかないでしょ?」


 十魔子は当たり前のように淡々と述べた。特に困っているという顔ではない。


「え? 仕送りとかないの?」


「あのね。異界造りの仕事は私が勝手に受けたものなの。勝手にやった以上、負担をかけるわけにはいかないでしょ? 本当は入学費だって自分でなんとかしたかったんだから」


「……」


 健作は、大変な事態を事もなげに言う十魔子見て、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。


 いつか、この頑なな性分によって彼女は苦しめられる。いや、今まさに苦しめられているのを本人が気付いてないだけだ。


 自分がなんとかしなければならない。健作は強く思った。


「あ〜、ちなみに、異界造りは誰に依頼されたの?」


「え? 校長先生だけど?」


「ほほう……」


 健作の目が光った。

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