第26話 龍脈でGO!
エレベーターで地下深くへ下り、冷たく薄暗い通路を健作は吉田に続いて歩く。
「……あの?」
沈黙がいたたまれなくなって健作は口を開いた。
「何か?」
「いきなり押しかけて大丈夫でした?」
「ちゃんとアポイントはとったではありませんか」
「いえ、すぐに来てもいいと言われるとは思わなくて。まぁ、ゲームしてるとは思いませんでしたけど。暇なんです?」
「あれはただ遊んでいるのではありません。接待ゴルフです」
「接待ゴルフ!? え、ゲームで?」
「要はコミュニケーションですから。リアルかバーチャルかは大した問題ではないのです。お相手のプレイヤー様も、それぞれ名のある経営者たちです」
「マジですか!? 自分、何か失礼してないですかね?」
「大丈夫ですよ。若い人とお話ができて、皆さん楽しそうでしたから」
「そうですか。それならいいんですけど……。それにしても、魔術に業界とかあったんですね。初めて知りました」
「まぁ、普通に生活する分には関わりのない世界ですからね。ですが、一定以上の財力と権力を持つとその限りではありません。権謀術数渦巻く権力の世界では呪ったり呪われたりが日常茶飯事です」
「呪いって……。い、今時そんなことをするんですか!?」
「むしろ、科学が充分に発達して、それ以外の価値観が失われている今だからこそ需要があるのだと思いますよ。呪いで人を殺しても、法律では裁けませんからね。地獄には落ちますけど」
「地獄の方がヤバイじゃないですか!?」
「よく考えればそうですが、しかし、悪人というのは後の事を考えませんからね。冷静に考えればアホみたいな事を平気で実行する。この世界に入ったら、そういう人達とも相手しなければなりません。それでもやりますか?」
廊下の突き当たり、ポツンと備えられているドアの前に立ち止まって吉田が聞いてきた。
「や、やりますよ」
ここで引き返すわけにはいかない。
「わかりました。では、行きましょう。あ、今のうちに親御さんに連絡しておいた方がいいですよ。向こうは電話がつながりませんから」
「わ、わかりました」
健作がスマホを取り出して母に連絡してる間、吉田は胸に下げているペンダントを操作する。すると一瞬、光の膜が吉田を包んだ。その後ドアを開いた。
ドアを潜ると、目の前に光の河が流れていた。
「な、なんですか、これは!?」
「龍脈です」
「龍脈って、えっと、風水でしたっけ?」
「大地を走る霊気の流れです。これに乗って仕事場に行きます。遠いので」
「へ、へ〜……」
健作は河に目を奪われている。光の河に音はなく、眩い光でどちらに流れているかもよくわからない。
「……あの、船は?」
見渡しても周囲には船らしきものはなかった。
「まあ、落ち着いて下さい。まずこれを」
吉田が指輪を取り出して健作の指にはめた。
「サイズは合ってたみたいですね。じゃ、どうぞ飛び込んで下さい」
と、河を指し示す。
「と、飛び込む!?」
「大丈夫です。流れているのは水ではなく霊気ですから。濡れたりしませんよ」
「いや、そういう問題じゃ……」
健作が河を覗き込むが、河は光ってばかりで深いのか浅いのか、そもそも底があるのかさえわからない。
縋るような目で吉田を見るが、彼女はロボットのように無機質な顔をしていた。
「……」
恐る恐る爪先を河に浸ける。その時!
「うわ!」
物凄い勢いで足が持っていかれて、バランスを崩した健作は河に落ちた。
虹色の光の中で健作はもがいていた。
水の中に落ちたように手足をばたつかせていたが、やがて息ができると分かると落ち着いて周りを見る事ができた。
不思議な感覚だった。初めて来る場所なのに、どこか懐かしいような、妙な安らぎを感じる。
周りでは様々な色の光が行ったり来たりして、自分からどちらに流れているのか、そもそも流れているのか止まっているのかもわからない。
が、観察する暇もなく指輪が反応して上に引っ張られ、そのまま飛び出した。
「うわぁ!」
思いの外勢いよく飛び出し、宙を舞う健作。なんとか体勢を整えて着地する。
そこは、来た時と似たようなコンクリートの岸だった。
「……吉田さん?」
呼びかけてみるが返事はない。
目の前の空間が水面のような波紋を描いている。異界の出入口だ。指輪はその方向へ微かに引っ張られている。
健作は、先日の十魔子がやったように波紋の中に手を入れてみる。
「おっ!」
波紋の中に手が吸い込まれた。手首から先が綺麗に切断されたように見える。なんとも不思議な感覚だ。
「おっ、おっ、おっ!」
そのまま腕から肩を入れ、全身を潜らせる。
「うっ!」
異界から出た瞬間、猛烈な異臭が鼻を刺した。それもそのはずで、出た先は下水道だったのだ。
猛烈な悪臭に頭がくらくらする。
ちょうど目の前に梯子があり、健作はなるべく息をしないようにしてその梯子をよじ登り、蓋を持ち上げた。
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