第25話 会員 三葉健作

「と、言うわけなんですよ。潮田さん」


 翌日の放課後、健作は霊障被害者の会に赴いた。


「と、言うわけなんです。とか言われてもねぇ」


 霊障被害者の会会長にして、大企業潮田コーポレーションの社長の潮田誠ゴルフゲームに勤しんでいた。


 大きく振りかぶってショットを打つと、壁を覆わんばかりの巨大なのモニターの中でゴルフボールが放物線を描き、グリーンの中に落ちた。


『『『ナイスショット』』』


 画面の中、アイコンで表示されている他のプレイヤーたちが賛辞を送る。


「な、ナイスショット」


 健作も釣られて呟く。


「話を整理すると、君はマレビトとして活動したいが、十魔子君に反対されていると。そういうことだね?」


「は、はい。……マレビト?」


 聴き慣れない単語を聞き返す。


「あぁ、魔術業界に携わる人を総称してマレビトと呼ぶ事にしたんだ。分霊人て広い意味じゃ魔術師だけど、狭い意味じゃやっぱり違うからね。それに、魔術が使えない人もこの業界には結構いるし」


「え、それでどうやって悪魔と戦うんですか!?」


『いやいや、それは視野が狭いというものだよ君ぃ』


 アイコンの一人が話に入ってきた。


『なにも身体を張るだけが戦いじゃない。むしろ前線に立つ人間を支える為には、その数倍のリソースが必要なのだよ君ぃ』


「は、はぁ……」


『わかりやすく軍隊に例えるとだね−』


『まあまあ、そう熱くならずに』


 別のプレイヤーが助け船を出す。


『とにかく、魔術が使えなくても、魔術師を支える事で間接的に悪魔と戦ってる人達もいるって事を忘れないでって、今の人はそう言いたいのよ』


「な、なるほど……」


『ま、要は全体を見ろってこったな。マレビトは目に見えない連中を相手にするわけだし、物事を一面的にしか見れないんじゃ悪魔の思う壺だ』


 また別のプレイヤーが話に入ってきた。


「そ、そうですね」


『それにしても、好きな女の子の為に危険な世界に飛び込もうだなんて、初々しくていいわねぇ。女の子もあなたを危険に晒したくなくて反対する。この互いを想うが故のすれ違い。昔を思い出すわ〜』


『なまぬるい! 男が女の顔色を伺ってなんとするか!』


『ちょっと、差別的な発言は許しませんよ』


 気がつけば、他のプレイヤー達も入ってきて、健作そっちのけで井戸端会議が始まってしまった。


「ふふふ、若い子がいるおかげで皆さん楽しんでいるみたいだ」


 潮田がモニターを眺めて微笑んだ。


「え、楽しんでるんですか?」


「まぁね。話を戻そう。十魔子君の気持ちは彼女と君の問題だから置いておくとして、君がマレビトとして活動するのは可能だ」


「そ、そうですか!? やった……」


 健作が小さくガッツポーズした。


「と、言うより、君はもうマレビトなんだよ」


「ふぇ?」


 健作は素っ頓狂な声を上げて、ふと手を見る。


「あの、試験とかはないんですか?」

「マレビトに資格や試験などはないよ。あえて言うなら異界に入れる事だ。君はそれに加えて悪魔と戦ってこれを退けた。充分マレビトと呼ぶにふさわしい事だよ。これがマレビトじゃなかったら、また別の用語を考えなきゃいけなくなる」


 潮田はそう言って笑った。


「へへっ」


 健作も照れ臭そうに鼻をこする。


「まぁ、いきなり言われてもピンと来ないだろうが、どうだろう、ひとつ仕事をしてみないかな?」


 潮田は健作の向かいのソファに腰を下ろした。


「仕事ですか?」


 健作は身を硬らせる。


「そう警戒しなくていいよ。マレビトと言っても毎度毎度悪魔と命のやり取りをするってわけじゃない。本当はもっと段階を踏んで、経験を積ませてからだ。頼みたいのは、その一番最初の段階の仕事さ。どうだい?」


「そ、そりゃ、やりたいですけど、いいんですか? 自分、まだ右も左もわからないですけど……」


「だから、その右や左を教える為の仕事なのさ。やってみてから改めてマレビトをやっていくかどうか決めればいいし、それに……」


「それに?」


「いわゆる既成事実を作ってしまえば、十魔子君もそう強く反対出来なくなるかもしれない。いや、これはちょっと姑息かなぁ?」


「やります。いますぐ」


 健作は即答した。


「そうか、じゃあ、手配しよう」


 潮田はスマートフォンを取り出して電話をかける。


「もしもし潮田です。えぇ、すぐ始めたいと。わかりました。すぐに向かわせます」


 と、電話を切ってスマートフォンを仕舞う。


「よし、話はついた」


「何から何まですみません」


「いいんだ。この業界は慢性的に人手不足だからね。若い人が入ってくるのは歓迎すべきことだ。ひいては僕たちの為でもある。吉田君」


「はい」


 いつの間にか秘書の吉田さんが潮田の傍らに立っていた。


「彼を案内してあげてくれ」


「かしこまりました。では、三葉さん、こちらへ」


「は、はい」


 吉田さんに促されて健作は立ち上がった。


「失礼します」


 潮田とモニター画面のプレイヤーたちに頭を下げて、健作は吉田さんの後に続いて社長室をでた。


『頑張りたまえよ』


『しっかりね』


『男ならガーっといけ』


 プレイヤーたちが暖かい声援を送った。

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