第24話 両親 三葉和夫、君江

 これまでのあらすじ。


 ひょんな事から異界と呼ばれる異空間に迷い込んでしまったごく普通の高校生三葉健作は、そこに巣食う悪魔メフィストフェレスの攻撃を受けて死の淵に立たされる。その時、損傷した魂が突然変異を起こし、分霊人と呼ばれる異能者に覚醒する事で一命を取り留める。


 その後、健作は魔術師の竜見十魔子と協力してメフィストフェレスを撃退した。


 以前から十魔子の事が好きだった健作は、彼女の力になるべく、魔術師となる決意をするのだった。


「……と、言うわけなんだよ。父さん、母さん」


 健作は、スケッチブックの下手くそな絵を交えて昨日起こった事を両親に解説した。


「……」


「……」


「……」


 健作の両親、和夫と君江は唖然としながら健作を見ている。


 十魔子は健作の隣で頭を抱えている。


 ここは三葉家のダイニングキッチン。テーブルを挟んで健作たちと健作の両親が向かい合うように座っている。


「……信じられないのも無理ないけど、これはホントの事なんだよ」


 そう言いながら、スケッチブックをウエストポーチにしまう。大きなスケッチブックは、吸い込まれるようにポーチに入った。その様子を両親は食い入るように見ていた。


「……いや、まあ、疑ってるわけじゃないが……」


 健作の父、三葉和夫は、気を取り直すように咳払いをして、十魔子に向き直った。


「竜見さん、息子を助けていただいて、ありがとうございます」


 と、深く頭を下げた。母の君江もそれに習う。


「いえ、そんな! 私が不甲斐ないばかりに息子さんに大変なご迷惑を-」


「十魔子さん、それは言わない約束だろ?」

「そんな約束してない!」


「あー、その、なんだ……」


 和夫が戸惑いながら会話に割って入る。


「その、分霊人というのは、病気のようなものなんですか?」


「いえ……、病気とは違うと思います。外部からの霊的な害に対して魂が持っている抵抗力。つまり、免疫のようなものと考えていただけると、イメージが合うかと思います」


「……と、言う事は、つまり……、治らない?」


「……はい」


「そうですか……」


 和夫は椅子の背もたれに体重を預け、健作を見た。


「健作、お前、体に何か変化はあるのか?」


「あるよ。いつもより腹が減るし、夜になったらすぐ眠たくなる。あとは……」


 健作は言い淀んで十魔子をチラチラと見やり、頬を赤らめた。


「いや、これは多分関係ないな」


「……三大欲求か」


「え?」


「いや、何でもない。それで、今すぐ健作がどうこうなるという話ではないのですか?」


 和夫は十魔子に尋ねた。


「はい、幸いにも健作君は分霊術を会得している状態なので、今のままなら日常生活を送ることに支障はないはずです。余計なことをしなければ」


「余計な事て?」


 健作が他人事のように言う。


「魔術師として活動するって事! 昨日みたいに悪魔と戦って、命の危険にさらされたら本能に呑まれるのは確実でしょ。もしかしたらそうなる前に死んじゃうかもしれないのよ?」


 分霊人が本能に呑まれると、分霊獣に身体を乗っ取られ、半人半獣の怪物に変化すると言われている。世界中の神話や伝説に登場する半人半獣の怪物は、分霊人の成れの果てと言われている。


「……だそうだ。どうする健作?」


 十魔子の主張聞き、和夫が健作を見る。


「……」


 健作は姿勢を正して、真っ直ぐに和夫の目を見た。


「そりゃ、死ぬのは嫌だ。痛いのも辛いのもごめんだ。でも、十魔子さんが、好きな女の子がどこかで危ない目に遭ってるかもしれないというのに、自分だけのほほんと生活する事なんてできない!」


「ちょ、ちょっと、大声で何言ってんのよ!」


 十魔子の顔が真っ赤になる。


「……」


 和夫は厳しい目で健作を見ている。健作もまた父から目を背けない。


「……ふー」


 和夫は小さくため息を吐き、小刻みに頷いた。


「好きな人の為か……。それを言われては、男の父さんは何も言えんよ」


 それは肯定の言葉だった。健作の顔がパアっと明るくなる。


「ちょっと、話を聞いてました? 命の危険があるんですよ!?」


 十魔子が猛烈に抗議した。


「まぁ、親としては止めるべきなんでしょうけど、子供が子供なりに何かをしようという時に、親がいちいち口を出すべきではないとも思うのですよ」


「ですが……」


「それに竜見さん、あなたの親御さんだって、あなたが悪魔と戦うのを許されているのでしよう?」


「それは……」


 十魔子が言い淀んだ。


「ちょっといいかしら?」


 今まで黙っていた君江が口を割って入った。


「大事な事を聞いておきたいのだけど」


 君江は真っ直ぐに十魔子を見ている。


「なんでしょう?」


 十魔子は心の中で身構えた。腹を痛めて産んだ子が危険に晒されたのだ。非難の一つもしたいのが母親というものだろう。


「あなたは健作の事をどう思ってるの?」


「……ふぇ?」


「だから、健作に告白されたんでしょ? どう返事したの?」


「あの、えと、それは……」


 十魔子は挙動不審に辺りや健作の顔を見回す。


「そ、それはいま関係ないじゃないですか!」


「そうかしら?」


「そうですよ!」


 十魔子は誤魔化すようにお茶を飲んだ。


「ふむ」


 君江は何やら独り合点し、健作に顔を向けた。


「健作、わかってるとは思うけど自分が相手を好きだからと言って相手も自分を好きになるとは限らないからね。ふられたらキッパリと諦めること。わかった?」


 君江は健作を鋭く見据える。


 健作は目をパチクリし、十魔子と君江を交互に見て、


「え? だって、その、え? ちょ、えぇ?」

 健作は混乱したようにしどろもどろになった。どうやら、自分がフラれる可能性を考慮してなかったようだ。


「わかったの!?」


「……わかりました」


 君江にピシャリと言われ、健作は消え入るような声で答えた。


「ならいいわ。ご飯にしましょ。十魔子ちゃんも食べていきなさい」


「いや、私は……」


 十魔子の返事を待たずに君江は台所へ向かった。


 十魔子の隣で健作は頭を抱えていて、和夫は微笑みながらそれを見ていた。


 一時間後、健作と十魔子は並んで夜道を歩いていた。


 二人とも無言だった。時折どちらかが何かを話そうと口を開きかけて、結局何も言えずに黙り込む。それを繰り返して、十魔子の住むアパートの前にたどり着いた。


 今にも崩れ落ちそうなボロボロの木造アパートだ。一階の端に十魔子の部屋がある。


 十魔子が無言で鍵を開ける。


「じ、じゃあ、また明日」


 健作は絞り出すように言った。


 十魔子は振り返って健作を見る。そして、少し目を伏せ、また健作の目を見る。


「三葉君、やっぱりあなたは魔術師をやるべきじゃないと思う」


「え?」


「いいご両親じゃない。あの人たちを哀しませるような事になったら申し訳がないわ」


「それは……。でも、十魔子さんの家族はどうなんです? 心配されないんですか?」


「私はいいの!」


「……」


「とにかく、私は賛成しないから、そのつもりでね。おやすみ!」


 バタンとドアが閉まった。


「……ふむ」


 健作は顎をさすった。心配してくれるのは嬉しいが、それはこちらも同じ事だ。


 健作は一計を案じた。

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