第22話 青少年 三葉健作

 医務室は、木造りの柔らかい雰囲気の部屋だった。


 博之はベッドの上で眠っている。


 点滴が打たれ、心電図が規則的な山を形作っている。


 傍らで十魔子が椅子に座り、博之の額に手を置いて目を閉じている。


 博之の胸の上には水晶の様に透き通ったリンゴが置かれていて、包帯でがんじがらめに巻かれていて首にかけられている。


「どう、様子は?」


 健作が声をかけた。元の制服に着替え終わっている。


 十魔子は驚きもせずに健作を見た。


「なんとも言えないわね。メフィストが魂を結晶化したから下手に手を加えると、魂が破壊されてしまう。一応、まだ体と繋がってるから、少しずつ戻っていくと思うけど、いつまでかかるのか……。それに、一口齧られてたから、戻ったとしても、何らかの障害が残るかも……」


「そう……」


 健作はそれだけ呟いてから、十魔子を見た。


 相変わらず眉間に皺を寄せて、苦虫を噛み潰したような顔をして博之をしている。自分を責めているのだ。博之の事も自分に責任があると思っている。そんな顔をしていた。


 健作はいたたまれない気持ちになった。彼女の悩みや苦しみ、背負っている重みを少しでも支えたい。そう思わずにはいられなかった。


「あー、その……」


「なに?」


「少し休んだら? つかれてるでしょ?」


 実際、十魔子は目に見えて憔悴していた。目の下の隈をはじめ、何日も徹夜をしたような顔だ。メフィストとの戦いで霊気を使いすぎたのが原因だろう。


「私は平気」


 と、気丈にふるまう。その強い責任感も愛おしいと思うが、しかし、それが彼女を押しつぶそうとしている。ならば、


「ちょっと来て」


 健作はいきなり十魔子の腕を掴んで、医務室から出る。


「ちょ、ちょっと!?」


 戻ろうとする十魔子を引っ張り、廊下の突き当りにあるラウンジまで歩く。ここへ来る途中で見定めておいたのだ。


 休憩スペースとして設けられたそうだが、今は誰もいない。


 健作は椅子の一つに十魔子を座らせて、同じく据え付けられていた自販機に向かう。


「なにのむ? ココア?」


「いや、いいわよ、そんな―」


「ココアでいいね」


 健作は手早く自販機に金を入れ、ボタンを押す。紙コップが出てきて熱いココアが注がれる。


「はい、熱いから気を付けて」


 十魔子の前にココアを置く。十魔子は戸惑いながらコップと健作を交互に見たあと、


「……あ、ありがと」


 そう言って、紙コップを手に取り、ズズッと飲んだ。


 健作はそれを見て安心したように微笑むと、窓枠に立って外を眺める。夕日が差し込んで目に眩しい。


「……三葉君、あなたにはとても助けられました。なんとお礼を言っていいのかわかりません」


 背後で十魔子が礼を言う。


「今日は大変な目に遭いましたけど、明日からは今まで通り。……いえ、今まで通りってわけにはいかないでしょうけど、それでも平和で安全な生活に戻れますよ」


「……竜見さんはどうするの?」


 健作は振り返って尋ねた。


「私は異界造りを続けます。もう、関わり合いになることはないでしょう」


「!?」


「その方が、安全ですからね」


 十魔子は事も無げに言ったが、その目に一瞬、寂しさが通り過ぎたのを健作は見た。


 ここで黙っていたら、十魔子が遠ざかってしまう。また、幽霊の様に独りでいる彼女を遠くから眺めているよりなくなってしまう。

それは、確信ですらあった。


「……それだけどさ」


「ん?」


「俺にもそれ、手伝えないかな?」


「……」


 十魔子はキョトンとして健作を見た。


「すみません、いま、なんて?」


「だから、その異界造りってやつ。俺も協力したいんです」


「……ちょっと待ってください。自分が何を言ってるのかわかってるんですか?」


「わかってますよ。えーと、学校には霊気が溜まっていて、それを目当てで妖怪がやってくるから、いい奴を置いて、悪い奴を追い払って……。あ、確かメフィストがもう悪い奴が来てるみたいなことを―」


「そうじゃない!」 


 十魔子の怒声が廊下に響いた。


「あなた、今日どんな目に遭ったか、もう忘れたんですか? 蛇に食べられて、お腹を刺されて、死にかけたんですよ!?」


 十魔子は立ち上がって健作に詰め寄る。


「わ、わかってますよ」


「わかってない! わかってないからそういうことを言う!」


 捲し立ててから、十魔子はより深く皺を寄せた眉間を押さえる。


 そして、諭すような口ぶりで言う。


「三葉君、今回の事はあなたのせいじゃない。悪魔が友人のふりをして悪だくみをしてたからと言って、あなたが責任を感じることじゃ―」


「そ、そんなんじゃないです!」


「じゃあ、なんだというんですか!?」


 十魔子がテーブルを叩き、健作を睨みつける。


「あ、あなたが好きだからです! それじゃいけないんですか!?」


 健作の告白が廊下に響いた。


 決して、十魔子に追い詰められたからでも、ヤケになったわけでもない。目の前にいるこの女の子と共にいたい。それ以外に理由はないのだ。


「え……?」


 十魔子は唖然として健作を見ていた。


 眉間の皺は消え去り、突然の事にオタオタする普通の女の子の顔になっていた。


 数歩後ずさってキョロキョロと周りを見回す。当然、誰もいない。


 つまり、今の告白は自分に対してされた事になる。そんな、考えるまでもない事実を再確認する。


 健作はまっすぐに自分を見ている。一切の偽りを感じさせない真剣な目だ。


「……え?」


                    第一章 終わり

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