ドッペルアーツ
あらやしき
第一章 高校生 三葉健作
第1話 高校生 三葉健作
ダムダムと重い音が体育館に響く。
昼前の体育の授業、種目はバスケットボール。授業の終わりに2チームに分かれて試合をしている。
斎藤博之がドリブルを繰り返して突き進む。それを相手チームが2人掛かりで阻む。
博之のいる地点はセンターラインの内側。攻め込まれていた所をボールを取り返したばかりである。
手近なチームメイトは皆マークされていて、ここでボールを取られたら確実に点を取られるだろう。しかも現時点で0-2、こちらが負けているのだ。
「博之!」
敵陣のゴールの手前で三葉健作が叫んだ。次の瞬間、博之は大きく振りかぶってスローパス。放物線を描いて飛ぶボールを健作が受け取り、そのままレイアップシュート。授業で教わった通り、ゴールに置いてくるように放つ。
ボールはゴールネットの外周を一周したのち、ストンと内に落ちた。
「よっしゃぁ!」
健作がガッツポーズをとる。チームに2点が入り同点となる。授業はもうすぐ終わるが勝ちの目が見えてきた。
「ヘイ、健作君!」
博之が右手の拳を差し出して近づいてくる。
健作はその拳に自分の拳を合わせる。阿吽の呼吸だ。
博之は不敵に笑って自分のポジションに戻る。
ふと、健作はコートの外に目を向ける。先に授業を終わらせた女子たちが冷やかし混じりの声援を送っている。その一団から離れて、壁を背にして座っている少女が一人。
彼女の名は竜見
クラスメイト達も、まるで十魔子が存在しないかのように振舞っている。無視しているというのとは違って、まるで最初から見えていないかのような印象だ。いじめかとも思ったが、クラスの連中がそんな陰湿な事をやるようにも健作には思えなかった。かくいう健作もいまだに彼女に話しかけることができないでいるため人のことは言えないのだが。
そんなこんなで健作は、気が付くと十魔子の姿を見つけると自然と目で追う様になっていた。そうすると、胸が締め付けられるような感覚になる。
「健作くん!」
「え?」
博之の声で我に返ると、ボールが目の前に迫っていた。
「ふぎゃっ!」
昼休み。
健作は廊下沿いの飲食スペースで母が作った弁当を食べている。鼻にはティッシュが詰め込まれていて、少し血が滲んでいた。
「おーっす」
博之が両手に大量のパンと飲み物を抱えてやってきた。
「また随分買ったな。太るぞ」
「へーきへーき、僕みたいなイケメンは太らないの」
「そういう事、自分で言うか?」
健作は呆れたように微笑んだ。
斎藤博之は、自分でも言ったように端正な顔立ちをしていて、成績優秀、スポーツ万能、そして、それらをものすごく鼻にかけるが、不思議と憎めない人物で入学から一か月で学年でも一目置かれる存在となっていた。
そんな博之と健作は妙に気が合い、自然とつるむようになっていた。
「ところでさー」
「んー?」
健作は卵焼きを頬張りながら気のない返事をする。
「まーた、あの子の事を見てたんだろ?」
「ぶっ!」
思わず吹き出してしまい、博之の顔に卵焼きがかかる。
「……」
「あ、わりぃ」
博之は無言でハンカチを取り出して顔を拭う。
「君も物好きな男だねぇ。あんな根暗なまな板女のどこがいいんだか」
「うるさいな」
「それで、いつまで焦れったい事やってんのさ、とっとと告っちゃえよ!」
「またその話か」
健作が十魔子を見るようになると、博之は毎日の様に告白しろとけしかける。そう
やって冷やかしては楽しんでいるのだ。
「俺はただ気になるってだけで……、やっぱ、そうなのかなぁ……」
「きっとそうだよ。間違いない!」
「いやでも、まだ時期尚早というか……」
健作が煮え切らないでいると、博之が肩を竦めて鼻で笑う。
「やれやれ、こういう時に限ってヘタレるんだから。まるで童貞だな」
「当たり前だろ、まだ高一だぞ!」
「おいおい、そんなこと言ってたら一生童貞だよ。聞くところによると小学生が妊娠
したりさせたりする事例が最近増えてるそうじゃないか」
と言いながら、首を伸ばして廊下を見回す。
「そういうのをギャグで言ってるなら、笑えないからやめろ。……さっきから何を探してんだ?」
「お、いたいた。見てごらん」
博之に促され、彼の視線の先を見る。
そこには、眼鏡をかけて、本を抱えた三つ編みの女の子が俯き加減で歩いてきてるところだった。
「いかにも友達のいなさそうな根暗な女。竜見十魔子と同じタイプだね」
「いや待て、竜見さんは根暗というより、なんというか……孤高?」
「はいはい、日本語って便利だね。まぁ見てな。僕がお手本を見せてあげよう」
「お手本て……、なにする気だ?」
博之は立ち上がって、三つ編みの女の子に向かう。そして、彼女の進路を遮るように壁に手を突き、何やら話し込む。
しばらくして、博之は女の子の肩を抱いて健作とは逆の方に歩き出した。女の子の方も博之の肩に頭を預けている。いかにもカップルといった感じの雰囲気だ。
「おい、どこ行くんだ……」
健作の呼びかけも虚しく、二人は連れ立って階段を下りる。
「……何やってんだ、あいつ」
しばらくして、ふと校庭を見ると、博之と女子生徒が連れ立って学校を出ようとしているところだった。
「おいコラ!」
健作は二人を追って校庭に出て、博之にゲンコツを食らわせ、首根っこを掴んで引き戻した。
「まったく、なにを考えてんだお前は!」
「こんな感じに誘えば大丈夫さ。簡単だろ?」
「できるか!」
健作が怒鳴るのと同時に、昼休み終了のチャイムが鳴った。
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