第7話 アラームボイス と 和解

 うん。確かに「喉は大丈夫かな?」って心配はあるけど、それ以上に――

 どうやら俺は『この手の叫び声』に弱いらしい。

 別に鼓膜の耐久的な話ではなく、心のえの話なのですが。かなり心が萌えの歓喜に打ち震えておりますね。

 さすがに怒られるだろうから無理だけど……できることなら『アラームボイス』に採用したいくらいだ。いや、単純に今の『アラームボイス』を早急そうきゅうに取り替えたいだけなのだが?


 なお、今俺の部屋に待機している『アラームボイス』は――


『お兄ちゃんお兄ちゃん、起っきっき~♪ 寝ぼすけお兄ちゃん、起っきっき~♪ 早起きジュニアを見習って~、お兄ちゃんも一緒に立っち上がれ~♪ そうしたら私にタッチして~、迷わず私をっし上がれ~♪』


 とか言う、楽しげに紡がれる小豆の意味不明な歌なのである。いや、洗脳教材ですよね?

 うん、まぁ……歌そのものを意味不明ってことにしておこうかな。と言うより、お前の声で『こんな歌』を歌うなよ……色々と寝ぼけた頭で妄想して、お兄ちゃんを起きれなくしてどうするんだ!

 まぁ、「だったら音声を変えればいいだろ?」って話なのだが。

 いや、最初から設定されていたし俺は設定の仕方を知らないのだ。小豆に渡された目覚ましだからさ……。

 それに目覚ましを使わないって選択肢は「機嫌を損ねて起こしてもらえなくなると困る」と言う点を考慮こうりょして却下している。って、だめじゃん、俺……目覚ましの存在理由が完全にないことも含めて。 

 確かに渡されてからの数日間は、鳴った瞬間に驚いて飛び起きると速攻そっこうで消していたさ。意味はないけど消した直後に周囲をキョロキョロと見回しながら。


 だけど人間って……慣れてくると感覚が麻痺まひしちゃうんだよね。

 最近は子守唄代わりになっているアラームボイス。スヌーズ機能があるから数分間隔で奏でられ、更に少しずつ大きくなる小豆の歌。

 でも睡魔の方が勝っているようで、「……さすがにそろそろ外に音が漏れるよな……よし、次で起きるとしよう……」なんて無限ループを繰り返しているのだった。

 そんな理由で最近は戦略智耶爆撃機の襲来しゅうらいを許しているのである。

 でも、それすらも慣れてしまって……小豆空母の襲来を許してしまうことは非常に危険だから、そろそろ対策をった方がいいと思っていたところだ。まぁ、練らずに寝ていたのだが。

 いや、それ以前にアズコンである俺にとって、このアラームボイスは天ぷら油に水なので早急に対処しなければいけないのだろう。

 って、今考えても目覚ましがないので意味がないから先に進めるけどね。


「……」

「……ふふ♪」

「ん? ……ぉぉぅ……」


 こんな理由もあるから是非ぜひとも『アラームボイス』に採用したかった『あまねるの叫び声』なのだが、生憎あいにく俺には録音機器がない。いや、あっても目の前で録音なんかをしていれば確実に怒られるだろうが。

 少し残念そうな表情を浮かべている俺の視線に、師匠のウィンクが映りこむ。どうしたんだろう?

 不思議に思って師匠のことを眺めると、俺達兄妹だけへ見せるような角度で背中越しに録音機器を差し出していた。

 録音機器は起動を表すように画面が光っている。え? それって、もしや?

 俺は小さく感嘆の声を漏らす。そんな俺に軽く微笑んで小さく頷く師匠。

 ――さすがなんです、お師匠様! 一生あなたについていきます!

 そんな意味を含んだ表情で師匠を見つめ、頭を下げる俺なのであった。まぁ、別に俺に「くれる」とは言っていませんがね。あと、本当に一生ついていかれても困るだけでしょうから、やめておきますけど。

 ですが、『心の師』としては一生ついていこうと思います。


 要は優衣さん達の音声の再生を終了してから、今までの一部始終を証拠として録音しているってことなんだろう。

 仮に、ゆきのんが断罪をするのなら優衣さん達の親御おやごさん達へ突きつける証拠が必要になると思う。  

 そもそも俺達がリベンジをすることになったからと言って、俺達のリベンジに確実性はない。実際に諦めていたくらいだしさ。

 もしも彼女の断罪が実行されることになっても困らないように、師匠はいまだに録音をしていたのだろう。


 遠目から見ているだけだし、確定ではないが。彼女の持っている録音機器は小豆のと同タイプだと思う。

 つまり、USB接続でPCに繋げるってこと。

 特に師匠の表情は「あげるわね?」なんて言ってはいないのかも知れない。

 でも、それならわざわざ俺達……いや、俺に向かってアピールをする必要なんてないだろう。そんな風に希望を抱いているのだ。

 それに、彼女が『録音を切り取る技術』を持ち合わせているのかはさだかではない。俺がほしいのは彼女の叫び声だけだから。一部始終ではアラーム設定できないのです。

 だけど俺には、その手の技術がある……嘘です、見栄張ってごめんなさい。その手のツールをPCにインストール済みなのだ。つまり、あまねるの叫び声だけを切り取ることは可能なのである。

 とは言え、そこが解決したところで。

 一番の難関なんかんである、『小豆に今のアラームボイスを消してもらい、あまねるの叫び声を入れてもらうように頼む』ことが上手くいくとは思えませんがね。

 ……まぁ、今考えても「くれる」確約がないので意味がないから先に進めるけどね。



「だけど、なんで、あまねるが『ここ』にいるんだ?」

「……あら、愚問ぐもんですわね?」

「……そうだな、愚も――い、いや、ピ●モンな俺でも理解できるような答えをお願いします!」

「……」


 あまねるが落ち着くのを待ちながら、アラームボイスについて考えていた俺だったが。

 そう、別に彼女を無視して勝手に脳内で暴走をしていたのではないのだ。ほ、ほんとうだよ?

 ようやく落ち着いたらしく、自然な笑顔を浮かべながら俺を見つめている彼女。

 だから仕切りなおしをするべく……まったく同じ台詞セリフを口にしていた俺。すると概視感デジャヴとも思えるような、勝ち誇った笑みをこぼして紡がれた彼女の答え。いや、完全に俺が悪いんだけどさ。

 そんな彼女の言葉を受けて、いつぞやの小豆の着信ボイスみたいに「叫び声が聴きたいので仕切りなおして、もう一度……」なんてことが脳裏のうりぎり、思わずリプレイしようとしていたのだが。

 さすがに彼女の喉を酷使こくしさせるのは気が引けると、あわてて言い直しながら教えてもらえるように頭を下げて懇願こんがんしていた俺。あ、危ない危ない。

 うむ、決して音声が手に入るかも知れない安心からではないのだ。

 ……ないのだ。

 ……ないのだ。

 ……まさに愚問だな。先に進めよう。


 愚問ならぬピ●モン――日本を代表する特撮ヒーロー作品。

 地球上では三分間しか活動のできないヒーロー。

 でも実は、この設定……初代の撮影当初。制作会社の撮影予算的に、ヒーローと怪獣の戦闘シーンについやせる予算を逆算すると三分が限度だったらしい。

 だから三分しか活動できない設定になったのだとか。

 まぁ、シリーズ的には地球上でも三分以上活動できるヒーローが存在するらしいのだが。

 そんな苦肉の策が、逆に子供達へ完全無欠ではない弱点のあるヒーローだと思わせ「頑張れ」と応援したくなる要素を生み、作品を確固かっこたる不動の地位へと押し上げたのだと思われる……そんな国民的作品なのである。

 ピ●モンとは、そこに登場する小型怪獣。友好珍獣の名前。どうやら小学二年生程度の知能を持つらしいので、実は俺より知能が高いのかも知れないが、そこは気にしないでおこう。

 そんな俺の懇願に、あまねるはあきれたような表情で「ふぅ」と軽く息を吐き出してから説明を始める。


「小豆さんが早退されたのを知っているのですから、私がお見舞いをしない理由がないのです」

「う、うん……」

「あはははは……」


 サラッと言い切る彼女に唖然あぜんと言葉を返してから、視線を隣のお見舞いされるはずの妹に移す俺。そんな妹は苦笑いを浮かべながら乾いた笑いを奏でていた。うん、なんで俺達はここにいるんだろうね?

 

「そこで染谷に連絡して、西瓜堂でお見舞いの品を先に買っておいてもらおうとしていたのです」

「なるほど……あっ!」

「はい。買い終えて店を出ようとした時に、お兄様と透さん達が普段とは違う雰囲気で通りぎていくのを見かけたそうなのです」

「……」

「小豆さんが具合を悪くして早退しているのに、お兄様が家とは反対方向に歩いていたのを不審ふしんに思ったのでしょう。染谷はお兄様達から隠れ、通り過ぎたのちに後ろから尾行をしようとしていたらしいのです」

「そ、そっか……」


 最初の言葉に相槌あいづちを打った俺だったけど、彼女の言葉で理解した俺は驚きの声をらす。

 そんな俺の表情に満足そうな笑みを溢すと彼女は説明を続けていた。

 商店街を通り抜ける時、染谷さんに見られていたってことなのか。まぁ、向かう時は頭が一杯だったし周囲なんて何も気にしていなかったからな。

 

「ですが途中で透さんが離脱して、自分に手を振りながら歩いてきたそうなのです」

「あ、ああ……って、え?」 

 

 彼女の説明を受けて納得しかけた俺だったが、疑問の表情で声を漏らしていた。

 いや、透が途中でメンチカツを買う目的で離脱したのは知っている。

 だけど染谷さんに手を振りながら近づいた?


「どうやら、透さん達は最初から染谷に気づいていたらしいのです……染谷もまだまだですわね?」

「あはははは……」


 疑問の表情を浮かべる俺に、右手をほほに添えて呆れ顔で言い放つ彼女。

 いやいや、染谷さんは執事なのですから特に探偵スキルは必要ないのでは?

 そんな考えを含ませながら乾いた笑いを送る俺なのであった。


「そこで事情を説明してもらい、染谷は対価としてメンチカツを買ってお渡ししたそうです」


 彼女の言葉を受けて俺は、入り口で食べたメンチカツを思い出していた。

 確かに夢中で頬張ほおばっていたし、美味おいしいことには変わらないのだが、少しだけ違和感を覚えていた俺。

 うん……どうにも普段俺が買って食べている『一個税込み百三十円』もする、普通の『めんめんメンチ』よりも美味しく感じられたのだ。

 当然ながら普段の買い食いみたいに、一人で食べている時よりも「透達と一緒に食べているから美味しく感じられている」って補正を加えても、なのだ。単純に味の違いってことなのだろう。

 だけど基本俺は当然だけど、透達だって普通のメンチカツしか買わない。だから不思議に思っていたんだけどさ。

 なるほど……染谷さんが買ってくれたから。

『一個税込み二百六十円』なんて、「誰が買えるんだ! 俺達住民を敵に回す気か!」ってレベルの、『特選めんめんメンチ』だったようだ。

 一個で二個分とかナニソレ、イミワカンナイ!

 まぁ、当然文句を言えば「だったら買い食いなんてしないで小豆ちゃんのご飯を食べる為に腹すせておけ、この欠食児童!」って反論できない言葉をたまわるだろうから言わないけど。それができるなら苦労せんわっ!

 あと、確実に周囲から「可哀想かわいそうな子なのね?」なんてあわれみの表情で、貧しい家庭事情を詮索せんさくされそうだろうから言わない。

 まぁ、貧しいのはアキバと買い食いで散財している俺だけで、我が家は世間一般的に見ても言うほど貧しくないけど……あまねるの家は比較対象にならんよ? 

 と言うより冗談だ。 

 そもそも周囲の人達は我が家の経済事情が世間並みだって、全員が知っているのですよ。

 基本ご近所さんや顔なじみさん。うん、別名『小豆智耶親衛隊』の隊員さん達ですからね。

 でもそうか、道理どうりで美味しかった訳だ……って、知っていたら、もっとよく味わうんだった。反芻はんすう反芻……まぁ、もうないんですけど。 


「……ご馳走ちそう様です!」


 とにかく染谷さんのおごりだと知った俺は彼女に礼を伝えていた。本人いないし、主人だから問題ないよね。

 なお、透が勝手にリークしたことについては……俺も食べちゃったんだし、特選めんめんメンチに免じて無罪放免にしておこう。いや、お金返せって言われると困るしさ。

 そんな俺の礼に笑顔で返事をした彼女は言葉を繋ぐ。


「いえいえ♪ そして、目的地を知ることができたからと……染谷は透さんと別れて、お兄様の家へと向かい。お見舞いの品を届けてから、再度合流したのです」

「そうなんだ……」


 なるほど、一度俺の家に向かってから透達と合流したのか。だから俺は染谷さんに会わなかったんだな。

 たぶん俺が中へ入ってから到着したのだろう。

 なお、これは特に関係ないんだけど。

 お嬢様である彼女ならば、本来は「お兄様の家」ではなく「お兄様のお宅」なのかも知れないが。

 残念ながら「お兄様のオタク」は小豆と混同するから「お兄様の家」と言ってもらっている。まぁ、誰が混同するんだって話だけどね。


「それで、お兄様の家に向かう途中。ちょうど放課後になったので染谷は私へ連絡を入れてくれたのです」

「ほうほう……」

「そこで、お兄様の家で合流して、道すがら染谷から話を聞いて、そのまま一緒に参った次第であります」

「そうだったのか……納得したよ……」


 こんな感じで俺の疑問は解消されたのだ。

 いや、これを「愚問ですわね?」なんて言葉で片付けようとしていた彼女には疑問を隠せませんけど。

 まぁ、理解できたので問題はないのですがね。

 とりあえず理解できた俺は苦笑いを浮かべながら彼女に言葉を送っていたのだった。だけど。


「あれ? でも確か入ってすぐの場所にも連中の仲間がいたような?」

「あぁ、それでしたら――」


 実際に俺が中に入った時、数名のフダツキと対峙たいじしていた。

 そいつらが中に入ってきた形跡けいせきはなかったはずだし、ざっと見回したけど見当たらない……たぶん。どんな顔だったっけ?

 だから彼女が普通に入ってきたことに疑問を覚えたのだが。

 俺の疑問を理解してくれたのだろう。彼女は言葉を紡ぐと後ろを振り返る。そんな彼女の視線を追うように扉を見やる俺。


「私と透くん達で『ご理解』いただきましたよ?」

「そ、染谷さん……」

「笑顔で『道をあけてもらえますか?』って、お願いしたら……疲れていたんですかね? 急に寝ちゃったので無視して通ってきたんすよ?」

「透……って、なんで、お前らまで入ってきているんだよ!」


 すると、染谷さんが中へ入ってきながら彼女の言葉を繋いでいた。

 まぁ、彼が「私と透くん達で」と言ったので理解していたのだが。直後に透達も入ってきて、代表して透が言葉を付け足していたのだった。

 いやいや、お願いした相手は……人の言葉の通じない人外なんですよ? 駆逐くちくするしか手はないでしょうが!

 どうせ『O・HA・NA・SHI』スキルを発動させたんですよね。知っています。

 たぶん小豆を中へ入れる為なら俺も発動していたと思うし、人権問題は発生しないだろうから言及しないけど。

 なんで裏口で待機しているはずの透達まで一緒にいるんだよ?

 そんな感情を乗せた苦言を突きつけていた。すると。


「いや、だってアニキ……俺達いつまで待機しているんすかぁ?」

「ん? あ、あぁ……」

「待機しながら裏口から様子を見ていたんすけどぉ……アニキあっさりと、あずにゃん救出しちゃっているじゃないっすか?」

「お、おう……」

「それでも『もしも』を予想して待機していたのに……完全に遊んでましたよね?」

「うぐっ……」


 三人はそれぞれに呆れた顔で俺に言葉を投げかけてきた。

 紛れもないマギーさんな三人の言葉に冷や汗まじりに相槌を打つ俺。まったくもってその通りな言葉に反論の余地もございませんね。

 最後に投げかけられた歩の言葉に二の句を継げられずにいた俺。

 うん、俺がGOサインを出す予定だったのに、三人のことをすっかり忘れて遊んでいたのだった。

 そんなあせった表情を浮かべる俺に苦笑いを浮かべながら翔が言葉を紡ぐ。

 

「そもそもアニキが、あずにゃん絡みで乗り込んだ時点で完全に俺らの出番なんてないとは思っていましたけど……俺らのこと忘れていませんでした?」

「そ、そんなことはないよー」


 俺の心を完全に見透かしたような発言に、あさっての方向を向いて棒読みで否定していた俺。

 態度でバレバレなのだろう、全員が苦笑いを浮かべて俺を見つめているのだった。


「と言うより、アニキのそばにあずにゃんがいたんで、裏口にいても意味がないから移動したんすよ?」

「そ、そうだったのか……」

「その時に、雨音さんと染谷さんが到着したんで一緒に中へ入ってきたんすけど?」

「そ、そうか……」

「扉の前まで来た時に雪乃姉様の声が聞こえてきたので立ち止り、聞き耳を立てていたのです……」

「え? それって? ……と言うより、いつから?」


 透と歩の言葉に苦笑いを浮かべながら相槌を打っていた俺だったが、最後に紡がれたあまねるの言葉に疑問の声を漏らす。すると彼女は神妙な顔つきで――


「はい……『小豆さん。そして、お兄さん……お二人に――いえ、雨音を含めた三人に、この者達がしてきた数々の非礼。私の顔に免じて水に流していただけませんでしょうか?』と言ったところからですね?」


 こんなことを俺に伝えるのだった。

 それはつまり、『ある意味』最初から聞いていたってこと。それは室内にいる全員が理解しているだろう。ただし、フダツキは除く。って、全員からフダツキ連中を除外しても問題ないよな。面倒だから、もう頭数には入れないでおこう。


 彼女の言葉を聞いた瞬間、優衣さんと莉奈さんは顔を引きつらせていた。無理もないだろう。

 当然俺達を嫌っている彼女達だ。

 きっと『雨音お姉さまの為にしていること』って考えているのだろうから、自分達が間違っているなんて思ってはいないはず。ただ。

 彼女達がしてきた『数々の非礼』を。

「自分の為」だったとしても、それで誰かを傷つけることを許すはずがない。卑怯ひきょうな手段を許せるはずはない。

 彼女達だって当然あまねるの性格を知っている。だから、彼女達はあまねるに隠れて行動していたのだと思う。あまねるには知らせずに、小豆の方から離れてもらう為に――。


 つまり彼女達の行動が「お姉さまの為」だとしても、あまねるが「それを許容きょようしない」ことを知っている優衣さん達だから、顔を引きつらせていたのだろう。


「さて……」

「お、お姉さま……」


 俺達へ向けていた視線を優衣さん達へと移し、腕を組みながら彼女達に言葉を紡ぐあまねる。そんな彼女におびえた表情を浮かべる優衣さん達。


「さっきの続きなのだけれど……私の話なら信用してもらえるのかしら?」

「そ、それは……」

「あら? 私のことも信用できないってことなのかしら?」

「――ひっ! い、いえ……け、決してそのようなことは……」


 彼女達と対峙し、有無うむを言わさぬ威圧いあつを放ち、言葉を突きつけているあまねるは――


「まぁ、いいわ……ところで、お二人のリベンジを受けたのだから……当然、私の『リベンジ』も受けてくれるわよね?」 

「え?」


 彼女達に向かい、『リベンジ』を申し出るのであった。

 あまねるの言葉に驚きの表情を見せる俺と女性陣。だけど、そんな表情など気にせずに。


「……よろしいですわよね、姉様?」


 ゆきのんに顔を向けて言葉を紡いでいた彼女。


「……ええ、貴方あなたの好きになさい?」

「ありがとうございます……」


 言葉を受けた彼女は、優しい微笑みを浮かべてあまねるに了承していた。そんな彼女に微笑み、軽く頭を下げて礼を述べるあまねるなのだった。

 別に「相手が妹だから」とかじゃないのだろう。

 相手が……今回の幕引きにおいて『最大限に効力が発揮できる』相手だから、ゆきのんも即答したのだと思う。


「それでは……」

「――ひぃっ! ……え?」


 リベンジの了承を得た彼女は、優衣さん達の前に歩み出る。そんな彼女に俺達の時以上の恐怖を抱いているように見える優衣さん達。

 だけど次の瞬間、少しずつ彼女達の表情が夢でも見ているような、信じられないものを見ているような顔つきに変わっていく。

 あまねるを目で追っていた俺と小豆は、最初見上げていた彼女のことを少しずつ視線を落としながら――そして最終的には正面を見つめながら、優衣さん達と同じように表情を変化させていた。

 俺達兄妹はリベンジの体勢を崩していない。つまり未だに地面に正座をしたままってこと。そんな俺達と最終的に目線が合った彼女。

 そう、あまねるは俺達同様、それが自然だと言わんばかりに俺の横に正座をしているのだった。



「すぅ、はぁ……今までの無礼、お詫びいたします。申し訳ありませんでした」

「――え?」

「……」

「……くすっ……」

  

 地面に両手を突いて、軽く深呼吸をした彼女は優衣さん達に向かって謝罪をしながら頭を下げる。そんな彼女の言動に困惑の表情を浮かべる優衣さん達。

 言葉を言い切り、おもむろに頭を上げた彼女を呆然と見つめる俺と小豆。

 そんな視線に気づいたのだろう。俺達の方へと視線を移して微笑みを与えた彼女は、再び正面を見据えて真剣な顔つきになる。


「元はと言えば、私が優衣と莉奈……それに奏空達から遠ざかったのが原因です。もちろん、お兄様と小豆さんに救っていただいたのは事実ですし、私がお二人に近づきたかったから一緒の時間を作ったのも事実です」

「……」

「ですが……それと同時に『貴方達に裏切られた』と……」

「――ッ!」

「……いいえ? 『私自身の間違い』に気づかされ、少し貴方達との接し方に戸惑いを覚えて、距離を置いたのも事実なのです……」


 彼女の言葉を呆然と聞いていた優衣さん達だったけど、彼女の「貴方達に裏切られた」と言う言葉に表情を曇らせる。

 そんな彼女達に優しく微笑みを送り、言い直していた彼女。だけどすぐに表情を戻して言葉を繋ぐ。


「結局、私の接し方が貴方達との溝を……そうね、『力による支配』を作っていたのだと感じたのです」

「い、いえ、そのようなことは決して――」

「……」

「――ッ!」

「いいのよ、本当のことだもの。私自身のそれまでの行動が……『あの時』の結果を生み出したのだと自覚しているのです。忸怩じくじたる思いでいるのは事実なのよ?」

「……」


 彼女の言葉を受けて、困惑の表情で否定をしようとしていた奏空さん。

 そんな彼女に瞳を閉じて自嘲じちょうぎみに小さく笑って首を横に振っていた彼女。その仕草に奏空さんは言葉を失う。

 目を開けると、そのままの表情で言葉を繋ぐ彼女。

 あの時の結果――不良に囲まれた自分を置いて逃げたこと。その事実すらも、自分がいた種だったと自覚していると、彼女は言いたかったのだろう。

 彼女に『こんなこと』を言わせて平気な女性陣などいない。そして、俺や透達と染谷さんだって同じこと。彼女の言葉に、全員が悲痛の表情を浮かび上がらせながら彼女を見つめているのだった。


「私は、あの後……貴方達と壁を作りたかったのではないの。ただ、それまでのような接し方はできない……いえ、してはいけないのだと理解していた。でも……どうすれば距離を近づけることができるのかが、あの頃の私にはわからなかった。当たり前よね? ずっと、そんなことを考えなくても貴方達が傍にいたのだから……。それが当然だなんておごりがあったのだから……」

「お姉さま……」


 言葉紡いでいた彼女は俯いてしまい、そこで言葉が途切れる。そんな彼女に優衣さんが悲愴の面持ちで声をかけていた。

 彼女の言葉を受けて、おもむろに顔を上げたあまねるは再び言葉を紡ぎ始める。


「だから私は……私を救っていただいたお兄様と小豆さんに『人としての強さと優しさ。すべてを許せる心』を学び、少しでもお二人に近づけるように努力をして……その上で、私は貴方達と再び……いいえ。本当の意味で正面から向き合いたいと願っているのよ?」

「――ッ!」

「もちろん、今までのような関係ではなく……対等な立場の『友人』として、ね?」

「……」


 彼女の言葉に、驚きの表情を浮かべる優衣さん達。そんな彼女達に微笑みながら、あまねるは言葉を付け足していた。その言葉を受けて、色々な感情が混ざり合ったような表情を浮かべる彼女達。

 あまねるの言葉を聞いていた俺は、「彼女のことを何も考えてやれていなかったんだな?」と深く反省しながら彼女を見つめていたのだった。


 俺はずっと、あまねるは小豆の為に恵美名高校に入学したのだと思っていた。いや、その気持ちは彼女の言動で十分に伝わってきている。だから小豆の為なのは間違いないのだとは思う。でも同時に。

 優衣さん達と「もう一度向き合う為」に、彼女は恵美名高校に入学したのかも知れない。

 近くにいれば、どうしてもわだかまりの感情が自分の気持ちを邪魔するのだろう。

 一旦距離を置くことも必要なのかも知れない。冷静にかえりみることも、向き合うことには重要なのだと……経験上実感している俺。だから彼女は恵美名高校に入学することを決意したのだろう。


 そして、あの日……俺の痛みを受け取ろうとしていた彼女。

 あれは罪を償う意味の他に――

 自分なりの踏ん切り。優衣さん達と必ず向き合える自分になる為に、俺に活を入れてほしかったのかも知れない。

 だからこそ、あれだけの感情をあらわにしていたのかも知れない。

 俺に……優衣さん達の影も重ねていたのだろうから――。


 だけど俺は自分の為に彼女の願いを拒んでいた。活を入れなかった。痛みを与えられなかった。

 あの場では納得してくれていた彼女だったけど、何も心境的には変わらなかったのだろう。そのまま卒業して距離を置いた、あまねると彼女達。

 それは自分できびすを返したのではなく、引き離されたようなものだろう。

 これもまた、俺達兄妹の贖罪なのだと思う。

 俺達が、小豆とあまねるが仲直りをした直後に、優衣さん達とも解決できるように努力をしていれば……こんなことで、あまねるや彼女達が悩む必要もなかったのだから。


 それに、あまねるは俺達兄妹に「救っていただいた」と言っていた。

『人としての強さと優しさ。すべてを許せる心』を学んでいると言っていたのだが、それはきっと小豆のことなんだと思う。

 彼女の優しさで『俺のことも加えてくれているだけ』なのだと言うことは自覚している。

 俺は彼女を救ってやれなかった。

 強さも優しさも心も、何一つ教えてあげられるものがないことは理解している。いや、そんな偉そうなことを俺が言える訳がないよな。逆だ逆。

 ずっと俺は、あまねる……それに小豆や香さん。周りにいる全員から教わっているんだ。

 強さも優しさも心も、全部色んな人達から教わっている。そんな人達に近づこうと努力しているんだ。

 そう、俺は何も彼女に与えてなんかいない。俺が彼女に与えてもらっていること。

 だから彼女に『人としての強さと優しさ。すべてを許せる心』を与えているのは小豆一人なんだと思っている。

 俺はただ、二人に追いつきたくて必死に二人の真似をしているに過ぎない。二人に憧れてすがっているだけなのだろう。

 それ自体が「みっともない」とか「情けない」とは思っていないけれど。


 ――結局俺では何も二人の力になれなかったんだ。

 俺が解決できることなんて何もなかったんだな。

 偉そうに出向いたところで、結局二人に頼るしかなかったんだ。

 ごめんな、二人とも……お兄ちゃん失格だよな。

 そんな自責の念が芽生えているのだった。


 あまねるは微笑みを悲愴の表情に変えて言葉を繋いでいた。


「でも……結局私は何も行動に移せなかった。そんな踏み出せずにいた空白の時間が、貴方達との距離を更にゆがませていた。貴方達を苦しめていた……それも敵意を私へではなく、お兄様と小豆さんへと向けさせてしまっていた。――私のせいで全員を苦しめていたのっ!」

「――ッ! ……」

「あまねる……」

「雨音ちゃん……」


 彼女の悲痛の叫びに驚いた優衣さん達は彼女と同じような表情を浮かべている。

 隣にいる俺と小豆も同じような表情で彼女を見つめていた。


「だから――ごめんなさい! 私が臆病おくびょうだったから、おろかだったから、貴方達とちゃんと向き合っていなかったから招いたこと……全部私の責任なんです。私が悪いんです!」

「――ッ! ……」

「信じてもらえないかも知れないけれど、許してもらえないかも知れないけど……」

「そ、そんなことはありま――」

「私は貴方達と、友達に、なりたい、の、です……昔、みた、いに……話が、したい、の、で、す……ぅ、ぅ、ぅぅ……」

「お姉、さ、ま……」

「お、姉、さま……」


 突然地面に両手を突いて土下座をしながら言葉を紡いでいたあまねる。そんな彼女に驚く優衣さん達。

 顔を上げると真摯しんしに彼女達を見据えて、あまねるは言葉を繋ぐ。彼女の言葉に困惑の表情で否定をしようとしていた優衣さんだったが。

 彼女の言葉を遮り、あまねるは自分の本心を伝える。だけど上手く言葉を紡げず。

 途切れ途切れになりながらも紡ぎ終えると、固く瞳を閉じて嗚咽を漏らす彼女。

 そんな彼女にフラフラと近づきながら声をかける、優衣さんと莉奈さんの姿が映し出される。


「……」


 俺は天井を見上げる。いや、こうすれば心の汗がこぼれないから、さ……。

 見なくても理解できること。そう、近づいてきていた優衣さん達の表情が、すべてを物語っているのだから――。

 俺は心の中で「負けました……」といさぎよく、あまねるに負けを認めていた。

 そんな俺を気遣きづかっているのだろう、袖をギュッと握ってくる小豆。妹の優しさに感謝の意味を込めて、反対の手で小豆の手を包み込んでいたのだった。

 まぁ、最初から理解していたけどさ。こうなることくらい、な。


 ――いや、将棋は門外漢もんがいかん。その道のスキルや知識がないこと。

 つまり、『からっきし』なもんで何手先までも見通せるような「こうこうこうこう……」なんて体を前後に揺らしながら覚醒モードに入れる天才少女には遠く足元にも及ばない凡人な俺。

 別に全部展開を読んでいた訳でもないし、決まり手を理解していたのでもない。うん、実際に彼女が土下座をするとは思っていなかったし。


 ただ……あまねるがリベンジを申し出た時点で『既に解決していた』ってことさ。

 どんなリベンジだろうとも、彼女が実行すれば解決するって信じていた。それだけの話だ。

 俺や小豆では到底太刀打ちできない、絶対的な信頼を優衣さん達から得ている彼女。敵意ではなく敬意を向けられている彼女。

 俺達兄妹が、どんなに頑張って北風や太陽を与えたところで、彼女の熱風の前では何も意味を成さないってこと。そして。

 俺の知っている彼女なら、まず間違いなく『優衣さん達の不利益になるようなことはしない』と思っていた。

 お為ごかしなリベンジはしない。必ず優衣さん達のことを考えている。そう信じていた。

 そんな彼女からのリベンジに、優衣さん達が反論なんてしない。必ず彼女の想いは届くと思っていた。

 だから「全部、終わったんだな……」と、感傷に浸って心がゆるんだのだと思う。


 そう、俺が天井を見上げた理由――それは胸の中の色々な感情が溢れそうになっていたから。

 俺達三人と優衣さん達の今までの苦労が報われること。完全に柵が断ち切れることへの喜び。これで全員が笑って生活できることへの安堵感。いや、それ以前に――

 確実に展開することを確信している『ハイライトシーン』を前に、俺は絶対に抗うことができないだろうから天井を見上げていたのだった。

 

「お姉さま、ごめんなさい……お姉さまに避けられていることが、辛くて苦しくて。それでも……あの時逃げ出していた私達を蔑んでいるのだと、恨んでいるのだと思って、自分達からは恐くて近づくことができなくて……。どうにもできない気持ちが余計に腹立たしくて……他人へ八つ当たりをしていたのです」

「自分達が怯えて何も行動できないでいただけなのを理解していても、お姉さまが離れていく事実だけが私達に襲い掛かってくるようで……苛立ちを誰かに向けていないと自分が壊れてしまいそうだったのです……ごめんなさい、お姉さま」

「だから私達は……霧ヶ峰さん達に敵意を向けることで、自分達の不甲斐なさを見ないようにしていたのです」

「それがいつしか私達が悪いのではなく、霧ヶ峰さん達が悪いのだと……二人を遠ざけないと、お姉さまに近づくこともできないのだと……責任転嫁な錯覚をしてしまったのです……」


 やはり、天井を見上げていて正解だったな。

 フラフラと近づいていた優衣さんと莉奈さんは、あまねるの前で膝を突く。そして。

 せきを切ったように胸襟きょうきんを開いていた。胸襟を開くとは、隠すことなく思いを打ち明けるって意味。


「そう……そうだったのね? ……二人とも、苦しい想いをさせてしまって、ごめんなさいね?」

「――お姉さまのせいじゃありません。悪いのは私達なのです。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさ……うわぁぁぁぁああああん……」


 そんな風に打ち明けた二人を、優しい微笑みを浮かべて頭を軽く撫でる彼女。そして申し訳なさそうに謝罪を口にしていた。

 彼女の言葉を受けた二人は驚いた表情を浮かべてシンクロするように言葉を紡ぐと、彼女の胸に飛び込んで謝罪をする。

 それでも悲しみに似た感情が彼女達の心を渦巻いていたのだろう。言葉を最後まで言い切れず、ついには泣き出してしまっていた。

 そんな二人の頭を優しく撫で、暖かな微笑みを浮かべながらも大粒の涙を目尻に溜めている彼女は優しく二人を見つめている。

 三人を涙ぐみながら見守る奏空さん達とゆきのんと師匠。嬉しそうな微笑みを浮かべる透達と染谷さん。

 そして……こらえきれずに涙が流れていることなど気にもせず、親友の和解を心から喜ぶ小豆。

 このシーンの捉え方は人それぞれだろう。どの位置で『彼女達を見てきたか』ってことだと思う。男女の差もあるんだけどね。

 そう、俺は……こんな感動的なシーンを、さ。微笑んで見つめられるほど強くない。涙ぐむ程度で済むとも思えない。俺も小豆よりは遠いけど、それなりに近い場所で見続けてきたと思っている。

 だから確実に溢れることを知っている汗は、上を向いて心の中に沈めようとしていたのだった。



 少しずつ泣き声が弱まり、気持ちが落ち着いてきたのだろう。きっと心にあった鬱積うっせきを全部洗い流していたのかも知れない。  

 鼻をすすりながら優衣さんと莉奈さんは、あまねるから体を離して向き合っていた。

 そして同時に三人は立ち上がる。

 まぁ、俺達は座ったままですが、特に問題はないのでしょう。

 邪魔にはならないでしょうから……美紅田みくたさんの十八番を奪う『岩役』に命を燃やそうと思います。いや、舞台じゃないけど。

 そんな見上げる優衣さん達。いや、あまねるも含めた三人の表情には、さっきまでのような悲愴がうかがえない。ある意味、吹っ切れたようにも見える。 


「……改めて、申し訳ありませんでした」

「……私達の方こそ、申し訳ありませんでした」

「……今までのこと、深く反省しております」


 清々しさを感じる三人。優衣さん達を見つめて、あまねるは再び頭を下げて謝罪をする。

 だけど優衣さん達もまた、同じように頭を下げて謝罪をしていた。

 胸襟を開いた今、すべてを洗い流した今。

 そんな優衣さん達のすべてを受け止めた彼女に対して、取り繕うものなど存在しない。素直に自分の非を認められたってことなのだろう。

 俺は三人の蟠りができる前など……いや、そもそも三人の関係性なんて知る由もないのだけれど。

 今の三人が「本来の三人の、あるべき姿なのではないか?」なんて納得しているのだ。


「それで、今後は優衣や莉奈……いえ、優衣さんや莉奈さん。それに奏空さん達とも、お友達として、接していきたいの。許してもらえるかしら?」

「お姉――」

「お姉さまではないわ? ……『お友達』なのだから、雨音と呼んでちょうだい?」


 彼女達のことを眺めていたあまねるは、微笑みを浮かべて言葉を繋いでいた。

 だけど優衣さんや莉奈さんを呼び捨てにした直後、苦笑いを浮かべた彼女は言い直し、そして言葉を付け加えていた。

 呼び捨てでは何も変わらない。友達になりたいから対等に呼び合いたかったのだろう。

 彼女の申し出に優衣さんが驚いて「お姉さま」と呼ぼうとしていた。そんな彼女の言葉を遮り、「お友達」の部分を強調してから、名前で呼んでもらおうとしていたあまねる。

 優衣さん達のこれまでの口ぶりで、普段から彼女にも「お姉さま」と呼んでいるのだと推測する。名前ではなく「お姉さま」と言う敬称が定着しているってこと。

 ゆきのんに、俺達へ引導を懇願していた時に呼んでいた「雨音様」と言うのは、取り繕っていただけなのだろう。

 あまねるに対して、同学年でも敬意を含んで呼んでいたのだと思う。特にあまねるが権力で、そう呼ばせていたのではないのだろうが。

 彼女としては「友達なのだから対等に名前で呼び合いたい」と願っているのだと思う。小豆と呼び合っているように、な。


「……あ、雨音様」

「様も必要ないの……」

「……あ、雨音、さん……」

「ええ、優衣さん♪ ……」

「……あ、雨音、さん……」

「ええ、莉奈さん♪ ……」


 おずおずと「雨音様」と口にする優衣さんに、「様も必要ない」と優しくさとす彼女。

 優しい彼女の微笑みに背中を押されたように、「雨音さん」と呼んでいた彼女。

 そんな彼女の頑張りを労うように「よくできました」と言わんばかりの笑顔を向けて彼女の名前を呼んでいたあまねる。そして視線を莉奈さんへと移していた。

 すると莉奈さんも意を決したように彼女の名前を呼ぶ。満面の笑顔で答える彼女。そして視線を奏空さんへと移して……。

 あまねるは、彼女達全員に視線を移して名前で呼ぶように促していたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る