第6話 引導 と 登場


 書いている内容なんて割愛しても問題はないのだろうが。

「自分の責任だから自分一人で過去を清算する。彼女達と会って決着をつける」的な謝罪と決意表明。

 その下に、向かう場所を書き記しただけの簡単なメールだった。


 もちろん妹にすれば、自分で全部を解決して、あまねるとの仲を認めてもらって……笑顔で「終わったよ?」なんて、一番に俺へ報告するつもりで場所を書いていただけなのかも知れない。

 もしくは、逆に自分で覚悟を決めて、あまねるとの決別を約束して……精神がボロボロになっている可能性から、俺に慰めてもらいたくて場所を書いていただけなのかも知れない。

 まぁ、どちらにせよ……俺が小豆を迎えに行かない選択肢なんて存在しないのだから、真相なんて知らなくても問題はないのだと思う。

 そう、どちらにせよ……俺が小豆を抱きしめて頭を撫でてやることには変わりはないのだから、さ。

 とにかく、こいつは事後報告に近い形ではあるが俺に『ちゃんと連絡』をしていたって訳だ。


 ――俺が嫌うことは絶対にしない。


 アニオタとして、そこだけは自分で許せなかったってことなのだろう。今更感はパネェっすけど……場所なら、ゆきのんに聞いて知っていたんだし。

 まぁ、わざとなんだろうけどさ。

 俺が普段から家に帰っても、すぐにはPCの新着メールのチェックをしないことを知っている妹。するとしても携帯くらいしかチェックしないから。

 きっと小豆的には「読むまでに時間は十分にかせげている」と思っていたのかも知れない。俺が読むまでのタイムロスで解決できると思っていたのかも知れない。

 だからPCの方へメールを送って、智耶に伝言を頼んでいたのだろう。

 俺が小豆を探しに行くことなんてお見通しなアニオタの妹。闇雲やみくもに探し回るような、俺の徒労を解消する為に……。


 ただ、こいつも『こんな大事』になるなんて思っていなかったのだろう。

 だって小豆はフダツキ連中の存在を知らないんだから、さ。

 きっと優衣さん達だけに土下座をして謝罪をする『覚悟』しか持ち合わせていなかったはず。

 だけど、土下座をする暇もなく拘束されていたのかも知れない。

 もちろん推測でしかないが、救出した直後の小豆の雰囲気から「そうなのかもな?」って思う俺。

 縄を切ってやった時、泣きながら飛びついていたのは恐怖からくる感情ではないのだろう。

 単純に「自分じゃ解決できなかった。お兄ちゃんに迷惑がかかる」って自責の念があったのだろう。

 ……本当、こう言う時くらい俺に格好かっこうつけさせろよな。俺に甘えてこいよな。

 

 ――こんなんじゃ、『責任』なんて取れるだけの自信が持てるはずねぇだろ。

 アニオタだったら、お兄ちゃんにもう少し『男』の自覚を持たせるように洗脳しろよな……。


「……んふっ♪」

「――ッ! ……ふぅ……」


 頭を下げたままのせいで頭に血が上っていたからだろうか。

 こんな暴走した考えを脳内で披露しながら小豆に苦悩の表情を送っていると、何故か小豆はウィンクをしてきた。

 当然、俺の脳内の考えなんて理解していないとは思うが「任せて♪」なんて言われたような錯覚に陥り、息を飲みこむ。

 とは言え、真相は謎なんだし。何より、責任を「小豆に取る」とは誰も言っていない。まぁ、小豆以外の二人に取るとも言ってはいないのだが。

 うむ、「三人の誰かに、いつか取れるような男になりたい」と言うことだ。

 しかし、今は特に関係ないので視線を地面に戻し、小豆のことをスルーしておいて軽く息を吐き出していた俺。いや、今はリベンジ中なのですから。

 俺は全体的に静まり返っている中、おもむろに顔を上げて姿勢を正し、優衣さん達を見据えると謝罪の言葉を口にするのだった。


「これまで……俺達兄妹は自分達のことだけしか考えていませんでした。あま――雨音様の厚意に甘えていたのかも知れません。自分達に向けられた笑顔の裏で……あなた達が、どんな想いを抱いていたのかを考えなかった、いえ、考えようとしていなかったのです……」

「……」


 俺は悲愴の面持ちで彼女達に言葉を紡ぐ。そんな俺の言葉を怪訝そうな表情で聞いている彼女達。

 リベンジに恐怖を抱いていたのに謝罪の言葉が返ってきたことに困惑しているのかも知れない。

「これは罠?」などと疑心暗鬼ぎしんあんきに陥って聞いているのかも知れない。

 とは言え、これが俺のリベンジ。俺が望むエンディングへの布石なのだ。

 さすがに彼女達に謝罪をするのに「あまねる」とは呼べないと感じていた俺は心の中で、あまねるに謝罪をしてから言い直していた。今回ばかりは彼女も許してくれることを願いたい。

 俺は言葉を言い切ると、隣の小豆へと視線を移していた。

 俺の意図に気づいたのだろう。コクリと頷いた妹は正面を向いて言葉を紡ぐ。


「立場を変えて考えれば、すぐに理解できた話だと思うんです。私には雨音ちゃんが、いつも傍にいてくれましたけど。言い換えれば……他の誰かの『雨音ちゃんと一緒にいた時間』を奪ってしまったことなんだって。それまで親しくしていた人が突然目の前からいなくなっちゃう悲しみや苦しみ……ぐすっ。……ぅ、ぅ、ぅぅぅぅ……」

「……」

「……ぅ、ぐすっ……ふぅ……すぅ、はぁ……」


 自分の謝罪を淡々と紡いでいた小豆だったが、途中で鼻をすすって言いよどむと嗚咽を漏らす。

 小豆が涙に言いよどんでいる理由が痛いほど理解できる俺は、全身をえぐる見えない無数のナイフの錯覚が与える痛みに抗うように、唇をかみ締め表情を歪ませながらも正面を見据えていた。 

「それまで親しくしていた人が突然目の前からいなくなっちゃう悲しみや苦しみ」なんて、俺しかいない。泣かせるほどに、妹に悲しみや苦しみを与えていたのは俺なんだからさ。

 俺の受けている痛みを忘れるつもりはない。心に刻んでいるつもりだ。

 そんな意思表示代わりにポンッと妹の頭に手の平を乗せる俺。

 俺の手の平の温度が伝わったのだろう。泣くことを止め、軽く深呼吸をした妹は言葉を繋ぐのだった。


「そう言う感情は持って当たり前なんだと思うんです。だから、本当なら私が……与えられた人間が奪われた人間へ配慮をしなくちゃいけなかったんです」

「――ッ!」

「あ、あのあの、別に上から物を言いたかったんじゃなくって――」

「大丈夫よ、小豆さん? 普段から下の者へ高圧的に物申している……この者達が何かを言える権利はないのだから。それに、この場は私が責任を取るのだから小豆さんは遠慮なく、自由にリベンジをしてちょうだい?」

「……」

「……あ、ありがとうございます……」


 だけど、そんな妹の言葉を聞いて「キッ」と鋭い視線で妹を睨みつけていた二人。お嬢様の二人は庶民である妹に見下されたと思ったのだろう。

 二人の視線の意味を悟った小豆は狼狽しながら言葉を紡いでいた。

 だが小豆を救済するように、ゆきのんが二人を睨みつけながら紡いだ言葉で優衣さん達は怯えた表情を浮かべていた。

 そして視線を小豆へと移すと、ゆきのんは微笑みを浮かべながら言葉を繋ぐ。

 そんな彼女の言葉を聞きながら、覚悟を含んだ頷きを小豆に送っていた詩夏さん達。

 俺の予想通り、ずっと権力的な何かで上から押さえつけられていたのかも知れない。抗いたくても自分達の力では、どうすることもできなかったのだろう。

 だから小豆に、そして俺に。

 自分達、そして優衣さん達も含めた『全員』を救ってほしかったのかもな?

 俺は詩夏さん達を眺めながら、そんな風に考えていた。

 繋がれたゆきのんの言葉と、縋るような眼差しの詩夏さん達の頷きを受けて、妹は安心するように表情を緩めて礼を伝えるのだった。


「……」

「……」


 小豆の礼を受けたゆきのんは、微笑みを浮かべて俺達兄妹を見つめていた。

 きっと聡明そうめいな彼女のこと。俺達の望むリベンジの全貌ぜんぼうを理解しているのだろう。まぁ、言葉で理解しているだけかも知れないが。

 そんな彼女の「そうね……これが貴方達の望むリベンジなら私が口を挟む必要もないのだけれど。確かに、これが最良の結果を生み出すのかも知れないわね?」なんて言いたそうな表情に。

 俺達兄妹も「任せてください!」なんて誇らしげな笑顔で返しておいたのだった。

 もちろん彼女の心意なんて理解していないけどさ。

 それでも、さっきまでのような怪訝そうな表情じゃなく純粋に微笑みを浮かべてくれる彼女に。

 少しは、あまねるの隣に立つ資格を認めてもらえたような気分になって、嬉しさが心を覆っていた俺。きっと小豆だって俺と同じなのだと思う。俺と同じように笑みを浮かべていたのだった。


 そして表情を戻すと、小豆は二人を見つめて言葉を繋ぐ。


「だから二人にされたことは……配慮をおこたった私への罰として受け止めます!」

「――ッ!」

「今後は、こんなことが起きないように、ちゃんと雨音ちゃんに二人との時間も公平に作ってもらうので――私とお兄ちゃんの時間も認めてくださいっ!」

「……」

「……」


 言い切ると同時に頭を下げた妹に対し、ねぎらいの意味で頭を撫でていた俺。

 目の前の二人は信じられないと言いたそうな表情で妹を眺めている。

 小豆、ご苦労さん……よく頑張ったな。あとは、お兄ちゃんに任せなさい!

 脳内で、グッと右腕を折り曲げて力こぶを作り、その力こぶに左手を添えるポーズを取りながら、こんなことを呟いていた俺。まぁ、現実では頭を撫でているだけですが。

 妹の頭から手の平を離した俺は、二人を見据えて言葉を紡ぎ始めるのだった。


「俺も妹と同じ考えです。自分達のことばかり考えて配慮が足りなかったと自覚しております。その点については謝罪いたします。申し訳ありませんでした!」

「――ッ!」

「……しかし、こちらとしても相応の痛みを受けているはず。ですから気は晴れないかも知れませんが、それで手打ちと言いましょうか、痛み分けと言いましょうか……全部過去を水に流すことは叶わないのでしょうか?」

「……」


 謝罪の言葉とともに頭を下げた俺は、視線を戻すと同時に二人へ譲歩案を提示する。

 変わらずに俺の心意を探ろうと見つめている二人に対して、更に言葉を繋ぐ俺。


「俺達のことを信用できないかも知れませんが……必ず、雨音様に二人との時間も作ってもらえるよう、お願いするので俺達のことも認めてはもらえませんか?」

「……」

「お願いします!」


 そして一度言葉を言い切ると、小豆と目配せをして同時に頭を下げて懇願するのだった。


 ――そう、これが俺達兄妹の望むリベンジ。俺達兄妹の望むエンディング。

 これが俺と小豆とあまねるの……いや、優衣さん達を含めた全員の『トゥルーエンド』なのだろう。

 まぁ、俺は途中まで頭に血が上っていて気づけなかったけどさ。

 小豆は最初から――そう、一人でだってトゥルーエンドを目指して頑張ろうとしていたのだと思う。

 結果がどうなるかなんて妹にも未知数さ。だけど少なくとも、トゥルーエンドを目指す気概だけは持ち合わせていたはずなんだ。

 

 確かに俺達が謝罪を始めた瞬間。

 ゆきのん達の表情に「これがリベンジなの?」なんて疑問が浮かんでいたのは理解している。でも、これが俺達のリベンジなんだ。

 何故ならば。

 俺も小豆も……『あの時』に完全決着を怠っていた。あまねるが許してくれたことで舞い上がって、優衣さん達のことを何一つ考えていなかった。彼女達がどう言う気持ちでいるのかを理解しようとしなかったんだ。

 彼女達の存在を知らないなんて言い逃れはできない。だって俺も小豆も、あまねるの取り巻きの存在を知っていたのだから。

 そんな……『誰だって気づきそうな初歩的な危惧』でさえも、俺達は見落としていたってことなのだろう。

 あの時、俺達が彼女達の気持ちを理解していれば。完全決着を心がけていれば――

 全員が何事もなく水に流せていたのかも知れない。誰一人、負の感情を抱くことはなかったってこと。


 俺達兄妹は昔、それぞれが今の優衣さん達のような状況を経験してきている。辛くて苦しくて逃げ出したくなるほどの経験を、な。

 それなのに、立場が逆転したからって優衣さん達の気持ちを無視しているってことはさ。過去の自分達を否定しているってこと。

『喉元過ぎれば熱さを忘れる』なんて、そんなに簡単な話なんかじゃない。

 解決したからって俺達が受けたキズまでリセットすることはない。痛みは今でもずっと、トラウマとなって残っているんだ。

 それが同じ痛みを知っていながら、立場が変わったからって他人の痛みを理解してあげられないなんて……過去の自分達への冒涜でしかないのだろう。

 俺も小豆も、むしばむ痛みに抗いながら暖かな差し伸べてくれる手を、ずっと待っていたのだから――。 


 そう、これは俺の罪……そして小豆は小豆の考えのもとで、自分の罪だと認識しているのだろう。

 当然だが、そんな風に小豆に認識させてしまっていることも、自分の罪として俺の心に刻んではいる。

 でも、だからと言って俺は小豆の認識を否定なんてできない。いや、してはいけないのだと思っている。

 それは俺が小豆そのものを否定する。小豆の認識そのものを間違いだと思っていることを意味するのだから。

 ――だけど俺は小豆の罪を。妹のことを否定なんかしない。

 だって小豆やあまねるに教わったんだ。親父達や香さん達に教わったんだ。

 否定じゃなくて、ありのままの全部を受け止める心意気をな!


 そう、これは俺の罪……自分の罪だと認識している小豆ごと、俺は受け止めてやる。

 自分の罪だと認識しているあまねるごと、俺は受け止めてやる。そして。

 俺と妹二人のせいで心にキズを負った優衣さん達。そして巻き込まれた奏空さん達のキズを負った気持ちごと、俺は受け止めるべきだと感じていた。

 だから謝罪が俺達のリベンジ。

 あの時点で相手の気持ちを理解していながら謝罪ができなかったことが、俺達兄妹にとっての雪辱なのだった。

 ……だからこそ、俺はゆきのんの断罪を了承することができなかったのかも知れない。


 確かに彼女の断罪は、俺達にとってハッピーエンドを約束しているのだろう。

 とは言え、優衣さん達にとっては完全なバッドエンド。それも卒業までの期限付きだ。それって、さ……。

 何も解決しているとは言えないんじゃないかな。彼女達に遺恨を残して先延ばしにするだけなんだと思うんだ。

 もちろん卒業までの間に改心しないとは言い切れないけどさ。世の中そんなに甘くないんだよ。

 俺は改心したけど、改心しないで逆恨みをしてくるフダツキなんてザラだったからな……って、彼女達も一緒だとは言っていないけどね。先のことなんて誰にもわからないのさ。

 つまり、卒業してから積年の恨みを突きつけてくる可能性を否めない。最悪のケースが襲ってこないとも言い切れない。

 だから俺は、そんな不確定要素な状況で与えられるハッピーエンドなんていらない。その場しのぎにしかならないのなら意味がない。

 俺が求めているのは完全決着のトゥルーエンド。きっと小豆も同じなのだろう。

 正直、それ以外のエンディング……ハッピーだろうとバッドだろうと、俺達が望んだエンド以外なら俺達が彼女達に会いに来た理由がない。俺達が動いた意味はない。

 ――俺達は俺達の信念のもと、俺達の意志で彼女達に会いに来た。だから、その信念に見合うだけの信念。

 某街の掃除屋な主人公の言葉を引用するならば『心が震えた時』じゃなければ了承しなかったってこと。

 残念ながら、ゆきのんの断罪には心が震えなかった。

 ただ、それだけのことなのだろう。



「……」

「……」


 再び地面を見据えている俺達。静寂に包まれる数秒間。

 俺は想いが届いていることを願いながら、優衣さん達の返事を待っていた。

 俺達のリベンジは全部彼女達へと突きつけた。伝えたいことは全部伝えている。あとは彼女達の反応を待つばかり。

 届いてほしい、信じてほしい。俺達の心意を理解してほしい。

 そんな願いをこめて、地面を見据えていた俺の鼓膜に。


「ふ……ふざけるのもいいかげんにして!」 


 俺の願いもむなしく、静けさを切り裂くように優衣さんの怒気を含んだ否定の言葉が響いてくるのだった。


「……」

「……」 


 彼女の言葉を受けて、おもむろに顔を上げて優衣さんを見つめていた俺。

 同時に顔を上げたのだろう、悲愴の表情を浮かべる小豆の横顔が視界の端に映りこむ。小豆だけじゃない、俺も同じような表情をしているのだろう。

 届かなかった。信じてもらえなかった。理解してもらえなかったんだ。

 そんな心に芽生える冷たい風を抱きながら、呆然と優衣さん達を見つめる俺。


「どうして私達が、貴方達兄妹のことなんて信用できると言うのかしら? そうやって、お姉さまをたぶらかしてきたのでしょう? 確かに私達は、あの時……逃げました。えぇ、逃げましたわよ! でも、その先のことなんて誰も知らないじゃない! 貴方達と不良に何も接点がなかったなんて、どこに証拠があると言うのかしら!」

「……。――ッ! ……」


 やっぱり世の中って甘くないんだなぁ。

 脳内で、そんな落胆のため息まじりに呟いた言葉がリフレインを奏でている。

「そんなものだ」って理解していたとは言え、俺達に敵意を向けている相手だとは言え。

 あまねるの友人に信用されなかったことが相当ショックだったのだろう。正直、優衣さんの言葉を受けながら心が折れそうになっていた俺。

 だけど、そんな俺の袖をギュッと掴む小豆の震える手の感触で我に返った俺。

 そうだ。まだ俺は諦めちゃいけないんだ。諦めたら、そこで試合終了なんだ。

 諦めなければ……まだ希望は残っているはずだ。

 俺は自分を奮い立たせて正面を見据えて活路かつろを見出そうとしていた。   

 

「そうよ! お姉さまが信じたからって私達まで信じるだろうなんて思っているのなら大間違いだわ! どうせ貴方達のことだから? 私達を信用させておいて、この場だけ取り繕ったのち……私達のことなど、お姉さまには相談せずに自分達だけが、お姉さまとの時間を独占するつもりなんでしょ!」

「い、いや……俺達はそんなこと――」

「だから貴方の言葉なんて信用できないって言っているんじゃないの!」

「――うぐっ!」

「リベンジをしたいとまで言った貴方達なんて信用できるはずがないじゃないの!」

「……」

 

 優衣さんに続いて莉奈さんが言葉を紡ぐ。

 俺は反撃の為に、彼女達の言葉に否定の言葉を投げかけようとしていたのだが。

 言葉を言い切る前に二人の怒気を含んだ言葉で虚しく地面へと撃ち落されていた。

 もう、試合、終了、なの、かな……。

 二人の表情に、俺達の言葉を信用するような慈悲は感じられない。たぶん何を言ったところで『暖簾のれんに腕押し』なのだろうと悟っていた俺。

 ふと、奏空さん達やゆきのんの表情が視界の端に映りこむ。

 最初から優衣さん達と一緒に、自分達も俺達の裁きを受ける覚悟でいたのだろう。だけど肝心な優衣さん達には届かなかった。

 俺達が無理ならば自分達では何もできない。そんな一縷いちるの望みが断ち切られたことに、絶望を映し出していたのかも知れない奏空さん達の呆然と俺達を見つめる表情。そして。

 ゆきのんに至っては苦渋の表情を浮かばせているのだった。


 俺達に一任したことを後悔しているのだろうか。やはり最初から自分の断罪を押し通しておくべきだと考えているのだろうか。

 彼女の心意は不明だけど、結局俺達では何も解決しないと判断したのだろう。

 もう……無理、だよな。反論したくても現実に俺達の言葉は優衣さん達には届かなかったんだ。

 俺達のリベンジは失敗に終わったんだ。

 結局俺の力では何も解決なんてできるはずがないのだろう……。

 ごめん、小豆。俺が不甲斐ないばかりに。また、お前を苦しめることになるなんて……。

 ごめん、あまねる。俺では鎖を断ち切ることは無理なんだ。

 そして、ごめん、ゆきのん。俺達を信頼して一度任せてくれたのに、それをくつがえさせるような情けないことをさせてしまって……。


「……」

「……」


 瞳を固く閉じて苦渋の表情を貫くゆきのんに、心の中で謝罪をしていた俺。

 自分から任せておいて、無理だったから元に戻す――自分の断罪を適用するなんて、正直最低な行動なのだと思う。

 本来ならば自分で「任せる」と言った以上、どんな結末であろうとも口出しなんてできない。

 相手の出方次第で「やっぱり、なし!」なんて――そんな『後出しじゃんけん』みたいな優柔不断に思える恥ずかしい真似を、大財閥の次期当主である彼女が許容できるはずはないのだろう。


「……」

「……」


 おもむろに目を開けて、苦渋の表情のままにジッと俺を見据える彼女。

 確かに、覆すなんて恥ずかしい真似はしたくないのだろう。

 だけど、今回は優衣さん達を無罪放免にする訳にもいかない。

 それは妹の為、俺達兄妹の為。頼ってきた奏空さん達の為にも、優衣さん達を罰する必要があった。

 だから恥だと理解しても、自分の信念を覆してでも断罪を決行する覚悟はできたのだと思う。それでも。

 つちかってきた自身のプライド。そして俺達兄妹への想いやりが、一歩を踏み出せないでいるのだろう。

 いや、きっと後者の理由なのだとジッと俺を見据える彼女の表情で感じていた俺。

 まだ、俺達はギブアップしていない。彼女に頼っていない。

 だから勝手に断罪へと切り替えることに、ゆきのんは戸惑いを感じているのだろう。

 でも、俺達ではどうすることもできないのだと悟っていた。いくら頑張っても俺達では何も解決しないと諦めていた。

 

 俺の心を察したのだろうか。俺の袖をギュッと掴む小豆の手が一層強く圧を与える。

 ごめん、小豆……俺には無理だ。どうすることもできなかったんだよ。お前と同じで俺だって辛いし、苦しいさ。だけど、少しの間だけでも俺達は救われる。ハッピーエンドが待っているんだ。

 その間に解決できる方法を考えられれば、俺達は救われるかも知れないんだ。

 そう……全然関係のない、ゆきのんへ俺達の罪を押し付けて、な。

 結局、俺達は自分で決着を先延ばしにした罰を受けなくちゃいけないんだろう。それが俺達の贖罪しょくざいなんだと思う。だから。

 今だけは俺と一緒に罪を背負ってくれ。


「……」

「……」

「……ふぅ……」


 そんな気持ちをこめて、俺は袖を掴んでいる小豆の手に手を重ねてギュッと包む。

 俺の気持ちを理解してくれたのか、小豆の手は力を失う。

 俺が手を離すと小豆の手も離れていく。理解してくれたのだと感じた俺は心の中で妹に感謝と謝罪をし、軽く息を吐き出していた。


「さぁ、私達を信用させてみせなさいよっ!」

「リベンジするのでしょう? できないとは言わせないわよ!」

「……」

「……ぇぇ……」


 俺達が何も言えないことで勢いがついたのだろう。優衣さん達が俺達に捲くし立てている。

 だけど俺達はもう、何も言わない。いや、言えないんだ。だってリベンジは失敗なのだから。

 ゆきのんを見据えて「お願いします」と言う意味をこめて、俺達兄妹は同時に頭を下げる。

 そんな俺達のことを眺めていたゆきのんは苦渋の決断をするように小さく了承すると頷いていた。


 未だに俺達に向かい捲くし立てている優衣さん達の言葉をBGMにして。

 ゆきのんの断罪によるハッピーエンドを、やるせなさに身を包みながら傍観ぼうかんすることを決めた俺達なのだった。

 だけど、ゆきのんが優衣さん達に向かって口を開いた瞬間。

 

「――では、私の話なら信用してもらえるのかしら?」


 突然、俺の背後から第三者の。いや、まさに救世主の一声が工場内に響き渡るのだった。


◇5◇ 


「――ッ! あ、あまねる……」

「――ッ! あ、雨音ちゃん……」

「お兄様、小豆さん、ごきげんよう……そして雪乃姉様、愛乃さん、ご無沙汰ぶさたしております」


 声で理解はしているが、いるはずのない彼女の声に驚いて振り返った俺と小豆。

 当然録音と言う訳でもなく、俺達の視線の先にはあまねるが立っていたのだった。

「どうして、ここに?」なんて疑問を浮かべた俺達の表情など気にもせず、彼女は俺達に笑顔で言葉をかける。

 そして視線を背後のゆきのんと師匠に合わせて声をかけ、スカートのすそを軽くつまんで会釈をしていた。


「……えぇ、久しぶりね、雨音。……でも、ごめんなさいね? もう少ししたら向かう予定でいたのだけれど……」

「いいえ。姉様が来ていただけただけで嬉しいので、お気になさらずに?」

「そう……ありがとう」 


 彼女の登場は、ゆきのんにも想定外のことだったのだろう。一瞬驚きの表情を浮かばせていたのだが、すぐに微笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。

 だけど申し訳なさそうな表情に変えて言葉を繋いでいた彼女。

 あまねるを訪ねる目的のあった彼女は遅れてしまったことをびていたのだろう。

 そんな彼女へフォローを入れるあまねる。少し安心した表情で礼を伝える彼女だった。


「ご無沙汰しております、雨音お嬢様……『例のもの』を、お持ちいたしました」

「――ッ! ……そ、そう、ですか……ありがとうございます」

「……」

「……」


 続けて、師匠があまねるに声をかけていた。

 師匠の言葉を受けて驚きの表情で俺達を凝視する彼女。まぁ、小豆はともかく、俺になんてメイド服を知られたくなかったんだろうな。

 俺に「見せて?」なんて言われても、見せるつもりはないのだろうから対応に困るもんな。

 困らせるつもりはないから残念だけど見なかったことにするよ。でも誰に見せるんだろう……ぅぅぅぅ。

 だけど小豆の脇に置かれた紙袋を見て、すべてを悟ったのだろう。あまねるは一瞬諦めの表情を浮かべると、師匠へ向き直り苦笑いを浮かべながら礼を伝えていたのだった。


 三人の会話は、ごく自然な日常会話でしかない。あまねるも笑顔を浮かべている。周りから見ればおだやかな空気が三人を包んでいると感じられるのだろう。

 だけど俺は、いや俺達兄妹は――あまねるの笑顔の裏に隠された本心に、体を強張らせていた。

 そう、俺も小豆も感じている。あまねるは怒っているのだと――。

 って、怒られるようなことをしている俺達が完全に悪いのですけどね。


 周囲には笑顔に見える、あまねるの表情。だけど俺達兄妹には彼女が笑っているとは思えなかった。

 ぞくに言う『目だけが笑っていない』彼女。もちろん俺達だけに向けて、なのだが。

 とは言え、彼女の怒っている理由なんて百も承知だ。

 今回の一件は俺達三人の問題。それなのに当事者である彼女を蚊帳かやの外に追いやって、俺達二人で解決しようと乗り込んでいたんだ。

 それについて言い逃れをするつもりはない。

 彼女を危険な目にわせたくない――そんな俺達の気持ちは理解しているだろうが、簡単に割り切れるものでもないだろうし、俺だって逆の立場なら気分が悪いと思うからな。


「それで……お兄様と小豆さんは、私に何か言うことはなくて?」

「――ごめんなさい!」

「――ごめんなさい!」


 俺の考えを肯定するように、俺達を見下ろし絶対零度ぜったいれいどの微笑みで言葉を投げかける彼女。

 彼女に言う言葉なんて一つしかないだろう。

 俺達兄妹は、同じ言葉を紡ぎながらシンクロナイズド土下座を披露する。


「……ふぅ。……わかりました。許します」

「……あ、ありがとう、あまねる……」

「ありがとう、雨音ちゃん……」


 そんな土下座をする俺の鼓膜に、彼女の軽く息をついてから紡がれる、呆れた声色の言葉が降り注ぐ。

 許しの言葉を受けた俺達は、顔を上げて彼女の顔を見つめる。笑顔は変わらないものの、絶対零度な微笑みは消え、いつもの彼女の笑顔に戻っていた。

 本当に許してくれたのだと安心しながら、彼女に礼を伝える俺達なのだった。


「だけど、なんで、あまねるが『ここ』にいるんだ?」

「……あら、愚問ぐもんですわね?」

「……そうだな、愚問だったな……」

「――ぇ? ……。――ぁ、ぁぁ、ぁぁぁ! ん~~~~♪」


 彼女の表情に安心した俺は素朴そぼくな疑問を彼女へとしてみた。いや、知らないはずだよね?

 俺は彼女に場所を教えていない。小豆だって同じだろう。対峙する相手が優衣さん達だと知っているのに教えるはずはないと思う。

 そんな俺の問いに、勝ち誇った笑みを溢して紡がれた彼女の答え。

 だから俺は納得の笑みを溢して言葉を返していた。

 ――のに、何故か女性陣に驚きの表情をされてしまう。え? なんで?

 あまねるは小豆の親友だし、俺の妹なんだから。目をつぶっていても俺達の居場所なんて把握できる。もしくは嗅覚きゅうかくで探せるってことでしょ? ……俺には無理だし冗談だ。

 単純に、お嬢様だからなんでしょ? 庶民の疑問はお金持ちの愚問。当然だけど、答えなんて理解していないが、そう言うことだと思ったのにさ。

 言ったあまねる本人まで驚いているのですが、どんなミステリーなのでしょう……。

 そして、直後何かに気づいた彼女は、真っ赤に染めた頬を両手で包み込んで、歓喜に打ち震えているご様子。

 もしかして俺が正解に到達していると勘違いしているのだろうか。うむ、俺には探偵は無理だな。正解なんて、さっぱりピーマンなのである。


「あぁ、えっと……愚者の俺には問題すら理解できていないって意味の愚問なんだけど?」 

「ヴェアアアア……」


 勘違いされているのは申し訳ないと、歓喜に打ち震えている彼女に苦笑いを浮かべて答える俺。

 すると、いつぞやの時のように落胆の表情を浮かべて、女の子らしからぬ声を漏らしていたのだった。

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