第4話 お為ごかし と リベンジ

「それが、なに? さっきの貴方あなた達の言葉は……愛乃?」

「はい、お嬢様……では、失礼いたします……」


 彼女が優衣さん達を見つめたまま、師匠に声をかける。

 師匠は返事をすると彼女の隣に立ち、ポケットから何かを取り出していた。あれは……小型の録音機器のようだな。

 その録音機器を前に差し出しながら、言葉を紡いでからボタン操作をする師匠。

 すると録音機器は、最初雑音を奏でてから――優衣さん達の声を再生するのだった。


『雪乃様……あの兄妹。いえ、兄の方は……こともあろうか不良達を雇い、何も知らない私どもを呼び寄せ……タイミングを見計らって雨音様を襲わせて、彼女のことを身をていして守ろうとしていた私どもから、不良達を使って強引に隔離させていたのです』

『そして私どもを隔離させたのち、手筈てはず通りに彼の手柄になるように不良達が追い払われて、雨音様に恩を売るように。妹と結託けったくして、雨音様の地位を悪用する為に取り入ろうとしていたのです』

『心根の優しい雨音様のこと……助けていただいたことへの恩を感じ、妹を許すどころか兄妹への心象しんしょうまでも操作されてしまっていたのです』 

『きっと兄妹が何か、庶民の考えるような入れ知恵でもしたのでしょう。これだけおしたい申し上げ、雨音様の為に尽力じんりょくしている私達を次第に疎外そがいするようになっていったのです。……私達はただ、そんな卑劣ひれつな手口で取り入ろうとするのが許せないだけ。諸悪の根源である、あの兄妹を許せないだけ。すべて姑息こそくな霧ヶ峰兄妹の策略から雨音様をお助けする為なのです!』


 優衣さんと莉奈さんが交互に熱弁を彼女に突きつけている。


『……そう。……その言葉に、嘘いつわりは、本当に、ないのよね?』


 優衣さん達の言葉に終始無言だったゆきのんも、言葉が切れたのを確認するように二人に問いかけていた。

 うん、彼女はあまねるから全部話を聞いていると言っていた。そんな彼女の、さきほど優衣さん達に向けて突きつけていた言葉に嘘はなかった。

 だけど彼女が口にしていたのは優衣さん達が逃げ出すまでの状況。その先のことまでを彼女が知っているのかなんて不明なのだ。

 とは言え、俺達兄妹に向けて言い放っていた「私の判断に間違いはない」と言う言葉。

 あれは彼女達が逃げ出してからの話も、あまねるから聞いていたからなんだと俺は思っていた。

 俺の考えを肯定するように、彼女が優衣さん達に問いかけた言葉には、一言一言を区切りながら紡ぐ。そう、重苦しい雰囲気が感じ取れていた。

 それは――本当に一部始終をあまねるが伝えているってこと。

 あまねるは彼女を敬愛している。そして彼女に近づこうと常に自分を律しているのだろう。

 俺や、御両親、そして俺の家族にさえ、包み隠さず自分の罪を打ち明けた彼女。そんな彼女が姉に何も打ち明けずにいるはずがない。すべてを包み隠さず打ち明けているはずなんだと思っている。

 だから。

 ゆきのんは優衣さん達に、一言一言区切るように重苦しい雰囲気で『最終確認』をしていたってことなのだろう。


 全部を知っている彼女は、優衣さん達の言葉を嘘だと判断していたのだと思う。

 俺達兄妹には会ってはいないが、妹であるあまねるを信頼している彼女のこと。

 自分の判断に、『ほぼ』確信を持ったのかも知れない。いや、俺達兄妹に会ってみないことには本当の意味での確信なんて得られないだろうからさ。

 だけど妹を信用しているゆきのんにとって、優衣さん達に嘘をつかれたのは事実。

 それだけは許せなかったのかも知れない。それは自分に対しても嘘で言いくるめようとしているのだから。

 とは言え、彼女達は妹の友人だ。妹を慕っているのは知っている。妹への愛情は嘘ではないと信じたい彼女。

 確かに嘘について断罪するのは簡単だろうが、それでは優衣さん達の為にはならないと思っていたのだろう。だからこそ――

 自分達であやまちに気づいてほしかった。自分達で改心してほしかった。

 そんな、彼女なりの『蜘蛛くもの糸』を、優衣さん達の前にらしていたのだろう――。


 ところが。


『――何をおっしゃるのですか、雪乃様! 私達が嘘などつくはずもありません! まして、雨音様のお姉さまであります雪乃様に向かって、どうして嘘などつけると言うのですか!』

『そうですそうです! 私達も雨音様と同じように雪乃様を敬愛しております。私達は純粋に雨音様の身を案じているだけなのです!』

『……だからこそ、私達の力では到底とうてい敵わないと恥を忍んで……真実をお伝えして雪乃様に……霧ヶ峰兄妹を雨音様の前から徹底的に排除し、金輪際近づくような愚おろかな行為に至らぬように引導を渡してほしいと懇願しているのです!』


 数拍後に聞こえてきたのは、自分達の嘘を押し通そうとする優衣さん達の言葉。

 目の前に差し出された『蜘蛛の糸』を、みずから振り払っている彼女達の言葉なのだった。

 本来だったら、あまねるとゆきのんの間柄を知っている優衣さん達が、自分達の間違いに気づいてもおかしくないのかも知れない。

 たぶん、ゆきのんだって『その部分』があるから、改心してくれることを望んだのだろうしさ。姉妹の間柄である以上、全部彼女に筒抜けになっていてもおかしくないって部分を、さ。

 だけど俺達へのうらみが積もり積もっていたのだろう。はらわたが煮えくり返っていたのかも知れない。

 そんな……『誰だって気づきそうな初歩的な危惧きぐ』でさえも、彼女達は見落としていたってことなんだろう。


『……そう。……ふぅ……了解したわ……』


 数秒後。彼女達の返答を聞いた、ゆきのんの重苦しい言葉が響いてくる。

 落胆と苦渋の決断。そんな意味合いを思わせる彼女の返事。

 改心してくれると、期待を少しばかりはしていたのだろうか。それとも、自分自身に対して「嘘をついてもだませると思われた」ことに対する失望や怒りなのだろうか。

 彼女は苦渋の決断――優衣さん達を断罪し、彼女達に引導を渡すことを決意するように、息を吐き出してから重苦しい雰囲気のまま「了解したわ」と呟いていたのだろう。


「……以上でございます」

「ありがとう……」


 録音機器を操作して終了したことを報告する師匠の言葉を受けて、ゆきのんは彼女に礼を伝える。

 その言葉にうやうやしく頭を下げて、後ろに下がる師匠。


「……本当、貴方達を妹の友人だと思っていたのだけれど、その考えを改める必要があるようね?」

「い、いえ、雪乃様、あ、あれには――」

「貴方達の『おためごかし』は、もうけっこうよ!」

「――ひぃっ! ……」


 苦虫を噛み潰したような表情で優衣さん達に言葉を突きつけていた彼女。

 その言葉を受け取り、悲愴の表情を浮かべて弁解しようとしていた優衣さんだったが。

 ゆきのんの一喝で斬り捨てられていたのだった。

 なお、『お為ごかし』とは――相手のためになるような上手いことを言いながら、実は自分の利益しか考えていないエゴイスティックのような言動のこと。

 

 当然、優衣さん達が逃げ出してからの『あまねるに起こった実状じつじょう』を、彼女達が知っているはずはない。それを彼女達が後日、あまねるに聞いているとも思えない。あまねるからだって話はしないだろう。

 だけど自分達が逃げ出したことで味方が誰もいない――たった一人だったはずの彼女は無事だった。

 そして後日、彼女は小豆と親友になったことを知る。あまねるは自らの過ちを周囲に謝罪していた。更に自分達と距離を置き、俺達兄妹と距離を近づけていたのだ。

 だから、こんな結論しか思いつかなかったのだろう。そうとしか考えられないはず。最初から俺達兄妹に敵意を向けていたはずだからな。

 俺でさえ、あんな状況……いや、今の『あまねるが俺の妹でいてくれていること』までの全部が奇跡だと思っているのだ。

 それが俺達をこころよく思っていない優衣さん達が、そんな奇跡を想像している訳はないのだと思う。

 まぁ、俺が優衣さん達の立場だったとしても――さすがに『ここまで』は考えないだろうけど、実状なんて絶対に思いつかないはずだしさ。

 でも、だからなのだろうか。


「……」


 俺は彼女達の言葉を聞いても、驚くほどに心の中では静寂せいじゃくをもたらしていたのだった。


 確かに優衣さん達の言葉は嘘だ。そう、嘘は嘘でしかない。それが正しいなんて思っちゃいない。

 それでも、あまねるを襲った連中が俺の後輩であることは紛れもない事実。偶然だろうが面識がなかろうが、俺が暴行を加えられようが、事実は事実でしかない。それが間違いなんて思っちゃいない。

 つまり、完全に嘘だと言い切れるほど、俺には言い逃れができる要素はないんだ。

 だって、結局あの場をしずめたのは俺の『少年ギャング初代リーダー』としての畏怖いふだったのだから。

 正直、あまねるが素晴らしい心根の持ち主だから信じてくれただけかも知れない。まず普通だったら優衣さん達みたいに、疑ってかかるレベルの『お為ごかし』な展開だろう。

 自分でも奇跡だと思っていること。絶対に思いつかない状況なんだ。そして言い逃れのできない、台本があったんじゃないかって疑われる展開。

 いくら嘘だと理解していても、彼女達に腹を立てるのは筋違いだと思う俺なのであった。


 ……まぁ、それ以前に、さ?

 俺は『彼女達の魂の叫び』を聞いた瞬間、既に心の中は静寂をもたらしていたんだ。

 うん、どうにも小豆が絡むと俺は冷静ではなくなるようだな。

 たぶん、家を出た時に無意識に抱いていた決意は『これ』だったのだろう。最初から俺はハッピーエンドを望んでいたのではなかった。

 純粋に俺達のしがらみを断ち切る『別の』エンディングを目指していたってこと。

 だけど『ずた袋』に覆われた小豆を見て、俺は気が動転していて冷静さが欠如していたんだと思う。いや、愛する彼女がとらわれているんだ。それでも冷徹でいられるほど俺は人間ができていないからな。その点については自然の摂理せつりなのだと思う。

 まぁ、中学時代の俺だったら……たぶんフダツキは当然だけど優衣さん達も含めた全員。ただし、ゆきのんと師匠を除く。二人のことは最初から「今回の件には関係ない」って気づいていたんだからね。

 そんな全員は、今頃普通に立ってなんかいられなかったと思う。地面に横たわっていたのだと思うのだ。

 俺はフェミニストなんかじゃない。大儀たいぎの名のもとに『正義の鉄槌てっつい』をくだすことだってある。

 しなかったのは俺が成長したってことなのかな。だけど。

 真実を知った俺は、いや決意していたことを思い出した俺は「先走らなくて本当によかった」と、胸をろしていたのだった。



「とにかく、今回の件について……貴方達の御両親の耳には入れておくことにします」

「え?」

「その上で、貴方達全員……私の屋敷に引っ越してきなさい」

「……それは、どう言う?」

「わからないの? 貴方達は全員、今後私の監視下のもと……亜唯名あいな学院へ通ってもらう、と言う意味よ?」

「……」


 ゆきのんが優衣さん達に、お裁きを言い渡す。

 理解できないと言った表情で聞き返す莉奈さんに、呆れた表情で答えを伝える彼女。

 そんな彼女の言葉を受けた優衣さん達全員が驚きと狼狽ろうばいの表情を浮かべていた。


「……心配はいらないわよ? 別にメイドとして働かせるつもりはないのだから。普通に私の屋敷で住めば大丈夫なのよ。それに貴方達……『表面上だけ』は模範もはん的な優等生のようだし、私も理事の方へは口添えをするつもりでいるから、我が校への編入には何も問題はないわね」

「……」


 優衣さん達全員を見回しながら、ゆきのんは優しい微笑みを浮かべながら言葉を繋いでいた。

 そう、笑顔を浮かべたまま、鋭利えいりな言葉を彼女達に突き刺していたのだ。


「――あ、あの?」

「……申し訳ありません、お兄さん。お二人をお待たせしてしまって……」

「い、いえ、それは問題ないのですが……」

「ありがとうございます。それで、何か?」


 俺は彼女の言葉を聞いて、思わず声をかけてしまっていた。

 俺の声に気づいた彼女は振り返り、申し訳なさそうに声をかける。

 俺が彼女の言葉に大丈夫だと伝えると、微笑みを浮かべて礼を伝える彼女。そして俺に言葉をうながしていた。

 彼女が優衣さん達に突きつけていた言葉。きっと意味なんて誰でも簡単に理解できることだろう。但し、フダツキ連中を除く。

 目の前の優衣さん達の青ざめた表情が何よりの証拠だ。

 それでも、俺は確認する為に言葉を紡いでいたのだった。


「それは……あまねるや小豆、そして彼女達の卒業まで、あまねるに会わせない。いや、雪乃様が強制的に近づけさせないと言うことでしょうか?」

「はい、私の責任で……この者達が卒業するまで、雨音や小豆さん、そしてお兄さんに会わせることなど、一切いたしませんので、ご安心ください」

「――ッ!」

「……そう、ですか……」


 俺の。いや、俺と女性陣全員の予想通りなのだろう。

 彼女の言葉を聞いて息を飲み込む彼女達。予想はしていたのかも知れないが、言葉として突きつけられた現実に怯えていたのだと思う。泣きそうな表情で彼女を見つめていた。

 そんなすがるような彼女達の表情を視界に入れながら、顔を歪ませ相槌を打つ俺なのであった。

 まぁ、別に俺や小豆には会いたくはないだろうが。あまねるに会えなくなることは彼女達にとって残酷な結末だろう。

 確かに優衣さん達の自業自得なのかも知れない。きっと、過ちを自ら認めて謝罪をしていれば、ゆきのんは軽い注意で終わらせていたのかも知れない。それを自分たちでこばんだのだからな。それでも。

 あまねるが決めるのなら理解ができるのだが、ゆきのんが勝手に決めることが俺には納得のいかない話。


「……とにかく、これは決定事項ですから早々に引越しの準備を済ませなさいね? 話は以上――」

「ま、待ってください!」

「……何でしょう?」


 再び優衣さん達へと向き直り、彼女達に対して有無を言わさない威圧感を放ちながら終わりにしようとしていた彼女。

 これが終われば、もう現実はくつがえらないのだと悟った俺は、彼女が言い切る前に言葉をはさんでいた。

 半畳を入れたと思われたってかまわない。このまま終わらせる訳にはいかないんだ。

 そう、まだ……『俺がするべきこと、しなくちゃいけないこと』が残っているんだからな。


 さすがに今度ばかりは、振り返った彼女の表情と言葉に不機嫌さが浮かび上がっていた。だけどそんなのは百も承知だ。だけど、さねばらぬこともある。

 俺を射抜く視線にあらがうように、俺は彼女に言葉を投げかけていた。


「あの……俺に『リベンジ』を、させてもらえませんか?」

「……リベンジ?」

「そうです、リベンジです。俺は『あの時』彼女達に暴行を受けました。抵抗することも叶わないほどに……それを復讐ふくしゅうする為に、俺は体をきたえたんです。偶然彼女達が妹と約束していたことに、やっと復讐ができると思ったんです。それなのに……このまま俺の前から姿を消すと言われて納得なんて――それで水に流せと言われても、流せるはずがないんです!」

「……」


 俺の懇願を真摯しんしな瞳で見えている彼女。う、うわー、良心の呵責かしゃくが……。

 当然だけど俺の言っていることは嘘だ。とは言え、俺の嘘を見抜けるのなんて小豆だけだろう。

 あまねるから話を聞いている彼女にだって見抜けないと思う。黒歴史の話は、あまねるにだって伝えていないんだからさ。この場にいないが香さんにも、なんだけどね。


 確かに、あの場を鎮めたのは俺の『少年ギャング初代リーダー』としての畏怖だったけど、俺は彼女に『自分のこと』を隠したんだ。

 小豆の兄貴が『少年ギャング初代リーダー』だって知ったら、彼女は恐怖で妹から遠ざかるんじゃないかって思ってさ。あまねるには、透が『リーダー』ってことにしている。

 そして、俺は普通に透達の知り合い程度。ただの一般人ってことにしておいたのだった。


 実際、対峙たいじしていた時に透達が俺を「リーダー」だって後輩達に言っていたし、後輩達も俺を見て恐怖を抱いていたんだけど。

 そこは俺の心情を察してくれていた透が機転をきかせてくれて――


「俺達の顔さえも知らない連中だったんで、彼をリーダーだって嘘をついておけば暴行が止まると思ったんですよ?」


 と、俺が気を失っている間に彼女へ嘘をついてくれていたのだと言う。

 その言葉に「そうだったのですか……ふふふ♪ わかりました……」と微笑みながら――彼女はひざの上で寝ている俺の髪を優しくきながら納得してくれていたらしい。

 だから、あまねるも『俺が少年ギャングだったこと』を知らないのだと思う。

 俺が無抵抗で殴られていたのだって、小豆の為だけじゃなく「本当に殴り返せないほど弱かったから」なんて、そう思われていると考えているんだ。

 つまり、あまねるの話を聞いていたとしても、彼女は今の俺の嘘を鵜呑うのみにしてくれているのだと思う。

 まぁ、そもそも、あまねるのことだ。

 自分のことなら包み隠さずに打ち明けても、俺のことまでは打ち明けていないかも知れないけどね。優しい子だからさ。


 とにかく、俺が嘘をついたところで誰も疑うことはしないのだろう。俺の言葉を真実だと思って……俺がリベンジを望んでいるって思っているのだろう。

 ――そう、この場で俺の言ったことを嘘だと見抜ける『ただ一人』を除いて、な。


「……それなら、私にもリベンジさせてもらっても、いいですか?」

「……小豆さんも、なの?」


 俺の言葉に続くように、隣の小豆が彼女に向かってリベンジを申し込んでいた。そんな妹に怪訝けげんそうな表情で聞き返す彼女。


「私だって被害者ですよね? ずっと苦しんできたんです……だから権利はあると、思うんです」

「……」


 妹の申し出に、固く瞳を閉じて押し黙る彼女。その表情にはかすかな苦悩が見え隠れしていたのだった。


 もしかしたら、俺達兄妹はリベンジなんて望まない――リベンジを考えてすらいない。

 と言うよりも、俺達兄妹では優衣さん達に「完全な断罪を与えられない」と考えていたのだろう。それは、あまねるも同じだって考えているのかも知れない。

 俺達には優衣さん達に対して、どうしても『あまねるの友人』『上流階級のお嬢様』って部分が引っかかるだろうからな。「中途半端な断罪しかできないのでは?」と思われたのだろう。

 だから姉と言う立場を切り離し――第三者の立場として、上の者の立場として。

 妹達を救えなかったのを自分の罪だと考えて、痛みを全部受け取る覚悟で、冷徹と思われても自ら引導を渡したのかも知れない。自分が引導を渡すことが『最大の効力を発揮する』のだと考えて……。


 そう考えていた矢先、俺達二人からリベンジの申し出を受けることになる。

「しないのではなかったの?」とか「それで解決できるの?」と言いたそうな表情にも見える、ゆきのんの苦悩。

 俺達被害者がリベンジを申し込んだってことは、はっきり言ってしまえば彼女の断罪は無効になるんだ。

 当たり前だろ? 俺達が断罪しようとしていなかったから、彼女の断罪が効力を発揮していただけなんだからさ。

 もしも俺達がリベンジを果たすのならば、残りはあまねるのリベンジだけで終わりを迎えるんだ。当事者である俺達のリベンジが一番権利を有しているのは、彼女だって理解しているはず。


 要は俺達のリベンジが果たされた時点で、それでも彼女がリベンジを実行するのは『お為ごかし』だと言えるだろう。彼女は引導を渡せなくなるってことさ。

 だから悩んでいるのだとは思う。

 俺達が何をするかは知らないけれど、二人のリベンジでは決して「ハッピーエンドにはならない」って思っているのだろうから――。


「……」

「……」

「へへへ~♪」


 未だに瞳を閉じて押し黙ったままの彼女から視線を隣の小豆に移す俺。

 呆れ顔を含ませた苦笑いを浮かべている俺に向かい、俺だけに聞こえる音量で微笑んでいた妹。

 まぁ、今更「エスパーなのかよ!」なんて驚きもしないのだが、アニオタらしい妹の言動なのだろう。

 そう、俺の嘘を唯一見抜いた妹は俺の考えなんて全部お見通しだってこと。だから自分も「リベンジ」をするって言い出したのだろうな。

 俺は妹から視線を彼女へと戻し、真摯に決断を見据えているのだった。


「――ッ! ……ふぅ。わかりました……そう言うことでしたら、お兄さん達にお任せいたしますわ」

「ありがとうございます!」

「ありがとうございます!」


 ゆきのんは一瞬だけ表情を歪ませたのだが、すぐに軽く息を吐き出すと目を開けて俺達を見据える。

 そして俺達の申し出を半ば諦めの表情を浮かべながらも聞き入れると伝えてくれる。

 そんな彼女の言葉を受けて俺達兄妹は彼女に頭を下げて礼を述べていた。


「当時の小豆さんとお兄さんのことは全部雨音から聞いております。そして今の小豆さんのことについても……この手紙にて知っております」

「――ッ!」

「――ッ!」

「もちろん、書かれている内容ではなくて、受けていた被害のことですけどね?」


 そんな俺達に諦めの微笑みを浮かべていた彼女は、言葉を紡ぎながらポケットから何かを取り出していた。

 彼女が取り出したのが二通の手紙だと気づいた俺と小豆は、同時に息を飲み込んでいた。

 そんな俺達に彼女は少しだけ表情をゆるめて言葉を繋いでいた。書かれていることが嘘だと理解していることを知らせるように。

 だけど彼女の言葉を曖昧に聞き流しながら、俺達兄妹は手紙を凝視していたのだった。


 彼女が手に持っている二通の手紙。それは昼休みに香さんに見せてもらった手紙。そして――

 小豆の部屋で見つけた手紙なのである。


「――詩夏しいなあなたなのねっ?」

「――きゃぅん! ……い、いえ。わ、私はただ、以前のような、お姉さま方に戻ってほしかった、だけなんです……ぅぅぅぅぅ……」


 彼女の持つ手紙を見た莉奈さんは、突然横を向くと自分達の列の一番端に立っている彼女。

 いや、気にかけているほど余裕がなかったからなんだけど。ほ、ほんとうだよ?

 詩夏と呼ばれた彼女だけ制服が違っていた。まぁ、宇華徒学院の中等部の制服なんだけど。

 何度か、あまねるの中等部の制服を見ていたから彼女が中学生だって気づいたのだった。

 そんな彼女を睨みつけている莉奈さんにオドオドしながらも答える彼女。最後には押し潰されるように泣き出していた。


「……あなた、何様なの? こんな卑劣な真似をして恥ずかしくないのかしら……まったく、コンピューターが扱えるからと言って、貴方に清書を頼んだ私達が馬鹿だった――」

「おだまりなさいっ!」

「――ひぃっ!」


 そんな怯えて嗚咽おえつを漏らす詩夏さんに対して、冷たい視線を送りながら言葉を突きつけていた莉奈さんだったが。

 怒り心頭なゆきのんの一喝で悲鳴を漏らしていたのだった。


 つまり、二通の手紙の文面そのものは優衣さん達が考えたのだろうが、筆跡を悟られない為の工作――印字をする必要があったから、コンピューターを扱える彼女に清書を依頼したのだろう。

 だけど文章を保存さえしておけばコピーなんて簡単に作れる。自分のコンピューターに保存しているんだろうから『証拠』としてコピーをすることは可能だ。

 彼女の口ぶりから、最初から優衣さん達の言動を快く思っていなかったのだと思われる。

 つまり……もしかしたら、ゆきのんへリークしたのは彼女だったのかも知れない。いや、違うな。

 ゆきのんへリークしたのは詩夏さん『達』だってことなんだろう。


「優衣様、莉奈様――詩夏を責めるのは、おやめください! これは私達全員の総意なんです!」

「……奏空そらお姉さま」

「私達が『詩夏がコンピューターを扱えますので清書をさせてはいかがでしょう?』と、優衣様へ進言申し上げたのは……お二人の動かぬ『証拠』を雪乃様へお渡しする為だったのです。詩夏が悪いのではありません――すべては私達上級生の責任でございます!」

「……望々ももお姉さま……それに、お姉さま方……」


 詩夏さんをなぐさめるように両側から彼女の肩を手でさすりながら、奏空さんと望々さんは優衣さん達に向けて援護射撃をしていた。

 それだけじゃない。他の先輩達も同じように詩夏さんをかばうように立ちふさがる。

 両脇の先輩、そして目の前に立つ先輩達に感謝の表情を送っている詩夏さん。

 そう、ここにいる全員が優衣さんと莉奈さんの暴挙を許容できなかったってことなのだろう。


「……ごめんなさいね? 詩夏にばかり辛い役目をさせてしまって……」

「そ、そんなことないです……お姉さまのお役に立てて嬉しかったです……」

「……ありがとう……」


 奏空さんは詩夏さんの頭を撫でながら、申し訳なさそうに謝罪をしていた。

 そんな彼女に困惑しながらも誇らしげに答える彼女。

 奏空さんは彼女の頭を撫で続けながら、彼女に優しい微笑みを送ると礼を伝えるのだった。


 まぁ、詳しくは知らないけど。

 優衣さんと莉奈さんは、奏空さん達を制圧していた――お嬢様特有の『権力を笠に着せて』付き従わせていたのだろうか。

 いや、奏空さん達は純粋に『あまねるの人徳』によって、あまねるを慕っているだけであって、別に優衣さんと莉奈さんへ付き従っていた訳ではないのだろう。本来ならば立場は互角なのかも知れない。

 ただ、家柄の権力とかの関係で頭が上がらないだけなのだろう。知らないけどね。

 それでも優衣さん達の暴挙は、いては『あまねるへの冒涜ぼうとく』に繋がるのだと、全員が感じていた。だけど自分達では二人を止められない。そんな彼女達が、ゆきのんを頼っていたのだろう。

 そして、ゆきのんは全部を知っているからこそ……師匠に『証拠』となる彼女達の嘘を録音させていたのだと思う。 


「この者達のしてきたこと……間接的ではありますが理解しているつもりです。その上で、お二人の腐心ふしんされている心中……忖度そんたくいたしております……」

「お心遣い、痛み入ります……」

「ねぇねぇ~、お兄ちゃぁん?」

「……なんだよ、こんな時に?」


 優衣さんと莉奈さんに向けて、これ以上の詩夏さん達への暴言を許さないと言いたげに睨みつけるゆきのん。

 口をつぐんだ二人を確認してから、俺達に向き直り申し訳なさそうに言葉を紡いでいた。

 さっき俺が彼女へ送った言葉。だから俺もさっきの彼女と同じ言葉を返しておいた。

 そんな俺のそでをクイクイッと引っ張りながら小声で声をかけていた小豆。

 緊迫きんぱくした場面なのに随分ずいぶんと間の抜けた口調で返ってきた妹の言葉に、苦笑いを浮かべながら声をかける俺。すると。


「さっきから気になっているんだけどぉ、『ふしん』さんと『そんたく』さんって誰?」

「……『ふしん』さんは張飛さんのめいっ子で、『そんたく』さんは馬超さんの家に出入りしていた業者さんだな?」

「すごーい! お兄ちゃんって物知りさんなんだねぇ♪」

「――嘘に決まっているだろ!」

「むぅぅぅ~」

「……あはははは。本当は腐心って言うのはな? ――」


 唐突に訳のわからない質問をされたので……とりあえず嘘を教えておいた。

 そんな俺の嘘を真に受ける妹。いや、真に受けんなよ。そもそも単語じゃないんだから人の名前な訳がないだろうに……。

 とは言え、俺も最初にあまねるに『ふしん』と『そんたく』を教わった時。

「三国志の人物か何かなの?」と聞いていたので小豆のことを偉そうには言えないんだけどね。

 まぁ、正確には俺の知識は三国志をモチーフにしたエロゲ原作のアニメ作品なので、三国志そのものは知らない。

 そして当然ながら、こんな質問をしていた俺は、あまねるに苦笑いの表情を浮かべられたのは言うまでもないことなのだった。

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