山の幸フルコース、怪異風味(八)


「可愛い……本当に可愛い。いつまで見てても飽きない幸せ好き大好き」



 な、何を言ってるんだ、こいつ。意味わからなさすぎて、怖くなってきたぞ……。



 え、ちょっと待って?

 まさかのもしや!?



「リョウくんの可愛さで、お腹の痛みもマシになってきたよ。レイちゃん、ひどいよね。蹴ることないじゃん。二人きりの時間多すぎって怒ってたけどさ、元々このキャンプにリョウくんを誘ったのは、ボクとの距離を縮めるためにハルカちゃんが企画してくれたんじゃないか。ボクがあんまりにもリョウくんと上手く話せなくて悩んでたの、レイちゃんだって知ってるくせに。にしてもレイちゃんの蹴り、相変わらず効くなぁ。元キックボクシング世界チャンピオンだもんね……うう、まだ鳩尾がシクシクする。もっとリョウくんを目で愛でして癒されよう。そうしよう」



 これは……剛真ごうしんさんの心の声!?



 そっか、このキャンプにはそういう目的があったんだ。確かにレイさんとはよく会話してたけど、剛真さんとはあまり話せなかったもんね……顔が怖すぎて。


 って何? レイさん、キックボクサーだったの!?


 新事実を知ってしまったよ!!



「ノーマルリョウくんも可愛いけど、ウェットリョウくん本当に可愛かったなぁ。それが徐々に乾いて、ノーマルリョウくんに戻ってくところなんて、もーー言葉にならない尊みに溢れてたよね! あ、でもこの後お風呂に入るから、あの可愛い姿を皆に披露しちゃうのかぁ……あーあ、独り占めしたかったなぁ。でもでも、ボクは二度も見られるんだもんねーだ。にゃはっ、ウレピー! それにぃ、今夜は男二人でねんねするから、念願の生寝顔も拝める! ウニャッホォォォゥ! リョウくんが可愛すぎて、生きてるのが楽しーーーー!!」



 ゆっくりと視線を前方に戻すと、こちらを笑顔で見つめている剛真さんと目が合った。




 …………イヤーー!


 僕のこと、そんな目で見てたのーー!?

 やめてーー! 見ないでーー!!




「リョウくーん、汲んできてくれたお水でコーヒー淹れたから飲みましょう!」



 泣きそうになりながら立ち竦む僕を、剛真さんの隣にいたレイさんが手招きする。


 ぎこちない足取りで向かう僕の背後から、サトリがまた囁いた。



「可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い。萌え萌え萌え萌え萌え。描きたい描きたい描きたい描きたい描きたい。リョウくんの可愛さに、この滾る想いを高速で掻き混ぜた萌え燃えメレンゲを、スケブに叩き付けてペロペロしたい」



 こ、今度はレイさんの心を読んでる……!?



 心なしか、声にうんざり感と怯えが混じってきてるような?


 もうやめた方がいいって……僕もこれ以上聞きたくないよ…………。



「リョウくんが近付いてくる。それにつれて、リョウくんの吐いた二酸化炭素が、私の身に触れる量が増えていく。そして私が吐いた二酸化炭素も、リョウくんのお肌に、もしかしたら体内に……おおおお、想像するだけでレイのレイがレイになってしまう! いかん、息止めよう。死ぬ。あ、息止めても死ぬな。よし、深く考えるのはやめて、これは萌え神のご加護だということにして、有り難く恩恵を頂戴しよう。やっべ、空気うっま。リョウくん成分配合の空気、最&高。畏れ多くも、彼の中を循環してる空気と同調しかけたわ。妄想だけで死ねる。しかし、御本尊に触れるなど許されぬ所業。その罪深さ、ゴー・トゥー・閻魔えんまランド確定。はぁぁぁ、もう閻魔ランド直行でもいいわぁ。リョウくんに吸って吐かれる空気になりてぇぇぇ……。この萌え魂を、内側から訴えかけてみたいぜぇぇぇ…………」



 レイさんの心の言葉を口にしたサトリは、僕と同じように震えていた。


 だから! やめとけって言ったのに!!



「遅くなってごめーん!」



 凛とした高い声に振り向けば、笑顔で駆けてくるハルカの姿が映る。僕は安堵のあまり、軽く涙が出そうになった。



「ハルカ、おかえり」

「ただいま、リョウくん」



 ふわぁ、このやり取り、本物の夫婦みたい!


 って待って待って待って!


 タンクトップがまだ濡れて……ちょちょちょちょちょーい! 透けてる! ブラ透けてる!!



「あら、綺麗になったわね。結構な汚れだったのに」


「もーだから時間かかったんだよ。血ってなかなか落ちないから」


「そうね、かなり大量だったものね」



 のんびりとレイさんと笑い合うハルカに、僕は慌てて尋ねた。



「ハルカ、血って何!? どこか怪我でもしたの!?」


「あたしじゃないよ。怪我して動けなくなってるクマの子がいたの」



 にっこり笑ってハルカが答える。何だ、良かった……と安心しかけて、僕はえらく物騒な単語に再び声を荒げた。



「クマ!? ここ、クマ出るの!?」


「普通にいるよ。山なんだから当たり前……ってそうだった、リョウくんは山のことあんまり知らないんだっけ。クマだけじゃなくてイノシシとかオオカミとか、麒麟きりんとか龍とか、山にはいろんな動物がいるんだよ!」



 と、ハルカは得意気に教えてくれたけど……クマとイノシシとオオカミは、わからなくもない。


 でも、最後の二つは?


 いくら僕が山の知識に乏しいとはいえ、その二種は明らかに普通の動物と違うことくらいわかるよ!?


 この山の生態系、一体どうなってんの!?



「あ、もしかして怖いのかな? ニュースでクマの事件、よく見るもんね。大丈夫だよ、子グマはちゃんと手当てして親に返したから。ね、ママ?」


「ええ。親グマは勘違いして襲って来ようとしたけど、『どちらが格上か』二人できっちり教え込んでやったから、余程のバカじゃない限りは安心よ?」


「そんなバカなら、返り討ちにするだけだもんねー?」


「バカ親は早い内に根性叩き直してやらないと、子育てにも影響するものねー?」



 美人母娘が、楽しげに微笑み合う。まるで女神と天使の絵画のように美しい光景……だけれども!


 こっわ! この母にして、この娘ありだ!!



 そこで僕は、自分の背後に佇んでいるはずのサトリの存在を思い出した。



 やけに静かだから諦めてどこかに行ってくれたかな、と期待したけれど、サトリはまだいた。しかし、レイさんの心を読んだ時よりも具合が悪そうに見える。



 うん……これは、もしかしなくてもアレだな。



「ハルカの心を読んじゃったんだね……」



 芳埜よしの三人親子に隠された、内面の恐ろしさを思い知ったらしい。サトリは原点に戻り、再び僕の心を口にし始めた。



「ハルカ、どんなこと考えてたんだろ? 聞きたくないからいいけど……そんなことより透けブラって、超えっちだよね。白のレースかぁ、ウフフ……ピュアでエレガントで、エクセレントファビュラスえっちだねぇ」



 僕は懸命に平静を装い、ハルカに着替えてくるよう促した。ハルカは素直に従い、女性陣の荷物が置いてあるグリーンのテントの中に入っていった。



「あーあ、今頃あの中ではポヨヨンオパーイがプリーンしてるんだろうなぁ。いいなぁ、見たいなぁ。テント透けないかなぁ」



 レイさんが淹れてくれたコーヒーをいただくため、僕はチェアに腰掛け――恥ずかしい性癖を垂れ流し続ける忌々しいサトリを、もう一度睨んだ。



「本当にしつこい野郎だな! ん、待てよ……野郎じゃない、のかも。そういえば、声高いよね? もしかして女の子?」



 さすがにマズイと思ったけれど、一度想像してしまったらもう止められない。



「女の子なのに、裸? 裸でウロウロしてるの? どうしよ、もう直視できない。いや、見るけどね? 見まくるけどね? オパーイ、どんな感じなんだろ? 大きいのかな? あの毛をそっと掻き分けたら、ボイーーーーン的な? うほっ、ええですな美味しいですな! しかも毛のおかげで日に当たってないから、色白の可能性大。ということはぁぁぁ? その先端もぉぉぉ? ほんのり色付く可愛いベビーピンクの期待マックスファイヤー! おおおおっしゃああああ! 風吹けえ! あのクソ邪魔な毛を、フワァァンと勢い良く高らかに舞い上げろぉぉぉ!!」



 …………我ながら、本当に気持ち悪いと思う。妖怪相手に、こんなこと考えるなんて。



 サトリは、先程以上に全身を激しく震わせていた。恐怖ではなく、怒りで。




 そして。




「アンタ、サイッテー!」




 これまでのように頭の中にではなく、生の音声で初めて自分の意思を投げ付けると、サトリはその場から走り去っていった。




 やっぱり女の子だったんだ……しかもあの口調の感じだと、思春期の乙女っぽいなぁ。


 その年頃の女の子からすれば、男の子のえっちな思考なんて汚物も同然だろうし、死ぬほど不快な思いをさせたに違いない。



 うう、本当にごめん。ごめんね、ごめんね……。



 サトリガールの後ろ姿が木々の中に消え、ハルカが戻ってお茶会が始まっても、僕はいつまでもいつまでも彼女に心の中で詫び続けていた。

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