誰が為に夜景は輝く(八)
恐怖で氷漬けとなった僕を押し退けると、ハルカはずかずかと止まっているゴンドラに近付き、ガン! と履き替えてきたパンプスのヒールを食い込ませた。
あの……そのパンプス、鋼鉄製ですか?
蹴ったとこ、あっさり凹んだんですけど!!
「お前らぁぁぁぁ……ええ年ぶっこいて、マナーってもんを知らねえのかぁぁぁぁ……あぁぁぁあん? アトラクションの乗車ルールもわからねえくせに、アハハオホホと偉そうな面して、いつまでも私有物化してんじゃねえよぉぉぉぉ…………」
アハハオホホも何も、旦那さん顔ないし。奥さんも表情作るどころじゃなくなってるし。
僕と同じく、二人は抱き合ったまま震え上がるばかりだ。
「とっとと交代するんだよぉぉぉぉ…………リョウくんが優しいからって、相乗り求めるなんて姑息な真似しやがってぇぇぇぇ…………。退けっつってんのが、わからねえのかぁぁぁぁ? わからねえっていうなら、体で教えてやるよぉぉおおおお!!」
と、ここで!
ハルカの拳が、旦那さんの顔面だった場所にクリーンヒットーーーー!!
そのままの勢いで続け様に、逆さまになった奥さんの顔面に強烈なエルボーだーーーー!!
「降りろ」
顔を押さえて悶絶する二人に、ハルカが短く命じる。
「で、ででで、でもぉ……息子がぁぁぁ、まだ乗りたいってぇぇぇ…………」
「そ、そうですぅ……息子のために……降りるわけには……いかないんですぅ…………」
ところが、旦那さんも奥さんも、なかなかしぶとい。
己の危険を顧みぬほどの強い親子愛ゆえか、はたまた自分達の都合で道連れにしてしまった我が子への罪の意識なのか。
しかしどちらであろうと、そんなものが恐怖の大魔神に通用するはずがない。
「ねえぇ……お姉ちゃんもぉ、遊ぼうよぉぉぉ」
幼すぎて状況を理解できていない少年が、ニコニコとハルカに手を伸ばす。
ハルカは無慈悲にもその手を振り払い、少年の頭を鷲掴みにした。
「だぁぁぁれぇぇぇがぁぁぁ、お前みたいなワガママなクソガキと遊ぶかぁぁぁ。てめぇ、毎回ブランコ独り占めする奴がいても、そいつと仲良く遊びたいって思えるのか? 少しもムカつかねえのか? あぁぁん?」
「……それは、やだ……そんな子と、遊びたくない…………」
「てめぇはあたし達に、同じことしてんだよ! わかったか、クソガキ! てめぇがされて嫌なことは、他の人にもするんじゃねえ! 死んでもそれだけは覚えとけ!!」
「うん……わかった。意地悪してごめんなさい、お姉ちゃん、お兄ちゃん…………」
か細いけれど、これまでとは違う――子供らしい声で悲しげにそう零したかと思ったら、少年はすうっと溶けるように消えてしまった。
同時に、ご両親も生前の姿に戻り、ハルカに深々と頭を下げると、後を追うように消えていった。
彼らが成仏したのかは、わからない。
けれど――きっとあの子は、もう誰かを連れて行こうとはしないだろう。
だって彼は、『もっと遊びたかった』という想いを断たれ、その痛みや悲しみを知っている。
ハルカが教えたことを守ってくれるなら、これからは二度と他の人を同じ目に遭わせようなんて思わないだろうから。
ウホォォォォウ!!
しんみり浸っていたところに、ゴリラ達の盛大な歓声が轟く。
これだけでも壮大なロマンチック・クラッシュなのだがそれに留まらず、彼らはプリッと放出したゴリウンチをおひねりのようにハルカに向かって投げ始めた。
これは、ゴリラ式の求愛行動らしい。
でも……今日だけはウ○コネタはやめてほしかったな。
ハルカにウ○コマンだって認識されてること、思い出しちゃったじゃん……。
ゴリウンチはハルカに届かず、見えない壁に阻まれるかのように跳ね返ってはキラキラと輝きを放ち、昇華していく。
彼らの愛が儚く散る様は、美しいながらも切なくて、光に包まれたハルカの姿は僕の手も届かないように思えるほど神秘的で尊くて――――これがゴリウンチでなければなぁ。本当にロマンチックなんだけどなぁ。
このゴリゴリ湧き出てドムドムやらかし、ウホーイとウンチ投げて愛を示すゴリラ達は、全員ハルカの守護霊である。
その正体は、絶世の美を誇ったというメスゴリラに、報われぬとわかっていながらも愛を捧げたオスゴリラ達。
その伝説のメスゴリラの生まれ変わりが、ハルカなのだ。
彼らは今も、彼女を心から愛し守り続けている。
零感の彼女にはその姿は見えないけれど、危険が迫ると彼らの知らせを『勘』のような形で感知できるようだ。
愛しているからといって、彼らは僕に嫉妬などしない。むしろ、僕達の恋を応援してくれている。
彼らの愛は男女のそれを超え、信仰心に近い領域に在るのだ。
僕は、彼らに彼女を託された。必ず幸せにしてくれ、現世では結ばれてくれ、と。
それは――ハルカがメスゴリラだった前世で、叶わぬ恋をした者の生まれ変わりが、この僕だからだ。
なのでゴリラ霊の親衛隊達は、このデートが上手くいくよう、最後まで全力でサポートしてくれるみたいで――。
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