梅田界隈

りょうま

いんすたぐらむ

「この前、スマホカメラ向けたまま

 バイバイされちゃったんですよ」


後輩の杏奈が

ラバーホウキでゴリゴリと床を擦り

愚痴を漏らしていた


怒りの感情がホウキを伝わり

シンと静まり返った閉店後の

店の端まで響き渡った


こらこら

床が傷つくじゃないの



「愚痴なら後で聞いてあげるから

早くその髪の毛を片してちょうだい」


レジ締めの精算がいつになく多く

後輩の愚痴なんて聞いてる暇なんて

微塵もなかった


なんでこんなにも

忙しかったのだろう



「画面越しでバイバイするって

どうなんですかね?!酷くないですか?」


ああ、サロンサイトで

ゴールデンウィーク限定の

クーポンを配布したからだ


客が来るには越したことないけど

混みすぎるのも問題かしら


売上より、体調を優先しないと



「宮内さん聞いてますか?!」


「ごめん。聞いてない」



本心だった



「私の話と、レジ締め

 どちらが大事なんですか!」


「レジ締めね」


本心だった



彼女はプリプリと怒り

そっぽを向き

ゴリゴリとまた掃除を始めた



「それでカメラがなんて?」



クルリと振り向いた刹那

彼女の顔がパッと明るくなったのを

見落とさなかった


犬みたい



「インスタですよ!インスタ!

 あのストーリーとか言うシステムです!」


「ああ。あのホーム画面に出てくるやつね」



「最近ですね!何かとカメラ越しで

 するんですよ。何かと。見てくださいよこれ!」



ポチポチと慣れない手つきで

インスタのアプリケーションを開き

眩しい画面をグイッと私の顔に突きつけた



「これ私なんですけど!今の人たちって

 画面越しで、バイバイするんですよ!」



画面には杏奈が改札の向こう側で

ポカンとしている姿が映っており


撮影者の友人の

バイバーイという声が聞こえる


「最近、みるよねー。こういうの

 いいんじゃない?本人たち楽しそうだし」



「私は楽しくないんですよ!せっかく目の前にいるのに

 画面越しでバイバイって!挙げ句の果てに

 お酒の乾杯まで画面越しですませるんですよ!」


ポチポチとまた慣れない手つきで

スマホを操作し

眩しい画面をグイッと私の顔に突きつけた


画面には

ハイネケンの瓶を持った杏奈の

ポカンとした姿が映っていた



撮影者の手であろう

画面手前にニョキっと現れ

カチンッと一献差し上げていた


反応しきれない

杏奈がアタフタしている


さぞかし、驚いたんだろうなぁ



「せっかくの酒の場なのに

 画面越しで乾杯して

 そのあと、携帯いじいじするんですよ!」



彼女の頭に怒りマークが浮き出てきそうだ


フツフツと温度が上昇しているのが

目に見える



「インスタは良くも悪くも

 この世を変えてしまいましたよ!」



「そうねぇ」


「SNSなんてなければいいんですよ!」


「そうねぇ」


「宮内さんもそう思いますか!?」


「そうねぇ」


「あ!また聞いてない!ホラ!お札ばっかり数えてる!」



「そうねぇ」



「私とレジ締めどっちが大事なんですか!」


「レジ締めね」




帰宅後

私の精算している映像が

「冷酷上司」というタグとともに

アップされていた


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梅田界隈 りょうま @ryoma3939

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