Ⅳ-3

「んで、最近はどうなんだよ、あっちのほうは」

 仲間の問いに、直人はフライドポテトを口に放り込みながら答える。

「いや、それがさ――」

 昨日の夜のことを直人はかいつまんで説明した。

「でさ、その子がいったんだよ。私に、いちばん冷たい言葉をいってくれって」

 休日の昼下がり、騒がしいハンバーガーショップの店内で、直人と仲間たちのいる四人席が一瞬静まり返った。

「で。お前、なんて答えたんだ」

「いや。なんも」

「なんもって」

「ぼーっとしてたら、さっさとどっか行っちまった」

 仲間たちは曖昧にうなずいたり、飲み物に手を伸ばしたりしている。

「ま、まあ、よかったんじゃね? そいつ、たぶんヤバい系っしょ」

「そうそう。なんつーの、そういうの。ヤンデレ?」

「いや、ちげーし。デレてねーし」

 仲間たちの会話は、それからアイドルグループの話題に移っていった。

 できればもう一度彼女に会いたかった。会ってどうするのか。もう一度声をかけるのか。自分でもそれはわからなかった。

 だから、直人は黙っていた。

 やがて、彼らが店を出ようとしたとき、直人は自分と仲間たちのトレーに乗っているスクラッチカードを集めて、隣の席に座っていた客のテーブルに置いた。

「よかったら、これ使ってください」

 隣の男性客は驚いた表情で直人を見たあと、あわてて礼をいった。

「え。あ。ありがとうございます」

「俺ら、別にいらないんで」

 直人は隣の客がスクラッチカードを十円玉でこすっていたのを目にしていた。カードにはポイントが付いていて、十ポイントでアニメのキャラクターグッズがもらえるらしい。小さな女の子に人気の、魔法少女が出てくるアニメだった。

 その男性客は子供がいるにしては少し若い気がしたけど、もちろん世の中には若い親だってたくさんいる。たぶん、その客には小さな女の子がいるんだろうな、と直人は思った。

 仲間たちは直人のそんな行動には慣れているようで、特に何の反応もせず、トレイを持っておのおの席を立った。女の子をひっかけるコツはなんなのか。そのヒントが直人のこういった行動の中に潜んでいることを、仲間たちの中で気づいている者はいなかった。


 直人が不思議な女の子と出会って一週間が過ぎた。

 あれから直人はいつもと同じように、街で女の子に声をかけ、以前誘いに乗った子の言葉を信じるなら、波長が合った子たちとお茶をしたり、ご飯を食べたり、を繰り返していた。

 その日、直人は先週仲間たちと入ったハンバーガーショップにいた。直人ひとりだった。

 ハンバーガーを食べながら、日の暮れかけた外を眺め、今日はどのあたりで網を張ろうかと考えていると、突然声をかけられた。

「あの。先日はありがとうございました」

 声の主は隣の席の客で、それは先週直人がスクラッチカードを渡した男性客だった。

 直人はすぐに思い出した。

「いや。別にいいっすよ。ポイント、集まりました?」

「はい。おかげさまで」

「よかったっすね。娘さん、喜んでました?」

「ああ。いや。僕の娘じゃなくて、知り合いの姪なんですよ」なぜかそこで、男性客は楽しそうに笑った。

 怪訝な顔の直人に、男性客はいった。「とっても喜んでましたよ。あの、ところで」

 ちょっと真顔になった男性客に、直人は答えた。「はい」

「あれから、会えました?」

「え?」

「すみません。別に盗み聞きするつもりはなかったんですけど。先週、お友達と話してたでしょ」男性客はそこで心持ち声を潜めて、まるで重大な秘密を打ち明けるみたいにいった。「冷たい言葉をいってください」

 直人は一瞬、どう答えるべきか警戒したけれど、目の前にいる男性客からはどう見ても怪しい感じは受けなかったので、正直に答えた。

「いえ。会えてないです」

「会いたいですか」

「会いたいです」思わず直人はうなずいていた。「あの子のこと、知ってるんですか?」

 男性客はちょっと考えてから、答えた。

「いや。知り合いじゃないです。残念ながら。でも、君よりもほんの少しだけ彼女のことを知ってます」

 直人は男性客の言葉を待った。

「ラジオ、聞きますか?」男性客は尋ねた。

 意外な言葉に戸惑いながら、直人は答えた。「車に乗ってるときに。まあたいてい流しっぱっすけど」

「FM七〇二は?」それは、この街の地方局の名前だった。

「よく聞いてます」

「フロム・ナイン・トゥ・テン」

 直人はうなずいた。

「よかった。じゃあ話は早い」

 先週、直人が女の子と出会った夜に放送されたラジオ番組『フロム・ナイン・トゥ・テン』のことを男性客が話し始めた。

「おっと、その前に。少し君のことも聞かせてくれるとありがたいんですけど」

 そういって、その男性客は微笑んだ。

 その男性客とは、もちろん僕のことだ。

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