現代病床雨月物語     秋山 雪舟(作)     

秋山 雪舟

第10話  「船頭さんはのっぺらぼう」

 何かへんだ、何か違うと私は感じた。私はその川岸には歩いてたどりついていた。これまでの私は男児の姿であったのですが今度は違った。現在のありのままの姿でした。服装はグレーのスラックスと白のワイシャツを着ていました。

 川岸には田舟の様な平底船が一艚ありました。その横に一人の船頭が竿をかかえて川に向かってたたずんでいました。その川は歩いても渡れるほどの深さに見えました。また対岸が見えていて花が咲いていました。季節は春の終わりごろだと思います。なぜか川の流れの音も聞こえず静寂というより無音でありました。

 私は船頭の方へ近寄って行きました。船頭との距離が5メートルほどになったあたりで船頭が振り向きました。その時、私はハッ!としました。なぜなら彼の顔には何もなく「のっぺらぼう」でした。

 船頭の彼は、私に話しかけてきました。話したといっても口がないので私の脳にダイレクトに語って来たということです。

 だんなもここへ来たんだね。

 そう言われた時、私はなぜかすごく落ち着いていました。不思議でした。

 私は、ここは何処ですかと尋ねました。

 だんなここは境です。あの世とこの世の。生きて帰った人はこの川を三途の川と呼んでますぜ。

 この様に私と「のっぺらぼう」の船頭の会話がはじまりました。船頭さんは流暢な江戸っ子弁で話していました。また彼の動作はまるで文楽や人形浄瑠璃を観ているようでした。口調は、口がないのですが脳に響く音声は低音であり、有名な義太夫が語っているようにほれぼれするものでした。

 だんな世間で言われている三途の川の事はみな違うようでみな同じでさぁ。ようは一人一人違うところもありゃ、同じところもあるということでさぁ。

 船頭さんは、いつからここにいるのですか。

わからねぇ。誰かに言われるでもなく気がつけばぁここで船頭をしてやしたぁ。

 いつまでもここにいるのですか。

 そりゃありえねぇ。たぶんたぶんだがよ、自分の名前と生きていたころのことを思いだしゃ。また生まれかわれると信じていまさぁ。

 なぜそう思うのですか。

 そう思わなければやっていけねぇよ。これは修行の一つの様なもんだと思えばまんざらでもねぇよ。おめぇさんの様なひとがきていろいろと接触するうちに何かを思い出すといいんだがなぁ。なぜならだんな、あっしはここへ来る人のやって来た事が手に取る様にわかるんでさぁ。だからそれが何か影響してあっしももう一度生まれかわれると思うんでさぁ。

 ところで船頭さん、私はこれからこの舟に乗ってあの対岸の花畑に行くんですか。

 だんな悪いがだんなをこの舟に乗せることはできゃせん。だんなは銭(ゼニ)をもってなさらねぇ。ましてやだんなのポケットにぁ円が入っていまさぁ。それはこの世に御縁があるというこでさぁ。

 私は、すぐに右のポッケトに手を入れ中のものを掴みました。掴んだ物を確認するため視線を下に向けました。手の平の中には昭和四三年の五円硬貨が一つ入っていました。ビックリです。そして再び視線を船頭さんの方に向けたと同時に意識がなくなりました。

 それから私の意識が戻ったのは、耳に聞こえてきた病室のナースコールの音でした。私は病室のベッドの上でした。

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