第三章 十三話 リアンロッドとの再会

 戦いを終えたウィルガンドが医務室で休んでいると、そっとエリンが仕切りの中へ入ってきた。


「ウィルガンド……。今回も、よくぞ生き延びてくれました……嬉しく思います」


 祝福する言葉の割に、エリンの表情は晴れない。モッド伯の壮絶な最期にショックを受けているのだろう。


「モッド伯は城下町に潜む王国のレジスタンスでした。彼は帝国からファリアを取り戻すべく、暗躍していましたが……その方法はあまり褒められたものでなく、組織自体も本来の意義を見失い迷走を始めており、戦わざるを得ませんでした」

「そう、だったのですか……。私も、フィルバート家については聞いた事があります。十年前の帝国侵攻の折、領土を奪われ家族がもろともこの世を去ったと」


 できればこうなる前に、話し合いで解決の目を探したかったのですが、と呟くエリン。


「ですが難しかったでしょう……モッド伯は目先の報復に囚われ、独善的かつ性急、及び短絡的なやり方でエリン姫をも危機にさらそうとしていました。だから手を下しました」

「……はい」


 エリンはやはり心から納得、という風ではないようだが、子供達の件を抜きにしてもモッド伯は見過ごせなかったのだ。

 ここでレジスタンスの暴走を叩いておかねば、ウィルガンドの動きにも差し障りが起きる。むしろ連中と決着をつけるいい機会だったのだろう。

 容認はできなかった。けれどもその一方で、モッド伯の意思には身に迫るものを感じた。

 彼と自分は鏡あわせのように似ていて、だが本質はまるで違う。彼の国を救いたいという思いだけは何よりも強く真実があった。方法はどうあれあくまでファリアを救うために殉じた。自分よりよほど高潔だったろう。

 ウィルガンドとて復讐を果たすためなら命は惜しくないが、そこにあるのは理念でも信念でもなく、怨恨というひたむきな想念のみ。


「……エリン姫。私は決めました」


 え、と怪訝な視線を送ってくるエリンに、ウィルガンドは正面から見返す。


「私はもう逃げません。これが運命ならば、どこまでも戦い抜き頂点を目指します」


 帝国に押しつけられた下らないお遊びと思っていた。単なる通過点という半端な関わり方で、いつでもやめられるものとすら軽んじていた。

 だがこれからは、ラセニアの望み通りコロシアムを駆け上がってやる。絶対に勝ち残り、手のひらの上で踊っていると考えているだろう皇帝に、無念の牙を届けてやる。それがウィルガンドの新たな指針だ。




 二日後。医者に無理を言って自由に出歩けるよう話をつけた後、いつものように地下の自室へ向かうとラセニアが怖い顔をしてドアの前にいた。

 仕方ないので当たり障りのない範囲で事の次第を説明したら、ようやく怒りの矛を収めてくれたようで、おもむろに地下から連れ出される。そのまま闘技場の三階へと上がり、並んでいる部屋の一つのドアを開けると。


「ここが今日からホーククロウであるあなたの部屋よ」

「……どういう事だ」

「ホーククロウのモッド伯に勝利したでしょう? だから一段飛ばしで昇格したの。格上は格下に勝ってもノルマの足しにもならないし負ければ降格だけれど、格下が勝てばそのランクまで上がれるわけ。まあ、それくらい異例の変則試合だったって事よ」

「前も思ったが、どうしてそういう大事な事を先に言わない?」

「それについては謝るわ。まさか勝つとは思っていなかったから……」


 とはいえついこの間までシルファにより抜群のコーディネイトがされた部屋に比べると言うほど大した事はない。訓練場とも遠いし、地下が恋しくなりそうだ。


「それにしてもあなた、本当に生傷が絶えないわね。予定より早くチャンピオンに近づけたのはいいけど、これに懲りたらしばらくは余計な事しないで。こっちの心臓に悪いわ」


 包帯の取れないウィルガンドをしげしげ眺めて嘆息される。

 ウィルガンドとしても、必要がなければこちらから試合を仕掛けるつもりはない――今のところは。




 翌日。酒場を訪れたウィルガンドはカウンターでくだを巻いていたリロの肩を叩いた。


「え? うわっ、え、ウィルガンド……?」


 ぱちぱちとまばたきし、眼を細めて見つめてくる。

 無理もない。今のウィルガンドは包帯まみれで、髪も焦げたり燃えたので切り揃えたため、一瞬別人に見えたのだろう。


「ウィルガンド……良かった、無事で。あんたがコロシアムに出たって言うから、ずっと心配してたんだぞ?」

「耳が早いな。もう伝わってくるのか」

「そりゃそうよ! 俺が町のみんなに話して回ったんだぜ? あの王女を守る騎士ウィルガンドが、今度はならず者集団レジスタンスのリーダーを叩きのめしたって!」


 見れば、酒場の客達も頷いたり、口々に感謝や驚きの言葉をかけてくる。そうか、とウィルガンドは大した感慨もなく頷き、懐からどんとカウンターへ金銭の入った袋を置く。


「こ、これ……一体何だよ?」

「その試合の報酬だ。全額やる。養護施設の修繕費用と子供の治療費にててくれ」


 ウィルガンドの言った用途に使ってもまだおつりが来る袋の中身に衝撃を受けたリロは、呆然と騎士の顔を眺める。


「……え? マジで? マジで言ってんの?」

「マジ」

「いやいや、なんで! 受け取れないよ! そりゃ治療費も修繕費もみんなでかき集めてて、少しでもあるに越した事はないけどさ……だってこれあんたのだろ?」

「使い道がない。別に利子つけて返せなんて恐喝する気もない。ただの援助だ」


 なんで、とリロが困惑に瞳を揺らがせ、唇を震わせて繰り返す。


「気まぐれだ。貴族ってそんなものだろ」

「……そっか」


 ウィルガンドの双眸を見据えていたリロは、何か得心したみたいに漏らし、にっと笑い。


「――気まぐれ、ならしょうがないよな! じゃあありがたく使わせてもらうぜ」


 と、今日もまた酒場の一角で遊んでいた子供達へ腕を振り上げ。


「おーい! ネビィが治療を受けられるぞ! 家も直る! それから今夜は俺のおごりだ、好きなもん食わせてやるぞ!」


 わあ、と子供達が喜びの声を上げて今まで以上に跳ね回る。その情景にリロが呟く。


「……あいつらにはすこやかにたくましく育って欲しいから。だからさ」


 と、ウィルガントの方へ向き直り、花の咲くような清々しい笑顔で。


「――ありがとな、ウィル!」




 怪我と体力の快癒に注力しつつ何日か経過した。やる事のないウィルガンドがふらりと酒場を訪れると、待ってましたとばかりリロが駆け寄って来る。


「朗報だぜウィル! あんたの依頼、さっそく成果が出た!」

「成果というと……?」

「とりあえずこっち来て。それでこれ着て」


 人目を気にするように裏の路地へ引っ張られ、ずいとフード付きの外套を渡される。


「それで、何が分かったんだ? こんなもの着てどうする」

「会わせたい人がいるんだ。できれば一刻も早く。いやー、あんたの仰天する姿が目に浮かぶぜ」


 得意げに語る反面、プロらしく几帳面な面持ちでせっついてくる。誰と会わせるのか吐かないのは癪だが、ここは外套を羽織ってついていく。

 もう先方と話はつけてあるんだ、とリロも愛用の帽子をかぶり、先に立って歩き出す。どうやら東側から出る方面へ向かうようで、今のところウィルガンドにも見当が付かない。


「目的地につくまでどれくらいかかる?」

「んーそれなり。道さえ覚えればあんたでも一人で行けるだろ」


 では、何度も往復する事になる可能性もあるのだ。ますます気になる。気になるといえば、とウィルガンドはかねてから聞きたかった話をこの機会に尋ねる事にした。


「お前には師匠がいるらしいが。今までにも割合働いてくれてるし、そいつも一目置くべき人物なんだろうな」

「あれ、聞いたんだ? ゴームあたりからかな? ……そうそう、俺に情報屋としてのいろはを教え込んでくれた師匠がいてさ。これがすごい人なんだよ!」


 と、質問を重ねてもいないのに、嬉しいのかリロは自分から師匠の話題を投げてくる。


「昔屋敷から抜け出して町に降りた時にたまたま出会ったんだ――俺と目が合うとさ、『お前、退屈してるな』って声をかけてきて、それからいろんな話をしてくれたんだ。世界に何個の国があるのかとか、こんな秘境があるとか、傭兵がどれだけせこく稼ぐのかとか、聞いた事もない馬鹿馬鹿しいお祭りとか……ほんと色々」

「へえ……屋敷、っていうと、もしかしてお前、いいとこのお嬢さんだったりするのか?」


 お、お嬢さんとかやめてくれよ、とリロは珍しく照れたように顔をそむけた。


「そりゃあさ、将来仕事を継ぐために親に命令されて一人寂しく教本とにらめっこしてるよりはさ……師匠と話してる方が何百倍も楽しかったし、身になったと思ったんだ。それでまあ、どっちが言い出したかは忘れたけど、ついてくるか、って言われて、ついてく! って答えて……ほとんど身一つで師匠と一緒に旅に出たんだ」

「家の事はいいのか? 家出も同然で出て来たんじゃ心配をかけるだろうに」

「いや、一応師匠と出て行く事は前から見越してて、置き手紙は書いておいたから多分、大丈夫じゃないかな……定期的に運び屋に手紙送ってもらってるし。それで自分の目で初めて世界って奴を見て回って、感動したのなんのって」


 夢のある話だった。もしも村を帝国という災厄が襲わず、もう数年経っていたら、ウィルガンドもいつか世界を夢見て旅立っていたのだろうか。


「師匠は世界を股にかける商売人……って言えば聞こえはいいけど、手広く商いの手を伸ばして先達の商人グループに媚びを売ってるよろず屋みたいなもんだった。変な荷物をやたら運ばされたし、商売に失敗して変な奴らにも追い回されたりした。それである日。まだまだ駆けだしだった俺に試しに情報屋を始めてみないか、って提案して、一度別れる事にしたんだ」

「厄介払いじゃなく?」

「そ、そんなわけあるか! これも修行の一環なんだよ……この城下町に来て、酒場の二階の部屋や仕事の元手も師匠がお金を出してくれたし、動きやすいように近場の商人の縄張りにも俺を紹介して、便宜を図ってくれた。だから俺も名を上げて、師匠に胸張って再会して恩を返したいんだ」


 このリロから恩を返したいなどという言葉を出させるとは、よほどその師匠とやらは信頼と尊敬を得ているのに違いない。


「けど、下手すればお前に追い抜かれてて、いい年して夢見がちな風来坊の男なままかも」

「そんなわけねぇ、もっとビッグになってるに決まってる! 後、師匠は女だよ」


 さらりと爆弾発言され一瞬二の足が凍り付いた。リロの口調は師匠譲りだとは察していたが、だとするとその女も能力の割に性格は痛々しそうだ。

 二人は東と西の境目の大通りを横切り、そのまま西側の町へと入っていく。


「……おい。ここは……」

「西側。帝国から来た住民が暮らしてる。だからそのフードをかぶってもらってるわけ」

「……それはいいが。俺に会わせたいそいつが、帝国の町に住んでる……?」


 もっと分からないが、罠というには露骨すぎる。ここはリロを信用して進む。

 西側は東と比べて活気にあふれ、生き生きと住人が過ごしているようだ。

 雑踏ではひっきりなしに労働者が行き交い、市場は露店が所狭しと並び軒を連ねる店では主人が品物の魅力を叫び、その度にどよどよと人の列が生き物みたいに移動している。町を貫く用水路では女達が洗濯に励み、大人達の合間を縫って子供が走り回っていた。

 用水路の上にかかったアーチ状の石橋を渡りながら、ウィルガンドはその光景ににわかに身体の内側がうずくのを感じる。

 手がひとりでに剣の柄へ伸びようとしていた。

 丸腰で無抵抗な帝国の子供にさえ剣を振るおうとしかける自分に慄然とする。努めて深呼吸を繰り返し、やめろと腕に言い聞かせた。


「……ウィル? どうした、大丈夫か?」


 リロは突然立ち止まり、青い顔で息を荒げるウィルガンドを見つめる。それから何かに気づいたように周りを見渡し。


「ああ、そうだよな……あんたにとっちゃ居心地悪いよな。ごめん、先に言うべきだった」


 自分がこうまで冷や汗をかいているのは確かにそれが原因だが厳密には違う。でも。


「……いや、問題ない。それより、お前の師匠の話をもっと聞かせてくれ。暇なんだ」

「そ、そっか……よっし、分かった。そんじゃおもしろおかしい師匠との冒険譚を語り聞かせてやるぜ!」


 空気を読んだのか、リロはウィルガンドのどう見てもやせ我慢した笑みに乗ってくれた。

 そのうち人通りの多い道を過ぎ、うらぶれた裏通りへと差し掛かる。

 あれだけ繁栄している町にもスラムはあるのか、道ばたで座り込んだり寝転んでいる浮浪者達の間を通過し、二人は町外れの一軒家の前へ立っていた。


「ここか……?」


 うん、とリロは首肯する。控えめに言ってもぼろ小屋よりはマシな程度の家。近くに井戸はあるがそれだけで、城壁が邪魔で日が届かないし、交通の便は悪いし、浮浪者や野良の動物が垂れ流した糞尿による悪臭もひどい。

 こんな場所に、一体誰が。


「おーい、連れて来たぞ。開けてくれー」


 リロが小汚くへこんだ木のドアを無遠慮に叩く。鬼が出るか蛇が出るか、ウィルガンドも隣に立って待っていると、ほどなくドアがきしみを上げて開かれた。

 そうして現れたのは、一見して浮浪者らしき若い男。ぼろを着て、嫌な匂いを発し、ひどくやつれて死人と見まがう顔色。

 だが、ウィルガンドはその容貌に見覚えがあった。


「あなたは……まさか、リアンロッド将軍?」


 意表を突かれたあまりしどもどとフードを外しながら問う羽目になったが、浮浪者の目がウィルガンドへ向き――瞳の奥に光が灯る。


「かく言う貴殿は……サー・ウィルガンドだな? リロから聞いているよ」


 みすぼらしい身なりからは想像もつかない落ち着いた品のある声音に、確信する。この姿は偽装。ファリアの大将軍リアンロッドは、ゆえあって浮浪者になりすましていた。


「あ、あなたが……どうしてここに?」

「……どこに帝国の目があるか分からない。続きは中で話そう。そのあたりにかけてくれ」


 後を追いながらもいまだ衝撃が抜けきらずにいると、リロがしてやったりという顔で目線を寄越し。


「どうよ? 本気で驚いたろ?」


 確かに、ヴェンデルの大敗により王城を脱出したと思われていたリアンロッド将軍とこのような場所で思わぬ再会を果たすなど、まったく慮外りょがいにあった。


「まずはお互いの無事を喜ぼう……と言いたいところだが、こうして顔を合わせるのは初めてだな」

「ええ……お初にお目にかかります」

「貴殿の事はジェノムからよく聞かされていた。腕の立つ騎士を育てていると。頭も切れるらしいし、何より彼の推薦で、ゆくゆくは貴殿をエリン姫の護衛に任じようという話まで持ち上がっていたほどだ」


 大将軍にそこまで覚えがいいのは光栄だがまずくもある。

 そもそもウィルガンドが騎士という身分を目指したのは、権力を用いて政治の場や戦争の最前線に出向き帝国を追い詰めるため。

 将軍位がもらえるならまだしも、王女の近くに籠もっていたら帝国を潰せなくなるのだ。


「あのさ、俺は外で見張りでもしてようか? 積もる話の邪魔だろうし」

「いや、いてくれ。後で説明する手間が省ける」


 リアンロッドと引き合わせてくれたリロの有能さには内心舌を巻いたもの、ならばこれから語られるはずの機密にも居合わせて大丈夫だろうと判断する。

 リロはじゃあ同席させてもらいますか、とマイペースに適当な椅子へひょいと腰掛けた。


「何から話そうか……まず、私がこの城下町にいる理由からだな。私は王城を脱出した後、エリン姫が帝国に捕らえられたという報を聞いた。他の家臣達も大方は捕縛され、私自身も非常に危険な状態だったが、ジェノムの元へ逃げ込むという帝国の読みの裏を掻き、逆にここアンガルスへの潜入に成功したのだ――全ては姫をお救いするために」

「なるほど……だから帝国の警邏けいら隊に引っかからないよう、こんな貧民窟を隠れみのに」


 だがそれだとまだ疑問が残る。アンガルスにやって来たのなら、大なり小なり西側と東側の相違点についてリアンロッドも知っているはずだ。

 なのにどうして、ほんの曲がり角の先に帝国の人間がいるような西側に居を構えているのか。


「それも連中の盲点だよ。東側ではレジスタンスが活動しているのを知っているね。帝国は彼らを取り押さえるのに多くの兵士を送り込み、西側にはほとんど巡回を行っていないんだ。何せ西は帝国の人民が監視の役割を果たしてくれる。兵士なんか必要ないんだよ」


 そういう事か。レジスタンスなどといった派手に動いてくれる囮や援護が皆無な分見つかれば即座にアウトだが、用心深く立ち回ればそうそう発覚する事もないと。しかも、西なら東とはまた違った帝国の情報が集まっているだろう。


「俺も感心してたよ。こっちに来たのはちょっと前なのに、もうこの城下町のからくりを理解してるんだもん。さすが将軍様だよな」

「私がエリン王女の御身をお救いするため、コロシアムに出ている事はご存じでしょうか」

「どこに行ってもその話で一杯だよ。西側の場合、必ずしも好ましく伝わる訳ではないが」


 では、モッド伯の顛末も、と聞くと、リアンロッドはうつむく。


「モッド伯の事は……残念だよ。私がいれば、せめて彼を説得する事もできたかもしれないのに」

「エリン王女も話し合いの可能性を提示していましたが……モッド伯はもう戻れないところまで来ていたと思います」

「かもしれない。直に戦った貴殿が言うなら特にな。……だが思えば、彼も人生を家名に振り回された気の毒な男だったよ」


 と、リアンロッドは在りし日を懐かしむように視線を上げ、机の上で手を組む。


「十年……いや、もっと遡った過去。諸侯は領民から搾取さくしゅし、増長するばかりだった。現状を重く見た陛下は民を慈しみ、緩やかに国を富ませる方針へと切り替えたが、それが貴族がないがしろにされていると諸侯や教会の反発を買い……王権派は衰退していった」


 権力は王の元にあるべし、との主張の元に集まった王権派。フィルバート家はその急先鋒に位置していたという。

 しかし、ギネモンの求心力が失墜しっついの一途を辿るにつれ、懸命なプロパガンダや広報も裏目に出る始末。王権派のフィルバート家も例に漏れず、敵対する諸侯からの風説流布や闇討ちなどの工作を受け、次第に凋落していった。


「すでにこの世の人ではないモンド伯は領主としては素晴らしい指導者だったが、彼なき後の後目争いと、続く帝国侵攻により家族を失った息子のモッドが、家名と栄誉を取り戻そうと躍起になるのもやむなしだったのかもしれない……」

「もう少し分別があれば、心強い味方になってくれたかもな」


 リロがぼやく。確かに、後わずか何か掛け違っていれば、モッド伯と肩を並べる事もあったろう。今になっては手遅れだし、ウィルガンドも自分の選択を後悔してはいないが。


「ともあれ、レジスタンスも今やリーダーが死に右往左往しています。放置しておけば瓦解するか、じきに帝国のお縄につくのが関の山でしょう。ですが、リアンロッド将軍が彼らと接触し、手綱を取ってくれれば今後使い道のある勢力になるかもしれません」


 レジスタンスとは名ばかりだった無法者どもの集団だが、武に傑出し才知に富んだリアンロッドという優秀なリーダーが参入すれば、一転して頼もしくなるだろう。

 そう期待して言ってみると、リアンロッドはしばらく瞑目めいもくし。


「……これまで貴殿はよく戦ってくれた。それもたった一人で……代われるものなら代わってやりたいが、コロシアムの贄に選ばれた運命から姫をお守りできるのは貴殿だけだろう。私にももっと力があればいいのだが――そのくらいで助けになるのならぜひとも協力させて欲しい」

「そういう事なら俺の伝手であっちの代表者と引き合わせてやるよ。あ、料金は追加で要相談だけど」


 すかさずリロも助力を申し出る。その如才のなさにまったくこいつは国家の一大事に、とも思うが、リアンロッドから色よい返事を引き出せてひとまず安堵する。


「なんとか良い結果を出せるよう働きかけるのはもちろん、他にできる事があれば私も裏から力を尽くす。……だからもうしばらく辛抱して欲しい」

「心得ています、将軍」


 真剣な眼差しを送ってくるリアンロッドに居住まいを正し、強く頷きを返す。

 が、その大将軍の表情が曇り、まるでこの世の終わりのような深刻なものへと変わる。


「そして……悪い知らせだ。王城へ残っていた間者からの報告だが、実は――」

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