三途の川のホトリ食堂
葛生 雪人
第1話 冷たいサンドイッチ
1.
「まずはじめの六日間はただひたすら歩きました。真っ暗闇の中を当てもなく、前だと思う方に足を出し、それだけを繰り返し、7日目にようやく誰かと会いました。声が聞こえるだけで顔も姿もわからず本当にそこにいるかどうかも疑わしくて、だけどその声は私に言うのです。『私が裁くべき事柄においてお前の罪は人並みだと言えようが、だがしかし、それを罪ではないとするわけにはいかぬ。よって、お前の進路を山水瀬と定める』と。私はそれからその声が示す方向へと歩き、やはり7日ほど歩き続けましたところ、大河にたどり着いたのです」
「それでそれで?」
「小石の転がる河原を越えて水辺までたどり着いてみますと、その大河はなんともまあ……対岸も見えぬような立派な大河で。対岸が見えぬのですから『海だ!』と思おうとすれば海にも見えてくるのですが、だけれど私にはそれが川だと妙に納得できてしまうのです」
「そこから橋は見えた?」
「ええ見えましたとも。きらびやかな宝石で飾られた、朱塗りの橋が見えましたとも。しかし私が渡るべきはそこではないと、橋の守り人に追い返されました。それで肩を落とし川辺を歩いておりますと、流れのゆるやかな浅瀬を見つけたのです」
「それが
「そのようですね。ですが、いくら浅瀬とはいえ、あれを渡れなどとは酷なことを」
「それでも渡らなければいけないのよ!」
「ええ。わかっています。けれどなかなか意欲がわきません。それで『えいや!』と己を奮い立たせ深く息を吸い込んだところ――」
「トコロ?」
「肉の焼ける匂い、甘い砂糖菓子の香りが、こう、風に乗って鼻先を」
「つまり! おいしそうなにおいに気づいてしまったのね?」
「そうなんです。それで私は浅瀬を渡らず、ここに来てしまったのです」
「それはそれは」
少女は嬉しそうに笑いながら男の話を聞いていた。
化粧っ気のない年ごろの少女らしい顔つきが、いつもより三割増しで目を大きく開き、来訪者を全身で受けとめるかのように、友好的な笑顔を見せる。
終始その顔つきで、ときどき大げさに相づちを打ちながら聞いていたわけだが、この話はここでお終いと言わんばかりに、そばに置いてあった真っ白なエプロンを大仰に広げてみせた。
身につけて、腰紐をきゅっと縛り、仕上げにきれいな巻き毛を三角巾で包み込む。祭りの衣裳でも着せてもらった幼子のように、得意げにポーズをとってみせた。
決めポーズには、決めゼリフがつきものだ。
「ようこそ、三途の川のホトリ食堂へ! まだまだ続くなが~い旅路に備えて、お腹いっぱい、心いっぱいに満たされていってね!」
あまりに元気いっぱいに言うものだから、来訪者はつい自分の置かれている状況を見誤ってしまいそうになるのだが、この場所はその名の通り、三途の川のほとりにある食堂。
つまり死者だけが訪れる、『あの世』の食堂というわけだ。
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